第8話 エミリアとゴリアス 1/3
これまでのお話
A子とのデートは悪い意味で何事もなく終わり、また月曜日が来た。職場での変化はささやかなものだが、野々宮
そして神社には異国からの来訪者が。
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-月曜日十九時十分
-物捨神社 参道前
黒塗りの高級車が一台、停まった。中では男女が会話を交わしている。
「着きました。こちらで」
「なるほどね、たしかに、ただならぬ邪気を感じるわ」
「はらえるんですか?本当に」
「くだらないことを訊かないで。私は私の仕事をするの、それですべてが解決するわ」
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-同時刻
-物捨神社 書斎
野々宮
ショッピングモールで、畑中伸一がイタリアンレストランに入ってくる、少し前。
『思うんですけど、捨てたいものを頑張って捨てようとするより、捨てない方がいいものを大事にする方がいいのかもしれない。そういう、捨てない方がいいものが持っている輝きに、気づかなければいけない気がします』
書斎の中、椅子に腰かけて宙を見上げていた。
サクラとの会話の流れの先でたどり着いた言葉だったが、気になって何度も反芻していた。
『捨てたいものを頑張って捨てようとするより、捨てない方がいいものを大事にする方がいいのかもしれない』
自分でも、なぜそんなことを口走ったのか、わからない。
これが真実だと胸を張れるわけでもなければ、これを足掛かりに問題を解決できる予感があるわけでもない。
ただ、「それでいいのかもしれない」と思わせるなにかは、あった。
ピンポーン
社務所のインターフォンの音だ。
時計を見た。一般的な定時退勤時間から約一時間経つ頃だ。
書斎を出て玄関に向かった。
玄関にはほぼ同時に、この神社で生活する四人が同時に集まった。
(そっか、皆、畑中さんに確認したいんだな)
A子はどんな様子だったのか、を。
だが、漣はすぐに、場を支配する違和感に気づいた。
誰も玄関の引き戸を開けようとしない。三人には警戒心が色濃く出ている。
彼らにしかわからないなにかを、感じている。
引き戸を見る。磨りガラスになっている引き戸に映る人影が、彼のものではない。
人影は、三つ。
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-同日 十七時五十五分
-ベルツービル七階
畑中伸一は、課長とふたりきりで社内のミーティングルームにいた。
「今日はちょっと、様子がおかしかったな?」
「そう……ですか?」
「とぼけんでいいよ。同僚と仲良くするなとは言わん。業務に支障のない範囲では、な」
課長は金曜日の終業後、俺とA子が『飲みに行く』と話していたのを知っている。
それ自体は咎められるものではない、と課長は言っているのだ。そして彼の言葉は『だが今日の様子は明らかに支障を来すものだ』とでも言いたげな言葉選びだ。
「A田さんですよね?」
「まぁ、様子がおかしかったのはな。だが、おかしくなるのはお前と接触するときだけだ。いやだなこういう話は。部下のプライベートに首を突っ込むのは好きじゃなくってね」
口調がくだけてきた。この人とは何度も飲みに行っている。とてもお世話になっている人なので、迷惑はかけたくない。
「なんかあったのか? もちろん言える範囲でいい」
(どう説明しろって言うんだ)
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―月曜日 十九時四十分
社を出て二十五分が経ったころ、物捨神社の鳥居が見えてきた。
十一月も近くなると、このあたりの通りは十九時には真っ暗になってしまう。
課長にはひと通り、正直に説明した。
『昨日一日、A田さんと遊んで、たまたま出くわした友人がとても特殊な見た目で、それに驚いて僕のことも警戒してるんだと思います』
課長は『なるほどね』『話してくれてありがとう』と言っただけだった。だが俺が説明を切り出すまでにずいぶんを時間をかけてしまったので、定時に会社を出るより三十分近く遅れてここについた。
(? なんだ?)
神社の入り口のすぐ近くに黒塗りの国産高級車が停まっている。
不釣り合いだった。
(世話になっておいて言っちゃ悪いが、こんな神社になんの用があるんだ?)
参道を進み、社務所の玄関に着き、呼び鈴を鳴らすと、出仕服を着たプライドが来てくれた。
彼の浮かない表情に、嫌な予感がした。
不満と不安と不審をごちゃまぜにしたような表情だ。
丸一日離れていたので、彼は今日俺がここに来るのを楽しみにしていたはずだ。
それなのに、この表情だ。
どう考えても、先ほど見た車が関係しているのだろう。
**********
―物捨神社 応接室
プライドに続いて部屋に入ってすぐ、見慣れない三人が目についた。
そのうちのひとりは、ひときわ目立つ格好をしている。
金色の長髪女性。少女と言った方がいい年の頃だ。全身白い布地で、パーツやらボタンやら金刺繍やらが多く、コスプレ衣装かと見紛う。
だがその表情、姿勢は、どことなく気品に満ちていて、不自然な衣装が、自然と釣り合う。
目が合うと、微笑んできた。だが微笑み返す気にはならなかった。彼女の目に、憐れみの色が強く出ていたからだ。
「こわがらなくてもいいのよ」と聞こえてきそうだ。
その女の背後に立つ体格の良い、いや、良すぎる男。
黒服に身を包み、短く刈り込んだ、金とも銀ともつかない色の髪をしている。50歳ほどだろうか。
偏見たっぷりで表現すると、ロシアの退役軍人のようだ。見たことはないが。
彼女のボディーガード、なのだろうか。
そして、女のとなりには運転手のような服装の男性が座っている。ほかの二人に比べて、失礼ながら、どこにでもいそうな人だ。
先ほどの黒塗りの高級車と、その男性が頭で結び付いた。白い手袋は外して、手に握っている。
帽子を膝の上に置いていて、その帽子の中央にある金刺繍の紋章が見えた。紋章の下には同じく金刺繍で、アルファベットが並んでいる。
紋章にこそ見覚えはなかったが、文字はここからでも読むことができる。気づけば、その六文字を声に出して読んでいた。
「K…K…TAXI」
国際空港タクシー。
「あの、いつ払っていただけるんで?」
「だから! この男からの報酬を受け取ればすぐ払うわよ!」
(俺?)
漣が割って入る。
「えっと、だからひとまず、ここはこちらで立て替えて」
「ふざけないで! この私に平民の施しを受けろというの!?」
サクラが訂正する。
「施しじゃないわよ。後で払うのよあんた」
「同じことよ! いくら今持ち合わせがないからと言って、平民から借金するなんて! 名家の誇りに傷がつくわ!」
漣がポツリとこぼす。
「親戚だろ……」
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運転手は帰って行った。
国際空港直営のタクシー会社としては、運賃の取りっぱぐれというのは珍しくないのかもしれない。
「一応、これだけ置いときます」と、タクシー会社の名刺に望みを託して、応接室をトボトボと出ていった。
(空港からここまで、1時間。5000円超過分は半額だったかな? だとしても、かなりの金額が丸々取りっぱぐれか。おっさん、元気だしてくれ。いやそれよりも)
「ちょっと待て、なんで俺が金を払うんだ?」
金髪の女が答える。
「払うのは私よ? 言ったでしょ?」
「違うよ、俺があんたに報酬を払うってなんだよ!?」
「それは当然、私があなたの心に棲む悪魔を祓ってあげるからよ!」
意味がわからず、漣に視線を移した。先ほど彼は「親戚だ」と言っていた。
「えっと。話すと長くなるので、向こうに行きましょうか? みんな座れた方がいい。夕飯はまだですか?」
漣が大柄な男の方を見て問う。
「まだだが、いいのかね?」
「ええ、もちろん」
「お父様?! 平民の施しを受けるというの?」
(お前父親だったのか)
「ハハハハ、冗談を言うな、エミリアよ。献上させてあげるんだよ」
「そういうことね! じゃあ私も、献上させてあげるわ!」
呆れて見ていると、父親が漣に向かって小さく頭を下げた。
手を縦に向けて、「すまん」とでも言うように。
どうやらこちらも、なにかわけがあるらしい。
(だがしかし……おっさん、さっきその論法使ってたら、金借りて運転手さんに金払えただろ)
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