第6話 咲と漣 1/2
ここまでのお話
この二人を消す方法を探りつつ、A子とのデートを成功させようとする
**********
ー土曜日 十二時
咲が消えてしまって、ひどく落ち込んでいるサクラを、プライドとともに連れ出した。
目的は、サクラの気分転換と、明日のデートの準備だ。
(ふさぎこむより、にぎやかな場所にいた方が気は紛れるだろ)
電車を使って二十分ほどのところにショッピングモールがある。そこを目指す。
神社に漣ひとりを残すことに抵抗はあったが、彼自身が三人で出かけることを勧めた。
「こういうときはできるだけ大人数で動いた方がいいんです。神社は大丈夫ですよ。普段はほとんど人が来ません」
確かに、サクラと二人だけだと間が持たない気がする。
漣の言葉に甘えて、ふたりに着替えさせて神社を出た。
「17時には一度全員で戻ります」
「わかりました」
というのが、十五分前のやり取りだ。
十月の半ばとは言え、今日のように日差しが強いと、歩いているだけで汗ばんでくる。
(それにしても、明日の接触がデートだとして、デートの準備ってなにをするんだ?)
「サクラ、なんか知ってる? デートの準備って」
「えー……あたしですか?」
声に元気がない。というより、話す気がない。
だが、落ち込みを隠そうとしないのはありがたいことだった。
こういう時に無理にはしゃがれると、こっちもつらい。
「ご主人様が素人童貞時代に見てた雑誌とかネット記事が頼りなんですけど、あたし」
(そりゃそうか。女の意見が聞けるわけじゃないよな)
サクラが続ける。
「それによるとたしか……『デートプランをしっかり決めてくる男はダサい』」
(詰んだじゃないか)
プライドも加わる。
「大丈夫ですよ、ご主人。『いけ好かない男の努力が自分に向いてきたときほど嫌なものはない』そういう女性の声が記事になっただけです」
「おお、なんか説得力あるな。傷つかずに済みそうだ」
「プライドですから、そういうことは任せてください。逆に考えると、A子さんのようにある程度好意を確認できている関係なら、『デートプランをしっかり決めてくれるなんて、優しい』と、こうなります!」
「なるほど!」
「仮に失敗したとしても、『なんか一生懸命やろうとしてくれる、かわいい』と、こう持っていけるわけですよ!」
「んん! なるほど! なるほど!」
「では、具体的に詰めていきましょう!」
「うっさいわねー、あんたなんでそんなやる気あんのよ」
(いかん、サクラの落ち込みを忘れてた)
「当然、ご主人のお役に立ちたいからです」
「ふーん」
(よかった。居心地が悪いわけじゃなさそうだ。サクラは今はこれでいい。好きな時に会話に加わってくる、それくらい無理のないペースで、落ち込み終わればいいんだ)
「サクラもいつでも言ってくれ」
「はい。ついていければ」
「ではご主人、歩きながら話すなら、駅に向かいましょう。どうせ服は買うんでしょ?」
「そうだな。要るな」
脳裏にまたひとつ、ネット記事の見出しが躍る。
『スーツ姿に見慣れていた憧れの男性とのデート、私服がダサくて幻滅する問題』
同じ部署で仕事する人間である以上、「どんな服で来るか」というのは最大の関心事だ。
相手の関心の大きさは、同時にハードルの高さでもある。
だがこの問題に対するソリューションはすでに持っている。シンプル、清潔、身軽。これでいいはずだ。
『オシャレが過ぎるとチャラく見える。まずはシンプルにまとめて』
『清潔感はサイズ感』
『動きやすい=女の子をサポートしやすい』
驚くほど脳内で思考がまとまっていったので、プライドに向かって言った。
「ま、服はそれほど苦労しないんじゃないかな」
「わかりました」
サクラが割って入る。
「あ、ご主人様、今ちょっと童貞の匂いしてます」
「え? ダメなの? これ」
「いえ、ごめんなさい、『これ』とか言われても、頭の中読んでないのでわかんないんだけど」
「シンプル、清潔、身軽、ってダメ?」
「えっと、それ自体は良いと思いますよ。ただ童貞っぽさっていうのは、実践が十分伴ってないのに、知識だけであたかもできるように思いこんでしまっているときに出ちゃうんですよ」
(……胸の奥がえぐられるようにつらいが、ここは聞いておかねば)
「ご主人様の知識の正解不正解じゃなくって、知識だけですべてのパターンに対処できると思ってるところが、童貞なんですよね。心が童貞というか」
心が童貞。
「しかもその知識が偏った知識だったらもう最悪ですよ。うまくいかないくせにプライドは守りたいから『自分は間違ってないのに。相手がおかしいんだ』ってなっちゃうんです」
(なるほど)
「背伸びするなってことか? 初心者は初心者らしく、初心者であることを恥ずかしがるな、と?」
「そうですね、あ、もう匂い消えました」
「なんか、童貞とプライドって相性悪いんだな」
「ほんとそれー。そう思いまーす」
サクラはプライドの方を横目で見ながら聞こえるように言っているんが、プライドは特に気にしていない。
「では、ご主人、こういうのは? 『デートに着ていく服を選んでいたら、ちゃんとした服をそんなに持ってなかったから、この際一緒に選んでくれない?』」
「おお……い、いいんじゃないか?」
サクラが抗議した。
「ねー! ご主人様が自分で決めなくていいの?」
「そうだな! すまん、ふたりともありがとう」
(こういう甘えも捨てたいな……)
脳裏に野々宮咲の姿が映った。
(確かにあれはなんというか、男の甘えの象徴かもしれん……)
勝ち気で仕切って、でも少し抜けているから、隙がある。
隙がない人は厳しい人だから、甘えさせてくれそうにない。
隙があるから、甘えさせてくれそうだから、甘えたくなる。
(……姉か。いたらどんな感じなんだろ)
「ご主人様やさしいからね、あんたの意見を無下にできないんだから、あんまり細かく言わない方がいいわよ」
思考の片隅に、チラッと映り込んだものがあった。
(いや、助かるけど……)
思わず、ため息をついてしまった。
「? ご主人?」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
(ダメだな、こういう甘えは、捨てなきゃ……)
そう考えた瞬間、嫌な予感がした。そしてその予感は、そのまま耳に飛び込んできた。
「あれ? 畑中っち?」
野々宮咲が目の前でつぶやいた。
(やっちまった)
プライドもサクラも、目の前で何が起こったのかわかっていない。
「うっわ、やばーい。え、今度は畑中っちの甘えで出ちゃった?」
(絶対そうだ……)
「
サクラが泣きながら飛びついた。
「巫女のお仕事教えに来てくれたのー!?」
「ええっと、まぁ、そうね。うん、それできるわよ」
咲の巫女服にサクラの涙と鼻水がついている。
「あの……咲さん?」
プライドが口を挟んだ。恐らく、言いたいことは俺と同じだ。
「背、伸びました?」
それを聞いていたサクラが戸惑いながら、咲から体を離し、まっすぐ立った。
咲が言う。
「あら、本当ね」
今朝、消えるときまでは、目の高さはサクラと同じくらいだったが、今は拳ひとつ分、上から見下ろしている。
背が伸びている。というより、成長だ。年を重ねている。
16歳の体から、いくつの体になったのか。恐らく、俺より少し上になっているはずだ。
「咲姉かっこいいー」
「あははは、ありがとう」
「ご主人、もしかして」
「うん、ごめん。もし野々宮咲みたいな姉ちゃんがいたら、どんなんだったかな?って思っちゃった」
(自分でも引くほど気持ち悪い発想だな。これ本人にも知られてるんだろ?)
「あの、ご主人……プライドが、出てます」
「頼むからそのプライドごと俺を殺してくれ」
「こらー! 畑中っち! 出しちゃったものはしょうがないんだから! 今は女の子とのデートにちゃんと集中しろ! 向こうは今頃ウキウキと緊張でえらいことになってるんだぞ! テキトーに終わらせたら私が許さん!」
「咲姉かっこいい!」
「私もついて行きたいところだけど、こんな服じゃいけないし、何より漣に会いたいから、神社に戻るわ」
いつもペースを乱さないプライドが、戸惑っている。
「えっと、咲さん、ちょっと変わりました?」
「そんなことないわよー、頑張る弟の姿に姉は感銘を受けたの。心の底から思ったわ。『甘やかしてあげたい』って」
(そんなこと思いながら消えたんか。前の咲の認識を引き継いでいるのか?)
(いや違うな……たぶん、俺の内面にあった『俺から見た野々宮咲』が影響して、そう見えているだけだ)
「甘やかすことがあの子を苦しめることになるのはわかってたからね。でも、今の私はあの子の甘えじゃないから、存分に甘やかしてきちゃおっかな? あ、でもあいつ甘え捨てたのよね。要らないのかな?まあいいわ。行けばわかる。漣~! 待ってて~」
「……行っちゃった」
口に出したのはサクラだけだったが、みんな同じ思いだった。
つづく
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