第7話 A子とデート 2/3

-十一時三十三分

-GaGa Garden レストランエリア付近


「お昼、混む前にお店入っちゃおうか」

「そうですね。はい、畑中さんが、大丈夫なら」

「なんか食べたいのある?」

「いえ、あの、なんでもいいんですけど、今日は私に出させてくださいね!」

「なんで?」

「だって! 畑中さん、こないだ全部出してくれましたよね? 一軒目と二軒目と、タクシー代もですよ! 二万は使ってますよね? あの日だけでですよ!?」

「いや、そこまでは行ってないんじゃないかな?」

「行ってます!」

(正解。行ってます。すごいな)

「だから、今日一日のご飯代くらいは出させてほしいんです!」

「そうか、じゃあ、お言葉にあまえて、とりあえずお昼は、どこでもいいの?」

「はい!」

「じゃあ、ここはどう?」

「あ、いいですね」

 予想通りの返答だった。この店は避ける理由がなさすぎる。


**********

-十一時三十五分

-イタリアンレストラン店内


「いらっしゃいませ。二名様ですね。ご案内します」

 店員の後ろをついて歩くと、すぐに四人に気づいた。咲とプライド、漣とサクラ。

(おい……なんで全員ここにいるんだよ……)

 だがよく考えたら、当然予想すべきだった。

 昨日の時点で、ここが第一候補だとプライドにもサクラにも話していたのだ。

 店内の座席はすでに7割ほど埋まっていた。何も言わないでいると、四人の近くの席に案内されるかもしれない。

 野々宮姉弟はご丁寧にサングラスまでかけて。

 姉は妙に気合の入ったドレスのようなワンピースを着ていて、どこぞのセレブのように見える。

 弟はスラックス、シャツというごく普通の服装だが、それに包まれた肉体は恐怖をあおる。

「あそこの席、いいですか?」

 普段なら言わないが、今日は店員に言ってみた。

 座りたいのは、壁側のソファがついた席。二人席なら、店側が拒むことはない。

 案の定、店員はそのままその席に案内してくれた。

 やや手狭ではあるが、A子にソファ側に座ってもらえれば、俺は店内のほとんどの座席に対して背を向けることになる。

 これなら、四人を気にしてチラチラ視線を送って、それをA子に怪しまれることはない。

「ごめん、ちょっと狭いか」

「いえ、全然、大丈夫です」

「ランチにパスタとかベタ?」

「えー? そんなことないでしょう。でもハズレ引かない安心感はあるかも」

「ピザのランチもあるんだね。石窯焼きだって。パスタとピザ半分ずつとか、したいタイプ?」

「そのタイプです」

「どれにする?」

「んー。こういうときはですね」


**********


「ねー、あのふたり、楽しそうなんですけど」

「そ、そうですね」

「漣さんは、あの子、どう思う? あたし女の見た目だけど、実際は女じゃないから、わかんない」

「あー、そうですね。A子さんは、畑中さんのこと、好きなんじゃないですか?」

「それってさ、ご主人様は違うってこと?」

「推測ですけど、ただ単に『彼女くらいほしい』と思っているだけのような気がします」

「うわ、ご主人様っぽいわー」


**********


「匂い、しませんね」

「しないわね」

「プライドも甘えも、ご主人の中には出てきてないってことですね」

「なんか、つまんないけど、うまくいきそうね」


**********


「仕事の話、したかったらしてね。俺は平気なタイプだから」

「えー、したいですか?」

「まぁ、ない方がいいか」

「ですよね。畑中さんが言ってた、今日買いたいものって、何ですか?」

「服と、手帳と、コップと皿、あと椅子とテーブル」

 プライドいわく『家具店に行けば時間は最初からなかったかのように吹き飛ぶ。さらに、疲れたら座る場所が腐るほどある』とのことだった。

「へー! 引っ越すとかじゃないですよね?」

「うん、床に座る生活やめようと思ってね。散らかりやすいっていうから」

「あ、いいですね。私もしようかな」


**********

-十三時

-GaGa Garden 雑貨店内


「やっぱり、あれだね。スマホのスケジュールアプリだけじゃ、何となく落ち着かないね」

「そうですよね。あとミーティングとかで、とりあえず手帳持っていきますね」

「わかる。『手ぶら防止手帳』ね」

「それです!」

「A子ちゃんは、どんな手帳使ってるの?」

「えっと、これくらいの大きさですね。こういう、留め具がついてるのが好きです」

「小さくない?」

「普通ですよー。でも、確かに男の人の手帳って、大きいイメージありますね」

「ふーん」

 手近な一冊を手に取ってみる。

(まぁ、今使ってるやつと同じタイプでもいいんだけどな……)

「あのさ、女の子ってやっぱり、手帳にシール貼るの?」

「やんないですよ! 高校生くらいまでじゃないですか? それ」

「そうなんだ」

(笑われてしまった)

「あ、でも畑中さんの手帳にシールあったらかわいいかも」


**********


「サクラさん、あっち、見なくていいんですか?」

「うん、なんか、漣さんの話聞いてると、わりとどうでもよくなっちゃった」

「さっきの、『畑中さんは別に好きってわけじゃない』というやつですか?」

「うん、そう言われたらそうだろうな、って思うし。ご主人様がそれなりに楽しむ分には、あたしも嫌じゃないし」

サクラは言いながら、商品を手に取っては元の場所に戻している。

「漣さんがいるから、男に話しかけられないし、もう買い物しちゃう。あ、このシールかわいい」

こうして見ていると、普通の人間に見える。けれど、体温はないし、腹も減らないし、疲労もない。


**********


(よかったぁ……緊張はするけど、楽しい。やっぱり畑中さん、優しいし)

「ほらこのシール、いいじゃないですか?」

「貼らないよ?」

「じゃあ私がこっそり貼ります」

「はがして捨てます」

「ひどくないですか?! だってほら! これなんかめっちゃ可愛いですよ!」

「った」

(やば、知らない人の足踏んじゃった!)

「あ、すみません」

 謝りながら見ると、そこにいたのはこれまでの人生で避けてきた種類の男だった。

(ど、どどどどうしよう……は、反社だわ……)

 暴力的なまでに巨大な体が、こちらを静かに見下ろしている。

 薄い色のサングラスの奥の目は、こちらをじっと見据えている。

「どうやって片付けようか」そう考えているように見える。

(こ、これはダメなやつだ……絶対踏んじゃいけない人の足だったんだ……)

「あの」

 弾かれたように声の方を見ると、会社の先輩が男の方を向いている。向いている、というより、睨んでいる。

(は、畑中さん?)

「……どうか、されましたか?」

 さっきまでにこやかにデートをしていた先輩が、これまで見たことないほど、攻撃的な顔と口調を男の方に向けている。

 言葉こそ丁寧だが、眉間にしわを深く作っている。口は開いているがへの字に歪み、今にも『あぁん?』という声が出てきそうだ。

(は、畑中さんが、反社にメンチきってる……)

「い、いえ……なんでもないです」

 男が目をそらし、ゆっくりと離れていった。まるで、縄張り争いに負けた肉食獣が、負けを周りに悟られまいとしながら帰るように。

(な、なに……これ?)


**********


 野々宮漣と、それについていくサクラの後ろ姿を見ながら、苛立ちを鎮めていた。

(ったく……こっちと距離を取り続けることも、邪魔しないことに含まれるはずだぞ……)

 息をひとつつくと、こちらを見るA子に気づいた。

 先ほどまでの怯えと、驚きの目だ。

「あ、よ、よかったね。大丈夫だった?」

「は、はい」

(違う。この目は違う。危険人物を追い払った頼もしい人を見る目じゃない……こいつも同類なんじゃないかという警戒の目だ……)

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