マウント転移 ~自作の世界でマウントとってやる!~

タンボ

第1話 マウントがとりたいです!

「──君、もういいよ」


 突き刺さった。ものの見事に突き刺さった。あーもういいや。無理無理。やってらんないわこんなの。

そう吐き捨てられたらどれだけ楽だろうかと、不意に考えてしまった。


「お、お願いします! ここを直して、もう一度提出させて下さい! お願いしま──」

「──いいって言っただろ。君の創る話はつまらない。よって、クビだ。今日限りで君と我が社は何の縁もゆかりもなくなったんだ。早く出ていってくれ」


 編集長はそう言いながらしっしっと手を振り、厄介者となった僕をオフィスから追放する。外に出た瞬間、夏に差し掛かったばかりの太陽が僕を照らし、それがまるで僕を嘲笑っているかのように感じてしまって、逆に気分は暗闇に閉ざされた。

 季節外れの暑さに見舞われた今日、僕——天木浩平(あまぎこうへい)はめでたく無職となった。カタカナではニートと書くが、かっこよくはならない。どうやら社会のルールから外れているのは、僕も言葉も同じようである。


「どうして……どうしていつも、僕は…………」


 溢れ出そうな涙をなんとか抑え込み、僕はとぼとぼと歩き出した。

 こういう時、人は自らの過去を思い出す。楽しかった子供の頃や、夢や希望に輝いていた学生時代、これらの記憶を再び脳内に上映することで、少しでも自分の精神を癒そうとするのだ。

 だが、僕の場合はそうもいかない。

 平凡家族の長男として生まれた僕は、特に何か才能があるわけでもなく、特に容姿がカッコいいわけでもなく、とりわけ頭がいいわけでもない、それこそ平々凡々な個体だった。むしろ学力なら底辺の方で、因数分解とか二次関数とか、数学のくせにどうして漢字を使うのかと、よく勉強机で文句を垂れていたものである。

 運動に関してはまぁ酷い。足は遅い、力はない、のろま、という三拍子揃った見事な運動音痴だ。体育祭や球技大会は、僕にとって地獄の顕現とでもいうべきイベントで、いつも前日になると、窓際に吊るされたてるてる坊主を神様のように拝んでいた。

 そんな僕につけられたあだ名は……ない。よくアニメや漫画では、みっともない主人公のことを愛嬌よく、または侮辱の意を込めてあだ名で呼んだりするものだが、僕にはそれすらもなかった。

 だが向けられる視線は侮蔑そのもので、いつもバカにされてばかり。それが僕の過去だ。


「はぁ……どうして僕は…………」


 何度もこの定型文を発しながら、僕は我が家を目指した。


————————————————————————————————————


 ボロアパートの一階にあるドアを開け、靴を適当に脱ぎ払う。はき慣れたものだからか、予想以上にすっ飛んだ。後で直して……いや、今日はいいや。

 原稿用紙でぐちゃぐちゃの部屋を足で掃除し、なんとか座る場所を確保する。それからパソコンを開いてソフトを——


「——って、別にやらなくていいでしょ。今日でニートになったんだから」


 シャットダウンせずにパソコンを閉じ、僕は数多の紙の上に寝そべった。

 言い忘れていたが、僕のさっきまでの仕事は「シナリオライター」。とあるゲーム会社が運営する、スマホアプリゲームのキャラストーリー担当だった。

 ——作家。ライター。

 大学時代、僕が初めて興味を持ったものだった。

 ゲームや小説、アニメの心臓ともいえる物語、シナリオ。これがなければそもそもキャラクターは動かず、人々は感動しない。

 それを自らの体験と知識から生み出す仕事に、僕は感銘を受け、また憧れた。


『僕自身はつまらなくても、僕が作る物語は面白いかもしれない』


 それからシナリオライターを志すようになるまで、時間はかからなかった。即決と言ってもいい。

 毎日毎日、本当にたくさん書いた。短編から長編、恋愛からファンタジー、ハッピーエンドからバッドエンド。出来はどうであれ、数だけは自慢できると思っている。

 それから就職活動を経て、あの会社にライターとして入社した。経験不問の会社は意外にも多く、何のアピールポイントのない僕は、とにかく熱意と書いた数を主張し続け、奇跡的に内定を勝ち取った。

 この時ばかりは、僕も大手を振って喜んだ。まるで昭和漫画の主人公のような、万歳の体勢で走り回るあれだ。今考えればかなりキモい。ギャルゲーのセリフを告白の際に言ってみたくらいにキモい。

 だが、それくらい嬉しかった。初めて自分に誇りが持てた。自分もようやく、人に自信を持って話せることができたのだと。自信を持ってもいいのだと。


『お前ちゃんとキャラ設定読めよ! 自分の好きに書いてんじゃねぇ!』


 だがその自信もすぐに打ち砕かれ、社会の底辺に積もる塵となって、消えていくことになる。

 シナリオを提出してはリテイクの繰り返し。キャラも物語も本編とブレブレで、全くもって一貫性がない。要するに面白くないのだ。

 何度も上手く書こうとした。何度も上手く描こうとした。しかし、別の物語で生まれたキャラクターは僕のものではなく、世界観も物語も僕が考えたものではない。いわば別世界の人物を掘り下げることが、僕にはどうしてもできなかったのである。

 何故だろう。自分で読み返しても面白くないのはわかっているのに。悪い部分もわかっているのに。

 結局僕は、酔っていただけだったのだ。自分が書いた世界に。自分が生み出したキャラ達に。それを描く自分に。だから誰かが書いた世界に、意欲を持てなかったのだ。


「遅いよ、気づくのがさぁ……ああぁくそっ!」


 僕の裏拳が炸裂し、顔のそばに積まれた原稿のビルを打ち崩す。その時、頂上の紙がひらひらと宙を舞い、ゆっくりと僕の顔面を覆い隠した。


「ははっ、顔に白いベール。さながら僕は死体か……ん?」


 その時、視界に映り込んだ文字の汚さ、そして懐かしい稚拙な文章に気を惹かれ、僕は起き上がると同時にその文章を読み始めた。

 読み進めるうちに、この原稿が僕の処女作だということに気がついた。中世をイメージした、魔法と剣が出てくるありきたりのファンタジー作品。展開もキャラも世界観も、既視感しかないような駄作。唯一の独自要素は、主人公がすぐに調子に乗って、他のキャラにマウントを取ろうとするところだ。どうしてこんな要素入れたのだろう。

 改めて読んでみると……恥っずかしいなぁこれ。ほぼパクリじゃないか。既視感どころか、品質が良ければ二次創作だと思われそうな設定だ。


「何だこれ。あははっ、都合良過ぎだろこの展開。ギャグかよ」


 僕は何度も文句を垂らしながらも、懐かしい言葉達の姿を追い続けた。


 ——数時間後、


「やっぱ面白れぇなこれ! これが処女作って僕天才か⁉ やっぱりあの会社がくそバカだったんだな! でももう戻ってやんないもんねぇぇぇぇ! バーカ!」


 やけ酒にまんまと呑まれ、対象年齢を大きく下げた悪口を放出する僕。きっと明日の朝、苦情を受けた管理人さんが襲来するだろうが、今日だけは許して欲しい。

 あらかたの文句を吐きつくした僕は、どん! と勢いよく腰を降ろし、盛大なため息を吐いた。


「……俺も一度でいいから、マウントとってみたいなぁ」


 ふと呟いたのは、自作主人公への憧れ。

 一度でいいから。夢でもいいから。あの頃僕をバカにしていた連中に、僕の作品をつまらないと切り捨てたユーザー達に、僕を切り捨てた会社の上司に、全力でやってみたい。

 最高に気持ちいい、渾身のマウントを。


『——因子確認。転送します』

「…………へ?」


 機械音声のようなものが、突如として部屋に響く。その声はどこか聞き覚えが……いや、聞いたことはない。だが覚えがある。


「今の声、俺が思い描いてた……」


 そう。これは僕が連想していた、作中に出てくる特殊魔法起動装置の声。今確かに、その声が現実に聞こえた気が——


「——うわっ! 何だよこれ!」


 瞬間、床に散りばめられた原稿から、書かれていた文字が実体となって僕の身体を包み始める。それらはまるで紋章のように僕の身体に刻まれていき、酔って上裸になっていた僕の身体は、みるみるうちに黒く染め上げられていく。

 その文字達は、やがて視界をも覆うようになり、


「やめろっ、や、やめ——」


 ——僕の記憶は、そこで途切れた。

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