第12話 キャベツとエクトプラズム 2/3

-翌日(土曜日)十四時

-物捨神社 社務所 食堂


 土日は神社で過ごす時間が多い。

 プライドとサクラと咲の三人が「用がないなら神社にいろ」とうるさいので、広い敷地をうろうろしながら、休日を楽しむ。

 今はコーヒーを飲みながら、スマホで音楽を流し、れんから借りた漫画を読んでいる。

 プライドが淹れてくれたコーヒーは、なかなか旨い。

 彼はというと、境内で参拝客の相手をしている。奉納相撲の一件で、支持者が減ったのはサクラとエミリアだけだった。

 プライドはむしろ「女の子の恋を応援するイケメン素敵」となった。

 結果的に神社への参拝客は増えていた。

 読み終わった漫画をテーブルに置いた。

 昨日の課長の話を思い出していた。

(つまり、俺は俺のやり方で成長していけば、いいってことなのかな? 何を捨てるかより、何を磨くか、そっちに意識を向けた方がいい?)

 食堂の戸が開いて、エミリアが声を上げた。

「あ、畑中、ちょうどいいわ」

 彼女の手には一冊の本がある。

 俺が初めてこの神社に来たときに、漣から見せてもらった本。過去の『物捨騒動』について書かれている本だ。

「この本、難しい漢字が多くて。教えてくれない? 忙しくないんでしょ?」

 エミリアはさっきまで俺が読んでいた、テーブルの上の漫画に目をやり、言った。

 返事を待たず、隣に座り、本を開いた。

 古文書の解読などできるはずもないが、現代文で丁寧に解説・注釈が書かれている。

「ここからここまで、読んでくれる?」

「ああ」

 言われるがまま読む。

 過去に漣から教えてもらった話だ。

 捨てすぎて消えた者もいれば、捨てても消えることがない者もいる。

 ふと気になって、エミリアに訊く。

「なぁ、お前はどう思う?」

「どうって?」

「あの三人だよ。まだ悪魔とか思ってるわけじゃないだろ?」

「そりゃあね。うん。違うわよね」

「じゃあ、何だと思う?」

 洋の東西の違いこそあれ、彼女の方が俺よりも超常現象には詳しいはずだ。

「そうねー」

 少し考えて、続けた。

「エクトプラズムって、知ってる?」

「聞いたことはある。けど、よくは知らない。なんなんだ、それ」

「すごーく簡単に言うと、人間の中にあるエネルギーが、目に見える形で外に出たもの、ってとこね」

「なるほど。まぁ、そういうことだよな。俺の中のプライドが、ああいう形で出たってことか。向こうじゃそう言うんだな」

「違うわよ、何聞いてたのよ」

「へ?」

「エネルギーって言ったでしょ。あんたの内側だろうがなんだろうが、そこにあるだけのものをエネルギーって言わないわよ」

「すまん、俺文系だから、あんまり難しいこと言わないで」

 エミリアが呆れた目でこちらを見る。

「めんどくさいわねー、別に自然科学の言葉の定義じゃないわよ。オカルトよ、オカルト」

 要は、なんとなくでいいから聞いておけ、ということか。

「結局、あんたが捨てたいと思ってたから出てきたわけでしょ。その『捨てたい』っていう、方向を持った意志が、エネルギーなの」

「つまり、今いるあのプライドは、俺の中のプライドというより、俺の『プライドを捨てたい』っていう気持ちのエネルギー、ってことか?」

「彼がエクトプラズムだとしたら、そういう解釈ができる、っていう話よ」

(なるほど。確かに、そうなる)

「でもほんとに捨てていいものか、あんた自身にもわかんないから、あんたの近くに留まってるのよ」

 エミリアが事も無げに言った言葉が、このとき妙に引っかかった。

 なにか、この騒動の核心を突いているような、そんな気がする。

「そうなのか?」

「だってさー、あんたもう二十六年もそうやって生きてきたわけでしょ? 今さら捨てるったって、想像できないわけよ。捨てた自分が、想像できないの」

(なるほど、そうなのかもしれない。でも同時に、そうだとするなら)

「あの三人がエクトプラズムだと仮定すると、つじつまが合っちゃうな」

「そうね、そうなるわね。だから、もう解決してるようなもんなのよ」

「なんで?」

「だから、あの三人は、あんたの捨てたいっていうエネルギーで、それが外に出ちゃったんだから、あんたが自分に必要だと思えば、戻るんじゃないの?」

(そうか。逆のことをすればいいのか。でもそれじゃあ、俺の捨てたいっていう気持ちはどうなるんだ?)

「捨てることなんかにこだわらなくていいんじゃないの?」

 心を読んだかのようなことをエミリアが言う。

 彼女はテーブルに左手のひじをついて、呆れた顔をしている。

「捨てたいと強く思うくらい、思考や習慣の大半を占めてるのよ? つまり、あんた自身の大半ってことじゃない。捨ててもいいことないと思うわ」

 牧師に懺悔をした経験はないが、もししたらこういう気持ちになるのだろうか。

(いや、もうちょっと、優しいはずだ)

「で、お前なんでこんな本読んでるの?」

「そ、それはお父様の言いつけで、あんたの助けになれって」

「嘘つけ、漣さんが継いだ神社の勉強だろ?」

「うっさいわね! いじめるわよ!」

「もうしてるだろ。でも、ありがとう」

「? 今、外に人いた?」

 エミリアがいつの間に俺ではなく、窓の外を見ている。

 彼女の視線を追って窓の外を見るが、誰もいない。

 立ち上がり窓を開け、外を見渡すが、誰もいない。

「いや、いないと思うけど、いたの?」

「わかんない。気のせいかも」

 ガラッ

 食堂の戸が開くと、巫女服のサクラが立っていた。

 エミリアがすかさず言う。

「あ、エクトプラズム」

「なんなのよそれ、腹立つわねー。あんたとご主人様が一緒にいるってだけでムカつくのに、わけわかんないこと言わないでよ」

「いや、すまん、さっき話してたことなんだけど、そうだ、サクラにも聞いてほしいな」

「あのさ、ご主人様……」

「……はい」

「あたしがムカついたエミリアの言動を、ご主人様が謝るの、やめてくれない? エミリア本人よりムカつくわ」

「……すみません」

「あーだめだー、そういう素直なご主人様かわいすぎるー、尊いわー」

 サクラは言いながら空いている椅子に座った。

「本題入るぞ」

 先ほどまでのエミリアとの話をそのまま伝えた。

 俺の心持ち次第で、三人は消せるかもしれない、と。

 こちらからの話を終えると、サクラは少し間を置いて、言った。

「そう言えばさ、漣さんが前、言ってたわ」


**********


「思うんですけど、捨てたいものを頑張って捨てようとするより、捨てない方がいいものを大事にする方がいいのかもしれない。そういう、捨てない方がいいものが持っている輝きに、気づかなければいけない気がします」


**********


「あたしは、よく意味がわかんなかったんだけど、今のご主人様には、わかるんじゃないの?」

 サクラの言葉に、何も返せなかった。

 ただ、いろんな人から、いろんな言葉で言われた気がしていた。

「もっと自分を好きになれ」


**********


-十八時


 一般的な家庭よりもはるかに大きな邸宅の奥で、男たちが話している。

「先生、確かに聞いたそうです。『あの三人がエクトプラズム』だと」

「そうですか。やはり、あの神社で間違いなかったんですね」

「さすがです、先生」

「ですが、宇宙における高次元な霊的存在をエクトプラズムなどと呼ぶとは……やはり俗物はダメですね」

「おっしゃるとおりで。世を照らす真理の光が届かない、憐れな者たちです」

「そうです。でもだからこそ、私たちが、いや、すべての人々が、その苦しみから解放されるために、その、人の形をした、人以上の存在に、お越しいただきましょうか」

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