第13話 意地とプライド 前編 1/3
ここまでのお話
二十六歳のサラリーマン、畑中伸一は、ひょんなことから「捨てた人格」につきまとわれることになった。
プライド、童貞、甘え。畑中から出てきた三人との半同居生活が続く。
どうしたらあいつらが消えるのか。
そんな日々の中、物捨神社に住む、
半ばやけくそで助けに行こうとする畑中だが
**********
-月曜日 十六時二十分
-社務所 応接室
一人掛けソファにひとりずつ、ゴリアス、エミリアと三人で待っていると、漣が入ってきた。
手には筒状に丸めた白い大きな紙がある。
漣がそれをテーブルに広げて、エミリアに訊く。
「これくらいでいいかい?」
エミリアからのリクエストは「このあたりの、できるだけ広範囲の地図」だった。
「んー、わかんない。やってみないと」
エミリアが言いながら、両手を首の後ろに回し、つけていたネックレスを外した。
細い金の鎖に、透明な石がついている。
水晶だろうか。
外したネックレスの金具はとめず、長くたらす。
石が一番下まで、鎖をたどってずり落ちて、端で止まった。
それを地図の上にかざした。
これは、見覚えがある。
「ダウジングか」
「そ、静かにしてね」
探し物をみつけるのに使われる超能力のようなもの、というくらいの認識しかないが、エミリアがするなら、見つかりそうな気がした。
エミリアの手が地図の上をゆっくり動く。
かなり大きな地図なので、まんべんなく調べるだけでも、かなりの労力だ。
座ったまま、腕を一定の高さに保ち、ゆっくりと、石が揺れないように動かす。
目的のものが見つかるとネックレスが揺れるはずだが、その揺れはじめを見逃せないので、ごく、ゆっくりと動かす。
エミリアは地図の一番端から、くまなく探している。
右から左へ。端まで行くと少し奥にずらし、次は左から右へ。
全体の一割ほどが終わると、エミリアは手を下ろした。
「はぁ……ちょっと休憩!」
エミリアが体をソファの背もたれに預けた。五分が過ぎていた。
肉体的な負担だけでも相当なはずだ。
それに加えて、精神集中が必要となると、その疲労は計り知れない。
ゴリアスが席を立って部屋を出た。
「漣さん」
話しかけると、エミリアを心配そうに見ていた漣がこちらを向く。
「女がふたりと、男がふたり、いたんですよね? 服装に何か特徴は?」
何かヒントがあれば、目星をつけられる。そうすれば、エミリアの負担は減るはずだ。
「えーっと、どうでしょう……女の方はごく普通の服装で、男の方は、ふたりとも、ジャージのような、スウェットのような、上下セットの服でしたね。色は、白でした」
ゴリアスが戻ってきた。手に持った水が入ったコップを、エミリアに手渡した。
「ありがとう、お父様」
半分ほどを飲み、コップをテーブルの端に置いた。
やはり相当疲れるらしい。
どこにいるか全く目星をつけられない今、こういったオカルト的な手法に頼らざるを得ないのか。
(オカルト……ジャージのような、スウェットのような、上下セットの服……!? もしかして)
「エミリア、そのダウジングって、誰でもできるのか?」
「誰でも、とは言わないけど、まぁ、才能ある人が訓練を受ければ、かなり高い精度でできるようになるわよ。地下のガス管を探すのに使われてたこともあるくらいだし」
「!? 畑中さん、もしかして向こうも」
「うん、その可能性があるんじゃないかと思う」
向こうもダウジングを使って、三人がこの神社にいることを探り当てたのだ。
超能力の訓練。
そして、男ふたりの服装。
連想したものを言葉に出して漣にぶつけた。
「漣さん、新興宗教の本部とか、そういうのはないかな?」
恥ずかしくなるほどの当てずっぽうだが、エミリアひとりによるローラー作戦よりも、こちらから試してみる価値はある。
本棚から出したより詳しい地図と、漣が書斎から持ってきたノートパソコンを使って、しらみつぶしに探す。
見つかった宗教施設は、神社仏閣を含めた十八。そのうち、新興宗教の施設は三つだった。
エミリアが地図の上にネックレスをかざす。三つ目の施設で、石が大きく揺れた。
**********
その宗教施設の住所をもとに調べて、わかったことはわずかだった。
団体名は「魂の光の会」。ここから車で二十分ほどの距離に、その本部施設がある。
マップアプリのストリートビューで確認したが、施設に看板は出ておらず、外から見ただけでは、大きな住宅のように見える。
一見して平屋で、一部が二階建てになっている。
広い敷地を贅沢に使っている構造だ。
「さて」
ゴリアスが言う。
「居どころはわかって、この先、どうするか、だな」
彼の口調は自分の考えを述べているというより、こちらに決断を促すようだ。
時刻は十六時四十分。
「無理矢理さらうくらいだ。『返してくれ』と言っても門前払いだろう。だからやるなら方法は二つ」
間をおいて続けた。
「忍び込むか、殴り込むか、だ」
「それと、いつやるか、もです」
漣が続く。
確かにそうだ。三人がいつまで無事かもわからない。
そして、目的もだ。
もし仮に、連中が「人ならざるモノの存在を許さない」という集団なら、いつ何をされるかわからない。
そして、ダウジングというものをできると仮定するなら、三人の「消し方」を知っていてもおかしくない。
「今すぐ動く必要は、ないんじゃない?」
エミリアが言う。
「だってさ、あいつら三人をさらったんでしょ。それってつまり、ここじゃできないことをするためじゃない? もしあの三人を消したいだけなら、そしてその方法を持ってるなら、わざわざさらわず、ここでしてるわ」
確かに、その通りだ。
感心しているとエミリアが立ち上がって続けた。
「でも、確かめたいのよね? 今から確かめるわ。部屋の荷物、取ってくる」
**********
-十七時四十分
エミリアの代わりに、ゴリアスが神社とアパートを往復した。
連中の目的が生身の人間にないとは考えられるが、念のため、警戒しての判断だった。
以前たくさんの退魔グッズとやらを披露した、大きなボストンバッグをゴリアスが持ってきた。
そして今エミリアは、その中から取り出した怪しげな帽子型メガネをかけている。
ひと昔前のSF映画で出てきそうな見た目をしている。
銀色で、突起やらLEDランプやらケーブルがついていて、ケーブルはパラボラアンテナとつながっている。
「遠隔視を可能にするのよ」
(こいつ、エクソシストだよな?)
どんどん怪しげな要素が増えているという疑問はさておき、これで教団の内部を探れるということだ。
三人の状況、居場所も確認できる。
「じゃ、お願い」
エミリアが言うと、ゴリアスがパラボラアンテナを教団の施設の方に向ける。
しばらく、沈黙が続く。
エミリアの視覚が、空間を飛び越えて、施設の方へ動いているのだろうか。
二分ほど経って、エミリアが口を開く。
「あ、ここね……入口からゆっくり行くわよ」
今から助け出す以上、目的地までの経路を知るためには必要なことだった。
「いたわ。えっと、玄関からだと……入って廊下をまっすぐ……広い階段をのぼって、正面……ちょっとしたホールみたいになってる」
漣がエミリアの言葉をメモに残している。
「手足は縛られてないけど、三人一緒に、檻みたいなところに入れられてるわ……元気そうに、とは言えないみたいだけど、普通にしゃべってるわ。周りに何人か男女がいるみたい」
気になって、つい訊いてしまった。
「体に、傷はないか?」
「待って……ええ、ないみたい」
今ないとは言え、安心はできない。
成人三人も収容できる檻のようなものを所有しているのだ、
過激な連中であることは疑いようがない。
窓の外を見ると、すでに暗くなっている。
十一月の終わり。
十八時にもなれば暗闇だ。
「行こう」
言うと、ゴリアスが応じた。
「行くのはかまわんが、二時間後、もう一度ここに集合してからだ」
驚いてゴリアスを見た。不服そうな顔をしたわけではないが、彼がすぐに言う。
「そんな顔をするな。いろいろと準備が必要だからな。漣、この神社の車はつかえるな?」
「ええ、両親のですが、キーはあります」
行くと決めてから、二時間待つのか。
肩すかしに遭ったような気もするが、素直に従うことにした。
ゴリアスがどのような準備をするのかはわからないが、妙に説得力があるからだ。
エミリアが遠隔視装置を外すのを手伝うゴリアスに訊いた。
「今すぐより、二時間後の方がチャンスはありますかね?」
「A wise man makes more opportunities than he finds.」
流暢な英語を聞き取ることはできなかった。
ゴリアスがこちらを見て、笑って言う。
「チャンスは見つけるものじゃない。作るものなんだよ」
とても、楽しそうだ。
「でも」
エミリアが言う。
汗で髪の毛が顔に貼りついていた。遠隔視も相当な集中力が必要とされるらしい。
「あいつらがダウジングを使ってここにたどり着いたのはいいとして、何の情報もないところから、突き止めたのかしら」
確かにそうだ。
俺たちが近隣の宗教施設に限って探したのは、「向こうがダウジングを使っていたかもしれない」という強引な推測からだ。
だが向こうはどうだ?
あの三人の存在を「いるかいないかもわからない」状態で、この神社まで突き止められるのか?
「確かにそうだな」
ゴリアスが言う。
「ダウジングというのは性質上、そこにあることを確かめるためのものと言えるだろう」
(そう。ある程度目星をつけてからやるものなんだ。最初にエミリアがしたような方法じゃ、効率が悪すぎる)
誰かがこの神社まで導いた。
そう考えて、寒気がした。
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