第13話 意地とプライド 前編 2/3

-十五分前

-魂の光の会 本部二階ホール


 体を揺さぶられて、プライドは目を覚ました。

 肩を掴んで揺らしていたのはさきだった。

「よかった、大丈夫そうね」

 言う咲の、少し離れたところに、サクラが膝を抱えて座っている。

 狼狽した様子はないが、静かな不満を顔に出している。

 そしてサクラの奥に見えるものは、黒く、まっすぐ縦に伸びる線。

 鉄柵だ。周りを見ると鉄柵はぐるりと三人を囲っている。

 当然、上も。

「ここは?」

 目の前の咲に問うが、彼女は力なく首を横に振る。

「私もさっき目が覚めたの。サクラと話してたんだけど、ふたりとも神社で急に、体が痺れて、動けなくなっちゃったのよ。で、目の前が真っ暗になって、気づいたらここに」

 そう。彼女の言う通り、全く同じ認識だ。

 そして今のこの空間は、薄暗く、霧のような、煙のようなものが漂っていることしかわからない。

「コウバクコウと言いましてね」

 唐突に響く声に、ようやくそこに人がいることがわかった。

「コウタイをその場に留める為に使われるものです。今もこの空間は、ごく薄くですが焚いています。香りはしますか?」

 三人とも黙っていると、声は続けた。

 男の声だ。

「コウタイ、というのは、光の体、と書きます。肉体でもない、精神体でもない存在。人間はそのどちらも備えているのに、死に怯える不完全な存在。そんな我々よりも、遥かに高次元な存在が我々の目に見える形になっているとき、そう呼ぶのです。あなた方三人のことです」

 光体。

 そして恐らく今焚いているものというのは、光縛香とでもいうのだろう。

 さっきから、体にうまく力が入らない。

 神社でも、恐らくこれを使ったのだろう。

 得体の知れない怪しげなものを使ってはいるが、効果はあるようだ。

 サクラが憎らしそうに呟く。

「あんたらにあっさり捕まるあたし達があんたらより高次元なわけないでしょうが」

 男の声は間を置かず答える。

「不完全な存在が抱える、完全な存在への狂おしいほどの憧れというのは、時として完全な存在を凌駕する手法を生むものです。この光縛香が、そのひとつです」

 咲が言う。

「でもこうまですると、恋人になってくれない相手を監禁しちゃうストーカーみたいね」

「仕方ないことだと思いませんか? すべての人が追い求める完全な存在が、目の前にいるのですよ。是が非でも、その存在の秘密、その存在へ昇華する方法を探りたい」

「あんたたちの目の前にはいなかったわよ。そっちから勝手に来たんでしょうが」

「いいえ、あなた方が現れたのですよ。我が『魂の光の会』の同志の目の前に。突然」

 ひとりの人物が歩みでた。


**********

-二十時

-物捨神社 社務所一階 応接室


 応接室の机には、着替えが一式置かれている。

 エミリアは少し前に着替えのためこの部屋を出た。

 ゴリアスが言う。

「よし、畑中とエミリアの着替えが終わったらすぐ」

「いや、ちょっと待って」

「なんだ? 畑中。早く行きたいんじゃないのか」

「そうだけど! 何ですか! この着替え!」

「わかったわかった。じゃあ作戦を説明してやるから、聞きながら着替えなさい」

 聞き分けのない生徒をなだめる教師のように話すゴリアスは、警官の恰好をしている。

 大きな体と彫りの深い顔には、日本の警官の服装よりも、アメリカンポリスの方が似合いそうだ。

 置かれた着替えを手に取る。

 派手な柄のシャツにスラックス。

 白く先が尖った革靴。薄い色のサングラス。

 小道具のつもりだろうか、金のネックレス。

 すべて身に着けると、チンピラになるはずだ。

「いいか、まずは、エミリアと畑中のふたりが車であの建物に突っ込む」

(まずは、で始まったらもうこれだ)

「一応聞くんだけど、前科つかないですよね?」

「素早くやればな。一時間を越えると危ないぞ」

 ゴリアスの答えに漣が訊く。

「随分、具体的なリミットですね」

「そう約束したんだよ、警察と。日本ではコネの力というのはすごいな」

 不敵に笑んで言う。

「まぁとは言え、限界がある。向こうは『一時間だけ目をつぶる』と言っている。それを越えると、とてつもなく危ない」

 一時間以内なら、こちらの突入に対して向こうが警察に通報しても、警察は動かない。

 それを越えると、警察も動かないわけにはいかない、というわけか。

「ふたりが車で突っ込んだあと、私がたまたま居合わせた警官として、ふたりを拘束しようとする。それに君たちは抵抗するように見せながら、三人で二階のホールを目指す」

 なるほど。

 ゴリアスが警官の服でその場にいるなら、連中に警察への通報は必要ないと思わせることができるか。

「あの、叔父さん、僕は?」

「お前はなにもするな」

「どうして!?」

「なにもしないことが最良の役目だ。畑中が、まぁ死ぬことはないと思うが、もし犯罪者になってしまったら、お前がここで受け入れるんだ」

 漣が押し黙る。

(確かに……そうしてもらえると、ものすごく助かる)

 先ほどのゴリアスの作戦は、うまくできてはいるが、犯罪行為の盛り合わせであることは否定できない。

 ニュースで「畑中伸一容疑者が逮捕されました」と出る確率は、そう低くないだろう。

「我々親子はまだいい。仮に逮捕となっても、向こうでのやり直しなどいくらでもきく。だがお前は違う。宮司ぐうじが不法侵入、暴行、殺人未遂で逮捕となったら、この神社は終わりだ。兄さん夫婦も困るだろ」

(いや、そこまでやる想定なのか?)

「……わかりました」

 漣が無念さをそのまま音にしたような返事をした直後、エミリアが入ってきた。

「着替えたわ、お父様」

 着替え、というより、準備が終わったらしい。

 髪は綺麗なストレートがソバージュになっており、豹柄のボディコンワンピースに身を包み、サングラスをかけ、手には火のついていない煙草を持っている。

 完全に、チンピラが連れている女だ。

「さ、行くわよ」

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