第7話 A子とデート 1/3

ここまでのお話

 いよいよ初彼女とのデートを迎えた畑中。サクラとプライドがついてくるのは目に見えている。果たして畑中はデートを成功させることができるのか。


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-日曜日 十一時三十分

-GaGa Garden レストランエリア イタリア料理店店内


 一組の男女が周囲の視線を集めていた。

 ピンクのチェック柄のミニワンピースを着た小柄な少女は長い黒髪をツインテールにしている。

 長身の男は白いシャツに黒いパンツ。シンプルなのが絵になる。

 どちらもモデルと名乗っても通用する容姿だ。

 少女は嫌悪感を思い切り顔に滲ませている。

 男の方は、わざわざそんなものを出すのも馬鹿馬鹿しいと言いたげに、目をつぶっている。

「ねぇ」

「はい」

「気に入らないんだけど」

「何がですか?」

「あんたと恋人同士みたいに見られてることがよ」

「そうですか」

「なによ、その『それはこっちのセリフです』みたいな言い方は」

「わかってくれているなら、黙っててください。そもそもあなたが僕を呼んでここに座らせたんでしょう。『ひとりでいると男が入れ替わり立ち替わり話しかけてきて観察どころじゃない』って」

「あー、マジ最悪。ご主人様早く来てよー。この店使うんでしょー。この状況耐えらんないよー」

「じゃあ、替わる?」

 二人同時に、声の方を向いた。


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-一時間前

-物捨神社 社務所 玄関


 プライドとサクラが並んで立っている。

「ご主人、気をつけて」

「お土産よろしくー」

 A子とのデートの前に、立ち寄って念押しをしたかったのだ。

「来るなよ?」

「はい」

「……来るだろ?」

「多分」

「来んなよ」

「我慢できないんですよおおおおおおお!!!」

 プライドが珍しく大声を出した。

「なんなんですか……一緒にいる時間が……月曜からは仕事が終わってから立ち寄る十五分だけって……」

 崩れ落ちながらも、恨み言は止まらない。

「ご主人……あんたわかってんですか……禁断症状が出るのわかりきってるんですよ?」

「もう出てるわよ、あんた」

 床に手をつくプライドを冷ややかに見下ろすサクラが言った。

「お前は大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫ですよ」

(意外だな)

「夜こそっと行っちゃうから。どうせ借りてた布団はもう返してるんだろうけど、あたしくらいの体格なら、一緒の布団でも入れちゃうよね?」

サクラの言う通り、大家の娘である小林香織こばやしかおりが貸してくれた布団は、今朝のうちに返していた。

いわく「シーツもこちらで洗うのでそのままでいい」とのことだった。


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「ほんとにシーツごと、このままでいいの?」

「は、はい……いいです……」

「いやでも、男ふたりが五日間いた部屋なんだよ? ちょっと……」

「いいって言ってんですよ! 早く!返して!使うから!!」

「じ、じゃあ……玄関まで運ぶね」

「ふぅ……ふぅ……はぃ」

(と、取り戻したわ……)

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(なんだったんだろう、あれは。まぁいい、とにかく)

「いれねえよ。部屋にも」

「ひどい! こんな可愛い女の子をよくほっとけるわね!」

 上目遣いで訴えてくるサクラの手を強引に掴み、黙らせる。

「可愛くても冷たいだろうが!」

「あー! ひどーい! 気にしてるのに!」

 生き生きとした表情で話すほど、この冷たい体が不気味に感じられる。

「……あっためてください」

「絶対いやだ」

(こっちが体温奪われるだけだろが)

 これからの季節、寝ている間の体温低下は怖い。

 何より、実物大のドールと寝るような気分になるのは目に見えている。

「じゃあなおさら、今日くらい一緒にいてよ」

「今日くらいは我慢しろって言ってるんだよ!もういい、れんさんに頼んで仕事を与えてもらう!」


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-社務所 一階 書斎


「それは無理ですね」

 大きな体を椅子に押し込んでいる漣には「ふたりを仕事で拘束しておいてほしい」という頼みを、にべもなく断られた。

「彼らには休みをすでに与えています。申し訳ありませんが、そんな恣意的な理由で今さら変えることはできません」

「くっ……日曜日は参拝客、多いんじゃないんですか?」

「祈祷なんかは予約で来ますからね、それは入っていませんし、ぷらっと立ち寄る参拝客なんかは対応なんてほとんど必要ないですから。ほっときゃいいんですよ。姉もいますし、問題ありません」

 懇意にしている参拝客が聞いたら腹を立てそうな言い種だが、神社の方針にまで口は出せない。

 言葉を返せないでいると、漣が続けた。

「いいじゃないですか。多分、遠巻きに見ているくらいしかできませんよ。お金も持ってないんだからお店には入れないでしょう」

「甘いわね、漣」

 背後からさきが割って入った。

「あのふたりにはすでにお金を渡しているのよ。御愁傷様ね、畑中くん」

 俺よりも年上になって出てきた咲はいつの間にか、畑中っち、と人を呼ぶことをやめていた。おそらく昨日のうちに。

 余りにも違和感がないので、最初は気づかなかった。

「そうなの?」

 漣が問う。

「ちょっと咲さん、なぜ、そんなこと」

「新しく入ったキャストにはお祝い金十万円が贈られるのよ。そういうシステムにしたわ。今朝」

(キャストって)

「姉さん、高過ぎない?」

(同感。俺より持ってくのか。金)

「私も要るからね、足りないのは困るから、多めにしといたわ」

(あんたも新入り扱いなのか)

「姉さんも行くの!?」

「当たり前よ、今の私は畑中くんから出たのよ。一緒にいないと落ち着かないのは私も同じよ。漣、留守番よろしく」

「だったら僕も行くよ。神社は、不在の案内を出しとけばいいし」

「そうね、それでいいでしょ」

(よくない)

「あの、おふたり、本当に、邪魔だけはしないでくださいよね」

「邪魔ってさー」

「声をかけること! ジロジロ見ること! 三メートル以内に入ること! その他妨害とみなされる行為!」

「その三メートルって」

「半径!」


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-十一時三十三分

-イタリア料理店店内


 プライドが言う。

「助かりました、咲さん」

 大きなサングラスをかける咲は、巫女服ではない。服もサングラスも、母親のものを拝借したらしい。

「ふふっ、いいのよー。ふたりしてうちで働いてくれてるから、何かあれば一緒に行動しなきゃいけないもんね。たまには離れたいわよね」

「いえ、そういう問題ではなく、ですね」

「?」

「性質上、相容れないものなのかもしれないんです」


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「漣さん、ありがとうね、険悪になりすぎて殴り合いになるかと思ったわ。あーほんとむかつく」

「見ればわかりますよ」

 漣は薄い色のサングラスの位置を直しながら、言った。

「でしょー?いけ好かないわよね?あいつ」

「いや、サクラさんが毛嫌いしてるのが、よくわかる、という意味で。最初はそこまでではなかったですよね?」

「そうね、最初はなんとも思わなかったわ。でも、だんだん……」


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「だんだん……根本的に合わない、ということがわかってきたんです」

「サクラちゃんと?なんでなの?」

「そういう性質としか、言えないですね。例えば……」


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「例えば……プライドが高くてもさ、童貞くさくなかったら、頼もしくはあるじゃない?」

「まぁ、そういうもんですかね」

「逆にさ……」


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「逆に……童貞くささが抜けなくても、プライドが高くなければ、可愛げはあるじゃないですか」

「まぁ、そういうこともあるかもね」

「結局僕らは……」


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「混ぜるな危険、ってやつなのかも」

「混ぜるな危険、ってやつなのかも」

「なるほどね」

「なるほどね」


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「でも、だとしたら畑中くんって、そんな相性の悪いものをひとりで持ってたってことよね」

「そういうことになりますね」

「それってさ、相当……」


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「相当、嫌われそうですけど」

「そんなことないわよ。いい人だもん」

「そうですよね。僕もわかります。僕だけじゃないですよ、だって……」


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「だって、今日のA子ちゃんも、この一週間の変化だけで好きになったりしないはずよ。元々いいところあったのよ。知らないけどね」

「ええ、僕もそう思います」

「そうよね? だから、結局さ……」


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「結局、思うんですけど、捨てたいものを頑張って捨てようとするより、捨てない方がいいものを大事にする方がいいのかもしれない。そういう、捨てない方がいいものが持っている輝きに、気づかなければいけない気がします」

「……私には、よくわかんないわ。わかんないけど、捨てきれることで人生が良くなるなら、私みたいな童貞くささは、捨てられていいけどね」


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