エイリアンズ

高田"ニコラス"鈍次

第1話

あの人には妻子がいる

私にも夫がいる


だからこの恋は

いけない恋だ


そんなのわかってる

わかってはいるけど

心が言う事を聞かない



あの人と出会ったのは

同じ職場の同じプロジェクトチームに参加してのこと

いわゆるよくある上司と部下の

社内不倫ってやつなんだけどね


勿論、私にも夫がいるのを

あの人は知っているし

だからお互い既婚者同士


自分で言うのもなんだが

私たち夫婦は仲がいい

子どももいないので

週末は二人で趣味のツーリングに出かけたり

キャンプをしたりして楽しんでいる


夫は誰もが知っている有名な企業のサラリーマン

収入もまったく文句なし

家事だって喜んで手伝ってくれるし

むしろ手料理なんかは

私より上手いくらい


ほんとにいいご主人よね。ウチの人に爪の垢でも煎じて呑ませてあげたいわ


友人たちからも羨ましがられる

絵に書いたような理想の夫婦


だから私だって


自分が夫以外の男性と

こんな関係になるだなんて思いもしなかった


けど

あの人を知ってしまったら…


いっそ

知らない方が良かった

その方が幸せだったのかも…


唯一夫に不満があるとすれば

それは夜の生活

夫は絵に書いたような草食系で

私の身体に触ろうともしない


夫婦なんて

そんなもんかなって思ってたし

私自身も淡白な方だと思ってたし…


プロジェクトの打ち上げで

たまたま私の隣に座ったあの人に

私はその事を話したのだ


ふーん

それは勿体ないねえ

こんなに綺麗なのに


そっと私の太ももに手を置きながら

悪びれる様子もなくあの人は言った


不快感は無かった

おそらくそれは

プロジェクトをこなす過程において

あの人のリーダーシップや

困難な状況にあっても決して諦めない姿勢や

部下のやる気を上手に引き出して

いつも会話の中心にいる、そんな人間性を

私は見てきたし、あの人を尊敬していたから


あの人は言った


キミはもっともっといい女になれるよ

それには

たくさんの男に抱かれることだね


え? そんなはしたない…


私は冗談かと思ってそう返したが


いや本気だよ

このままじゃキミたち夫婦はきっと

うまくいかなくなる


真剣な顔であの人は続ける


だって人間がもつ欲求のひとつなんだよ?

食欲、睡眠欲、性欲…

バランスなんだよ

どれかひとつ欠けてしまったら

その不満から徐々に綻びはじめてしまうものなんだ


そ…そうなんですかね…


うん。でもね、そのすべてを旦那様に求めるのもそれも酷な話しなんだよね。

だから旦那様に埋められないピースは、他で埋めればいいんだよ


酷い話しだ。そんな事をしたら夫を裏切ることになってしまう…


身体の浮気なんて、浮気のうちには入らない

僕はそう思ってるんだ。心まで持っていかれたら、それはもう浮気じゃなくて本気。

本気になられたら、それこそ家庭崩壊が見えてくるからね。だから、僕がお付き合いするとしたら、夫婦関係が悪くない人を選ぶかな。


そう言いながらあの人はイタズラっぽく笑う


堕ちるのはいいのさ

でも、溺れちゃダメだよ、絶対に


へえ…じゃこれまで何人も女性の方とお付き合いしてきたんですね。私には無理だわ。やっぱり私は不器用な人の方が好きです。私のことだけを見てくれる人じゃないと…


私が言うと


わかってないなあ、いいかい? 心まで好きになる関係ならそれでもいいさ。だけどさっきも言ったよね? 足りないピースを埋めるだけなんだよ。キミの場合、それが性欲。だったら、百戦錬磨の男性の方が、ずっと適してると思わない?


なんてゲスな男!

でもなんだろう…元々信頼感がある人に言われると、妙に説得力がある


どう? 試してみる?


太ももに置かれたあの人の指が優しく動き始める


そして…

私はあの人に抱かれた


綺麗だよ

もう我慢出来ない…


耳元で囁くあの人の吐息混じりの声だけで

私の秘密の花園が潤っていくのがわかる


あの人の指で

あの人の唇で

あの人の声で

あの人の………


私は何度も絶頂を迎えた

こんな経験ははじめてだった


そして私の方から

何度も何度も あの人を求めた


凄く良かったよ

素敵だ


あの人の腕に頭を乗せ

あの人の胸を指てまさぐり

私は幸せな気持ちに浸っていた


私は女


お試しのはずが

月に一度、2週間に一度、週に一度身体を重ねることになり

今では2日に一度は、あの人の腕の中にいる


堕ちるのはいいの

けれど

溺れちゃダメ


わかってはいる

わかってはいるけど


一度あの人を知ってしまったら

溺れてしまうかもしれないって

そんな不安に苛まれるけど


でも

あの人のことが知りたくて


あの人のすべてを受け入れたくて


頭では理解しているのに

気持ちが言うことを聞かない


綺麗なバラには棘がある

触ると痛いのはわかってる

けれどそこに触れずにはいられない


あの人に会いたい

まるで私の心は

異星人のようだ


私の発する言葉は

空中をただ浮遊して

いつの間にか蒸発する



綺麗だよ



あなたの発した言葉だけが

道標(みちしるべ)として耳に響いている



私はあの人に支配される


でも

そんなの嫌だから

不貞腐れてみせても


何処か喜んでいる私がいる




さあ、こっちこいよ



そう言いながら

背中に這わせるあの人の指に導かれ


秘密の花園が

じっと濡れていくのがわかる



あの人の舌先が

そこに触れた瞬間


私は女となる


深い深い

宇宙の果てに


私は溺れる



息が出来ないほどの苦しさとともに



私は溺れていく


こんな筈じゃ

なかったのに…

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