第3話 誰も気づかないようです!
青年——ハイム・ハルベリン。
この世界の秩序を守る『創天の騎士団』に所属する若き剣士。かつて魔獣の襲撃から家族を守ってくれた騎士に憧れ、自身も同じ道を歩み始める。
『まっすぐで嘘を吐けない性格で、太刀筋にもそれが如実に現れる……設定通りだぁ……』
短い金髪とやや細身の肉体。そしてトレードマークの白銀の光剣。完全に僕が思い描いていたハイムだ。何がどうなってこうなったかは知らないが、こんな形で出会うことができるなんて……感謝・感激・大豪雨とはよく言ったものだ。
「あ、ありがとう! 君のおかげで助かったよ!」
とにかく、今はモブがよく言いそうな発言をしておこう。考えるのは後だ。
「少なくとも、犠牲が出る前に倒せてよかった。遭遇したのが俺じゃなくて入隊直後のやつとかだったら、ちょっと悲惨なことになってたかもしれないな」
「あー確かにそうかも。となると、僕って結構運がよかったのかも——」
「——アークゴーレムなんて、どこから湧きやがったんだ? この平野にこんな立派な魔獣はいないはず……」
僕の心からの感謝は完璧にスルーされ、ハイムは事の異常性を考察し始める。僕はこんな目の前にいるのに、何で一ミリも視線を向けずに無視できるんだ? そんな設定つけてたっけ?
「——ハイム! 大丈夫⁉」
だが、そんなメンヘラじみた僕の思考は、突如として響く透き通った声と、馬のひづめの音にかき消されることとなった。
束ねられた桃色の髪に整った顔立ち。さらには実り豊かな胸元。すらっと伸びた両足がより肉体美を際立たせ、騎乗した姿はまさに英雄そのもの。異世界のジャンヌ・ダルクをイメージした、戦場の女神。
この世界のヒロイン——ローゼ・メイリースの登場だ。
「よぉローゼ。大丈夫、アークゴーレムは倒したぜ」
「一人で行かないでって言ったでしょ! いい? あくまであなたは——」
「——お前の指導下なんだろ? わかってるって。ったく、同じ新米なのに、ちょっと在籍時間が俺より長いからって」
おお……夢にまで見た(というか僕が作った)やりとりが、まさか現実となって聞ける日が来るなんて……ヤバい。今日もしかして命日かも。ありがとうお父さん、お母さん。私の墓はいりません。そっちの世界で死なないので。
「あ、ありがとう! おかげで助かっ——」
「——それにしても、何でアークゴーレムが……」
「あぁ、問題はそこだ。ローゼ、何か検討つくか?」
またも盛大な無視をかましたハイムは、目の前に横たわるゴーレムの死体を見や
り、ローゼの知恵を頼る。
「いえ、わからないわ。こんな巨大魔獣がいたなら、誰かしら気づいているはず……ということは、もしや」
「なるほどな……我ら『創天の騎士団』の中に、こいつを放った奴がいるってことか……」
「と、とにかく! ちょっと出口まで連れて行ってくれな——」
「——裏切り者ってこと? まさか、そんな……」
ついに三回目の完全無視。ここまできて、ようやく俺は一つの事実に気づく。
——俺、気づかれてないや——
……何これ。噓でしょ? こんな感じの転生ってある? ここから俺の無双劇が始まるんじゃないの? 俺ここでもこんななの? というか現実でもなんとか人権はあったんだけど、こっちでは完全に空気なの? 状況が悪化してるんだけど。夢と希望で作った世界なのに、夢も希望もないんだけどぉぉぉぉぉぉ!!!
「おい二人とも僕を見てくれ! ここに創造主がいます! ここにこの世界の親がいます! ここに別次元の存在が——」
その時、予想外のさらなる事象が、僕の渾身の叫びを遮った。
「——なっ、何だ⁉ こいつ死んだんじゃねぇのか⁉」
「ハイム離れて!」
ローゼがハイムの手を引き、伸びる剛腕を間一髪でかわす。意味を成さなかった攻撃は地面に流され、衝撃が大地を大きく揺らした。
「グゴゴォォォォォ…………」
その衝撃を生み出したのは、ハイムによって頭を失くし、その身を地に伏せていたアークゴーレムだった。
ゴーレムは離れていた顔面をくっつけると、湧き上がる怒りを全面に映し出し、強靭な腕力へと変換を始める。その視線はまっすぐ僕達を刺し、一切の猶予すら与える
気は見られない。
「くっ……どうしてまだ生きてんだよ!」
「ハイム! あなた額を貫かなかったわね! アークゴーレムは額にある魔力心臓を
撃ち抜かないと倒せないの、習ったばかりじゃない!」
「「あ」」
シンクロ率100%の作者と主人公。こんなタイトルの作品がありそうだ。
完全に忘れていた。これに関しては認識されていなくて助かったな。自分が作ったヒロインに罵倒されるなんて、喜びと恥辱の両方面で死んでしまう。
「グオォォォォォ————!」
「やっべぇ……やっちまったなぁ」
「反省は後! なんとしてもここで倒すよ!」
野太い咆哮が戦場に轟き、それを引き金に二人の闘気が一気に燃え上がる。嵐の如き熱気が僕の肌を焼き、伝わる刺激が全身を支配。奇襲や瞬殺の戦いでは決して拝めない、拮抗する暴力と闘志のぶつかり合いが、僕を縛りつけて離さなかった。
「ガアァァァ————!」
瞬間、走り出した巨体が、正面に対峙する二人の剣に開戦の鉄槌を下ろし——
「——ってなるはずでしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
何で何で何で何で! なぁんで僕に向かってパンチしてくるの! じゃんけんかな⁉ じゃんけんなのかなぁ⁉ 最初はグーのつもり⁉ だとしたらまず殺気を鎮めようか! 叫ぶのをやめようか! 掛け声を合わせてやろうか!
「どこ行きやがる! 待ちやがれ!」
「どうして私達を無視して……いやそれは後回し! 待ちなさい!」
不意を突かれた二人が背後から追いかけるが、一度先手を取られた差はなかなか縮まらず、突然に全員参加の鬼ごっこが始まった。
『何で僕が見えてるんだ⁉ 二人には微塵も気づかれなかったのに、どうして⁉』
どうやら僕は、他の異世界転生とかのようにはなれないらしい。
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