第8話 エミリアとゴリアス 2/3

―社務所 食堂


「ふー、うまかった。では、まず自己紹介からしなければ、な」

(食う前にやれよ)

 テーブルの上の爪楊枝を取りながら、少女の父親が続ける。

「本来なら食う前にするべきだが、持ち合わせがなく、あまりの空腹で頭がおかしくなりそうだったので、すまんな……シーッ……シーッ……チッ」

「ゲフッ……では私から」

 少女が続いた。

(死ね)

 少女が立ち上がり、声高に名乗った。

「私の名前はジャンヌ=エミリア・ヴィクトール! 来月十八歳! エミリアさんと呼んでいいわよ。正当かつエリート的なエクソシストとしてのエリート教育を受けた、エリート貴族中のエリート貴族よ! エリートらしくイギリスのウェールズ出身よ! ウェールズ生まれ! ウェールズ育ち! ウェールズのやつはだいたい友達よ!」

「嘘つくんじゃないわよ」

 さきが口を挟んだ。

「やだ! 咲お姉様! ひどい!」

 サクラが乗り出して対抗しようとしたが、咲が手で制した。

 サクラを制した咲が口を開きかけたが、それよりもエミリアの父親が喋りだしたのが早かった。

「続けるぞ」

 父親の視線を受け、娘は座った。

「私はゴリアス・ヴィクトール。エミリアの父親で、野々宮咲とれんの叔父にあたる」

 漣が続く。

「僕たちの祖父が日本人で、祖母がイギリス人なんです。国際結婚で。ゴリアス叔父さんは僕の父の弟です。叔父さんは国籍を向こうに、僕の父はこっちに置きました」

「漣には電話でも言ったが、兄さんは元気そうだったぞ!」

「その節はお世話になりました」

「いやいや、日本土産をたくさんもらって、こちらこそ世話になったよ」

 こちらは妙に和やかだ。いや、遠い親戚が久しぶりに会ったのなら、これが本来あるべき雰囲気なのだろう。

 ゴリアスがこちらに向き直る。

「そもそも今回、我々がお邪魔したのは、大きくなった咲をひと目見ようと思ったからで、な」

 漣が引き取る。

「姉さんと僕のことは、えっとつまり、僕から姉さんが出てしまったのは、親戚の中では有名な話で、エミリアちゃんもよく姉さんと遊んでたんだ」

「咲お姉様が弟の心が生んだ存在だと知ったときは驚いたわ」

 エミリアにとっては、咲も漣も年上の親戚のはずなのに、漣の方は名前さえ呼ばない。

 プライドが口を挟む。

「今さらですが、日本語うまいんですね」

「エリート貴族のたしなみよ。平民と話すためのね」

(貴族だの平民だの、染み付いてるな)

「こっちの親戚付き合いも深いからな。まぁそれはいい、漣、どこまで行った?」

「はい。で、先日僕から出た姉さんが消えたあと、電話でゴリアス叔父さんに伝えたんです。もっとも、そのあと畑中さんから、また姉さんが出てきてしまったわけですけど。だから再度電話をして……」

「姪っ子が消えたその日のうちに大人になったと聞いては、いても立ってもいられなくてな、すぐに向こうを出たわけだ」

 豪快な笑顔を見せながらゴリアスが語る。

 エミリアはその橫で、ウンウンと頷いている。

 咲が呆れ顔でつぶやく。

「で、この変な小娘がおまけってことね」

「咲お姉様、そんな意地悪言わないで」

「あなたの知ってる咲お姉様じゃないわよ。わかったでしょ?ていうか、あなたからしたら、私も悪魔ってことにならない?」

「えー!咲お姉様は特別よ!きっと人の心が作り出してしまった天使♡」

(なんて自分にとって都合のいい解釈なんだ)

「で、あんたさ」

 サクラが敵対心剥き出しで話しかける。

「あんたが悪魔とやらのお祓いをするんだって?」

「そうよ? 平民が困っているんだから、助けるのは貴族の義務よ」

 エミリアの言葉を遮るようにゴリアスが言う。

「聞けば、咲の出現にはひとりの男性が関わっていて、他にもいろいろ出てきてしまって困っているというではないか。超常的な現象とは言え、姪っ子の成長を見せてくれた本人だ。何か力になれれば、と思ってな」

 ゴリアスがこちらを見て、笑う。

(親父さんは平民だのなんだの、そういうことを言わないんだな)

「というのが貴族の慈悲よ! わかったかしら?」

 息まくエミリアを見ながら、ゴリアスは微笑んで何も言わない。

(しつけろよ)

 こちらの不満など知らず、エミリアが続ける。

「というわけで、エリートエクソシストになるためのエリート的教育を受けた私も同行したわけ! じゃ! 早速始めるわよ! 悪魔はどこ?」

(んん??)

 エミリアとゴリアス以外の全員が、無言で視線を交わした。

(こいつ、知らないのか? いや、気づいてないのか……自分で言っている『悪魔』とやらが、ここに三人もいることを。いや、咲さんは特別に『天使』だと扱うとしても、ほかに二人もいるんだぞ……)

 全員が無言でそれを確認したあと、やはり全員がゴリアスを見た。

 彼は無言でこちらを見返す。どこか、申し訳なさそうな目だ。

(おっさん、咲さん以外のことは、娘には黙ってるのか。エミリア本人は「悪魔祓い」をする気満々でここに来たのに、おっさんはここの人間関係を詳しく話していない。でも……そうすると、おっさんが娘を連れてきた理由は、何だ? 俺への協力というのは建前で、本当に、成長した姿の咲さんを娘とともに見るため?)

 考え込んでいると、サクラが、別に話したくもないというような言い方でエミリアに言った。

「エリートエクソシストならさ、どの辺にいるとか、わかんないわけ?」

 サクラは会話をしたかったわけではなく、確かめたのだ。

「う、うるさいわね! 近くまで来ればわかるのよ!」

(近いぞ)

 全員が再び視線を交わす。

『こいつはこのまま帰した方がいい』

 無言の合意が生まれた瞬間だった。

「そ、そうよ! あんたよ! あんた!」

 エミリアが俺を指差して叫ぶ。

「あんたの心に悪魔が棲んでるから困ってるんでしょ? ほら、なんかこう、儀式的なものをやってあげるから! こっち来なさいよ!」

「あー、そういうのいいから」

 この女よりも、その父親が彼女を連れてきた理由の方が気になる。

「なによー! 悪魔に取り憑かれてるくせに偉そうに!」

「悪魔じゃねえって!」

 思わず、口から出ていた。全員の視線が集まった。自分でも驚いたが、止まらない。

「お前さ、えらく悪魔だなんだと、こだわるね。こだわるというか、決めつけに近い。いや、悪魔じゃなきゃ気が済まないって言い方だ」

 なぜこんなにも、腹が立っているんだろう。

「すまない」

 謝ったのはゴリアスだった。

「少し、いいかね?」

 彼は立ち上がり、俺に同行を促した。

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