第6話 咲と漣 2/2

-十七時

-物捨神社 社務所 玄関


 引き戸になっている玄関を開けて、プライドが声を上げた。

「ただいま戻りました」

(こいつ、従業員として様になってきたな)

 すぐに不自然なほど元気な声が帰ってきた。

「おかえりー!」

 声の後を追うように、さきが姿を見せた。

「悪いわね、夕食の準備のために早めに戻ってくれたんでしょ? 畑中っちも食べていくよね?」

「いいんですか? お言葉に甘えて」

(えっと、これは甘えになるのか?)

「もちろんよ。こんな絵になる子たちを二人も紹介してくれたんだから、初詣になったらにぎわっちゃうかも」

 初詣という言葉を聞いて、不安がよぎる。

(この騒動、年内に解決しないのか?)

 咲は玄関にあがるプライドとサクラを見ながら言う。

「二人とも、よろしくねー」

「はい!」

 プライドも声を出そうとしたが、それより早くサクラが二人分以上に相当する声量で返事をしたので、気圧されてしまっていた。

「こいつらがいたとして、参拝客って、あと二か月かそこらでそんなに増えますか?」

「大丈夫よーさっきインスタとツイッターのアカウント作っといたから。二人の働く姿をネットで見せれば、秒よ、秒」

(頼もしすぎる……これが実体化した甘えか)


**********

-社務所 一階 食堂


「で、サクラちゃん、どうだった? 楽しかった?」

「はい! ご主人様といろいろ回れて」

 咲とプライド、サクラの三人は夕食の準備に取り掛かっている。

 三人が同時に動いても手狭でないくらいに広いダイニングキッチンだ。

 れんは別室で事務作業をしているらしい。

「よかったわねー」

 それにしても、ショッピングモールというのは、とにかく金の使い場所に困らないようにできている。

 ほとんどの店は下見ということで終えた。明日も同じ場所でよさそうだ。

 A子本人には下見のことは伏せた上で、了承は取っている。

 プライドのアドバイス通り『買いたいものがいろいろあって、A子ちゃん一緒に選んでくれない?』と送ったら、すぐにオッケーが出た。

「お茶も一緒にできました。プライドもいて邪魔だったけどー」

「へー! 畑中っち、いいとこあんじゃん。二人とも、別に飲み食いしなくてもいいのにね」

 殊更に咲がほめるのは、俺の給料を知っているからだろう。

 別に今日の出費くらいはどうということはないが、明日のことを考えたら、月末まで少し頑張らなければならない。

(デートって、どれくらい金使うものなんだ?)


**********


「漣さん、デートってどれくらいお金使うものなんですか?」

 食卓を五人で囲んでまもなく、自分から切り出した。

「え、どうでしょう?」

「なに? 漣さんってデートしたことあんの?」

「ええ、まあ」

「漣って怖い見た目だけど、結構モテそうよねー」

 なるほど、今回の咲は漣から出たものではないから、漣の経験したことは共有していないらしい。

 そして確かに彼がモテてもおかしくはない。顔はごく普通というより怖いが、造りが悪い要素はない。装束から伸びる腕は太く、たくましい。Tシャツを着れば厚みのある胸板も目立つだろう。

(やっぱり、ものすごくガタイ、いいな、この人)

「そうでもないよ。神社だからってだけで、お金持ちだと思われてるだけだよ」

 ため息をひとつ挟んで、漣が続けた。

「何人に訊かれただろう……『神主さんって年収どれくらいなんですか?』って」

 漣が物悲し気な遠い目でつぶやく。咲が慌てた。

「ごめん、なんか、悪いこと思い出させたわね」

「いや、いいよ。ただ、不思議なことにね、畑中さん。その人たち全員、最初のデートから訊いてくるんですよ」

 語る漣の目がどんどん虚ろになっていく。甘えが消えたせいか、どこか孤独で、悲壮感がある。

「不思議でしょう……?」

(俺に訊くなよ)

「そ、そうですね。普通、もうちょっと距離を縮めてから、ねえ?」

 つい咲に振ってしまった。

「そ、そうよね」

「そうなんですよ……最初は私も、『あ、こういう人もいるんだぁ』くらいにね……思っていたんですよ……」

 全員の箸が止まってしまった。

「でもね……ひとり……ふたり……さんにんって……続いていくんですよね……いやだなー、こわいなーって思っても、止まらない……四人目も、五人目も……みんな同じことを訊いてくるんですよね……『神主さんって、年収どれくらいなんですか?』って……もうやめてくれ! って思っても、止まらないんですよ……『あんまりそういうこと訊かないでください』って言っても、簡単には引き下がらないんです」

 ピチャン台所から水が一滴落ちる音が聞こえた。

「でもね……私が……最後にこう言うと、みんなスーッと……スーッと……消えていくんです……『本当に、かんべんしてください。神社だけに、参りました』ってね」

 沈黙が下りて、いたたまれず漣から目を離すと、サクラの目に嫌悪感が滲んでいるのが見えた。

「どうですか? これからは町内会の集まりにも積極的に関わっていって、なんかのときに使おうと思ってるんですけど」

「ご主人様……甘えを捨てても、これはダメよ」

「絶対明日やらないでくださいね」

(使えるかも、とは思ってしまった)

「漣、いいわそれ」

「そう?『これ以上はもう出ません(もうでません)』っていうのも考えてたんだけど」


**********

ー十九時三十分

-ハイツ・ハイライト二〇五


 三人を神社に残し、アパートに戻ってきた。

 一週間ぶりのひとりきりの部屋。

 ベッドの上で横になり、あわただしかった一日を振り返った。

 朝、A子の部屋を出て、サクラがいて、神社で咲が消え、神社を出たらまた現れて、ショッピングモールに行ってまた神社に戻る。

 何よりも印象に残っているのは、咲が消えた場面だった。目を閉じると、漣の後ろ姿が浮かんだ。彼は祠の中に手を入れ、真剣にご神体と向き合っていた。

 漣の言葉が頭で響いた。

『……あのときは、結局免除してもらいましたが……今は、私を頼ってくれている、畑中さんのために……』

(俺のためというのは嘘じゃないだろう。でも漣さんはきっと、咲さんに認めてもらえるよう、安心してもらえるよう、頑張ったはずだ)

 甘えを捨てきれなかった弟がやり遂げた姿を、咲は見届けていた。

 プライドとサクラは、どんな思いで消えていくんだろう。

 漣の問題は解決した。

 今いる野々宮咲は俺の問題だ。

 甘えを捨てて妙にアクティブになった弟と、甘やかす気満々の姉。

(なんだか、あの二人と話してると、神社のありがたみがどんどん薄れていくな)

 

『……あのときは、結局免除してもらいましたが……』  


 よし、決めた。

 あの神社のふたりをあてにするのはもうやめよう……



つづく

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