第12話 キャベツとエクトプラズム 1/3

ここまでのお話

 二十六歳のサラリーマン、畑中伸一は、ひょんなことから「捨てた人格」につきまとわれることになった。

 プライド、童貞、甘え。畑中から出てきた三人との半同居生活が続く。

 どうしたらあいつらが消えるのか。 日々の暮らしの中で、ヒントらしきものがチラホラ見つかる。


**********

-十一月 第四金曜日 十四時 

-ベルツービル 七階


「あの、畑中さん」

「はい。どうかした?」

 今年、広報部へ異動した後輩が、話しかけてきた。

「あの、今度僕、社内報で常務インタビューすることになってるんですが、どこか良い場所ありますかね? 写真も何枚か撮るんですよ」

「あー」

 頭の中で、社内のいろいろなミーティングルームが通り過ぎていく。

 近くのホテルの喫茶を使うのも手か。撮影許可などすぐ取れる。

「常務の車にしたら?」

 横から同期の竹内が口を挟んだ。

「車、ですか? ご本人の?」

「そ。喜ぶんじゃない? 常務、車好きだし」

「いやぁ、ちょっと、いきなりそんなお願いは」

「畑中、聞いてやれよ」

「え、いいんですか?」

 後輩がこちらを向く。

「まぁ、構わないよ」

 秘書が内線を常務本人につないでくれた。

 一分程度話して、電話を切る。

「大丈夫だってさ。車メインにするなよって言ってる」

「ありがとう、ございます。畑中さんも、竹内さんも。車って、すごいアイディアですね」


**********


「あのさ、畑中くん」

「はい、なんすか」

「あたし今度の新卒向け会社説明会を担当するんだけどね、営業部長に出てもらいたいのよ」

「へー! すごい豪華ですね」

「そう。で、まだそのお願いしてなくて、畑中くん、仲介してくれない?」

(なんで俺が……)

 横から同期の竹内が口を挟んだ。

「営業部長だけですか? 次長は?」

「え? その予定はないわね」

「次長にも一緒に出てもらったらどうですか? あのふたりの話、結構面白いから、学生には刺激になりますよ」

「今から出てくれるかな?」

「畑中、頼んでみたら?」

 営業部長に電話した。

 説明会参加の承諾と火曜日午後一番でヒアリングの時間ももらった。

 そして次長に電話をかけて一分後。

「オッケーですって」

 俺と竹内のふたりに礼を言って立ち去る他部署の女性社員の背中を見て、心でつぶやいた。

(やってらんねー)


**********

-十一月 第四金曜日 二十時

-居酒屋「博多うまかもん」


「やってらんねーんですよ! 課長!」

「そうか?」

「いやーやっぱりすごいですよねー竹内くんはー。アイディア出せるし! 人間関係にも精通してる!」

 課長が目の前でハイボールのグラスに口をつける。

「俺はなんなんすかねぇ!」

「……なんなんだよ」

「うわ! 呆れてる! 俺はね……なんていうか……尊敬されたいんですよぉ……」

 部下の絞り出した言葉に、上司は率直に思った。

(だせえ……すがすがしいほどにだせえ)

「捨てきれないんですよね、しょうもないプライドを」

「い、いやぁ、捨ててるんじゃないか? そんな言葉出せるってことは」

 課長はハイボールのグラスを空けて、店員に同じものを注文した。

「お前にプライドが余分かどうかはわからんけどね、足りないものはわかるよ」

「なんすかそれ」

「自信だよ。もっと自分に自信持てよ」

「はい出た! 自信持て! 自信持てハラスメント! んなもん持てたら苦労せんでしょうが!」

「まあ聞けよ。さっきの、ふたつの場合、決めたのは誰だよ」

 他部署の後輩と他部署の先輩。

**********

『車は?』

『一緒に次長は?』

**********

「竹内ですよ」

「違うよ」

 課長が早口に続ける。

「案を決めたのは竹内。そして正解だったのは竹内の案。ふたりとも竹内の案に救われた。でも、それを実行可能な形にしたのは、決め手になったのは、誰だよ? お前だろ?」

「いや、そんなの」

「誰が言っても一緒か? 違うね。竹内はお前が上層部と仲良いのを知ってて、利用したんだよ。『連絡なんてめんどくさいことは俺のすることじゃない。畑中、よろしく』って演出だ。そう周りに印象付けないと、自分がすごいことにならない」

 課長は続ける。

「そうじゃなきゃ自分でアポまで取ってるさ。そこで上層部とのコネクションを見せない理由がないだろ? でもあいつにはできない。お前にはできたのにな」

 店員が課長のハイボールをテーブルに置いた。

「いや! 誰が頼んでも断らないでしょ! 仕事の話なんだから」

「お前そういうところはまだガキなんだな。断るに決まってんだろ、ろくに知りもしないぺーぺーの頼みなんか。理由なんかなんぼでもつけられるんだよ。お前が断られない理由はなんだ? 言ってみろ」

「よく、一緒に飲みに行くから」

 課長が黙って、ハイボールを一口飲む。

「常務だの営業部長だの、よく行けるよ。俺には無理だ」

「いや! 俺は酒の席が好きなだけなんですよ! 別になにもしていないですし、お酒ご馳走になってるだけですよ!」

「それが俺には無理なの。才能ないから」

「才能の話ですか?」

「そう。才能。愛される才能。それが俺にはない。竹内には決定的にない。見てろ、あと二、三年もすりゃ竹内は辞めるぞ」

 辞める、という言葉に、思考が一瞬止まった。

「あいつはそれなりに頭使って結果出すけどな、上はあいつを警戒してるから、でかい案件は任せない」

 課長の話には頭がついていくのがやっとだ。

「そうなりゃあとはテンプレ通りの『ここは俺を認めてくれない』だよ」

(辞める? あの竹内が?)

 何が頭の中を廻っているのかわからないくらい、混乱している。

「今度は心配か?」

「いや、心配なんか……ただ、全然、想像できなくて」

「だからな、お前はいいやつなんだよ」

 課長がハイボールを一口飲む。

 俺も、しばらく口をつけていなかったレモンサワーを飲んだ。

 いつもより、少なめの一口だ。

「まぁ、竹内の話はいい。お前の方の話だ。結局さ、お前はこのキャベツなんだよ」

 課長が言う。

 大皿の上に盛られたざく切りのキャベツ。

 その上に、注文した焼鳥が並べられる。

 博多ではメジャーなスタイルだという。

「鶏の脂、うまみ、全部このキャベツが仲介するんだよ」

 仲介するだけで、なにが偉いんだ。

「さっきまで乗ってたぼんじりの脂がまだキャベツの上に残ってるだろ? そしてその脂が、今乗ってるささみに伝わって、ともすればパサつきがちな身をフォローしてくれる」

 キャベツの上に乗っているささみを手に取り、食べた。

 確かに、旨い。おそらく単体で食べるよりも。

「な? ただ単に横並びじゃ伝わらなかったものが、つながりだすんだよ、キャベツで」

 今乗っている、ささみ、つくね、皮、ハツ、豚バラ。

 つなげることができるのは、キャベツがあるから。

「博多スタイルっすね」

「畑中スタイルと呼んでもいいぞ」

 課長が笑って、キャベツの上のつくねを取る。

「課長、詳しいんですね、博多」

「にわかだよ。こないだ福岡出張があってから、ハマっててね。大体こういうスタイルらしいよ、地元は。しかもキャベツはお代わりし放題の店がほとんどなんだってさ」

「へえ」

 皿の上のキャベツに目をやる。

 塩分のせいで水分が抜けたのか、少ししんなりしていて、焼鳥についていたタレの黒とキャベツの薄緑のコントラストが鮮やかだ。

 焼鳥の脂が演出する光沢が、酒を進ませるのが見るだけでわかる。

「こうなると、キャベツだけでも、タレと塩と脂が絡んでうまそうですね」

「そう! それだよ! 仲介をしていただけのはずが、いつのまにかキャベツ自身をグレードアップさせるんだよ!」

 キャベツを箸で取り、一口食べる。

 ものすごく旨い。

「な? 旨いだろ?」

「はい」

 課長も食べ始める。皿が空っぽになってしまった。

「すぐなくなるな、お代わりしようか。すいませーん」

 この人は、部下に気を遣わせることがない。注文するのも、自分から進んでする人だ。

 周囲からの信頼も多く集めている。

 そんな課長が言ってくれるように、俺はこのキャベツになれているのだろうか。

 つながらなかったものが、つながる。

  そしてそのつなげた過程が、自分自身を成長させる。

 何も手を加えなければ、どこにでもありそうなキャベツなのに。

「博多の焼鳥」という世界には、欠かせない存在になっている。

「お前はそうだ。そうなれている」と課長が言っている。

(自信か……持てるかな……いや、持とう。課長が言ってくれている、「キャベツとしての仕事」に、自信を)

「あ、キャベツおかわりもらえる?」

「おかわりは三百円いただいてますが」

「おいちょっと待て、たかがキャベツごときで金とんのか」

「課長?」

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