第2話 とりあえず生きたいです!
「——んあぁぁすみません! すぐ修正しま…………ひょ?」
情けないフラッシュバックで目を覚ました僕の思考に、五感から渡された新たなる情報が、容赦なくカチコミをかけてきた。
視界に広がる自然豊かな景観。手の平に伝わる柔らかな草と土の感触。鼓膜を揺さぶる木々のさざめき。鼻と舌に関しては……特に異常なし。その感覚らはあまりにも鮮明で、とても夢を見ているとは思えなかった。
さらに意識の回復に伴って、僕はこの事態の異常性を理解し始める。
さっきまで僕は、自身が書いた小説と会社への不満を酒のつまみとして、なけなしの文句を垂れ続けていたはずだ。そしたら……確か何かがあって意識を飛ばして……目が覚めたら、いつの間にかここに寝ていた、のか? マジで?
「ぇ、ええっと……とりあえず寝よっか」
起き上がった身体を再び横たわらせ、目を閉じる。
「……………………」
大丈夫。さっきまで寝ていたんだ。いつもならこの流れで二度寝、三度寝は当たり前じゃないか。もう少しじっとしていれば——
「——グウゥ」
……ん? 何この気配。管理人さんかな? こんな鼻息荒かったっけ? 変な声と一緒に、とんでもない風圧が身体を押してくるんだけど。
え? 大丈夫これ? 本当に夢だよね? すぐに覚めるよね? 変に死にそうとか考えちゃダメだよね!?
溢れ出る疑問の嵐と、何故か迫り来る生の衝動に負け、僕は目を開いた。
「ぁ────」
瞬間、僕は眼前の物体が放つ圧倒的な迫力に、まんまと呑み込まれてしまった。
汚い歯を剥き出しにした口。顔を覆い尽くす無数の体毛。充血した文字通りの血眼が僕を睨みつけ、鼻から流れる熱気が僕の肌を焼く。その顔から伸びる丸太のように太い首が、屈強な筋肉で構成された巨躯と顔を繋ぎ、人型生物としての造形を成している。だが今の特徴から分かる通り、もちろん人ではない。
「────」
「っ! うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は右に飛び込み、振り上げられた鉄槌を間一髪でかわす。その衝撃に背中を押され、立ち上がった僕は、有り余った力を恐怖によって倍増。だだっ広い平野を疾走した。
「グゥオオオォォォォォ────!」
「やめて来ないで消えて向こう行って! 僕を一人にしてぇぇぇぇ!」
振り向きざまに認識したその姿は、またも僕の記憶の中にある姿だった。
追いかけてくるあのデカブツは、アークゴーレム。ゴーレムが魔力の元となる『魔原子』を大量に摂取したことで生まれた、ゴーレムの強化形態だ。
こいつを描いたのは、確か僕の処女作だったはず──
「っ────」
──記憶がまたフラッシュバックする。だがそれは職場のことじゃない。意識を失い、この平野にやってくる直前の記憶だ。
『因子確認。転送します』
そうだ。僕はあの時も、自分が考えた特殊魔法起動装置の声を聞いた。そして、間もなくして文字の波に包み込まれ、意識を失ったのだ。
思えば、この平野だって記憶にあるぞ。恐らくだが、ここはハルバード平野。作中では、主人公のハイム・ハルベリンとヒロインのローゼ・メイリースが、剣術修行のために赴く場所として描かれていたはずだ。
僕はもう一度振り向き、迫り来る未知の生物を見る。凍てつく殺気と巨躯の走る衝撃。やっぱり夢とは思えない。完全に実物だ。
いよいよ僕の脳内に、真実のピースが揃ってくる。次々とパズルがはまっていき、そこに映し出されるのは一つの可能性。
本来なら決してあり得ない、しかしこれでなければ説明がつかない、荒唐無稽の空想科学。
『ま、まさか……ここはもしかして……』
だが、僕はその思考に至るまで、あまりにも時を使い過ぎてしまった。
「グゥオオオァァァァ!」
アークゴーレムが、一撃必殺の鉄槌を再び振り下ろす。
終わる。死ぬ。死が降ってくる。
その拳は隕石の如き威力を乗せ、一切の手加減なく、僕の全身を撃ち潰して──
「──はあぁ!」
瞬間、勇ましい雄叫びと共に、一筋の銀光が空を切る。ゴーレムの動きが一時停止のようにびたっ! と止まり、やがてゆっくりと怪物の首が肉体から離れ、ぽろりと落ちた。
僕は死を目前にして、なんとか首の皮一枚繋がる形で生き残った。
「はぁ……はぁ……はぁあ」
恐怖からの解放を実感し、急に腰が抜けて地面に倒れ込む。その時初めて、僕の足が震えていることに気づいた。こんな小鹿みたいな状況で、よくぞ走りぬいてくれたものだ。後で足湯にでも行ってやろう。
顔を上げる。するとそこには、アークゴーレムの倒れ込んだ巨躯の上に立ち、手に持った長剣を突き刺す、一人の男がいた。
「……っはぁ! はっはっはっはっはあっ!」
オタクみたいな発作を放つのは許して欲しい。今日だけでいいから。
きっと、一度でも捜索をした者ならば、誰しもが同じ反応をするだろう。オタクだからとかも関係なく。
だって、そこにいたのは——
「ったく、こいつどうして走ってたんだ?」
——僕が生み出した主人公、ハイム・ハルベリンその人だったのだから。
そしてそれは、僕が完成させたパズルが描く答えを立証するのに、十分過ぎる証拠
となった。
『間違いない。ここは……僕の処女作の世界……』
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