第9話



 牧場は…… 閉牧(へいぼく)しました。

 カーンと爺ちゃんと、ばあちゃんで何とかやってこれた牧場です。

 

 カーンが居なかった時はギリギリで、本当はもっと早く廃業するはずだったと寂しい顔をして自分の指を摩る爺ちゃんにカーンは何も言えませんでした。


 牧場には人手がいります。

 能力や力が常人より遥かに上のカーン1人がいても全てを賄う事はできません。


 生き物を扱う仕事とはそう言うものだと爺ちゃんから説得されてカーンはやっと納得したのか首を縦にふりましたが、納得してしまった自分に対しての悔しさで心の中が闇の影で蝕まれるようでした。


 閉牧の処理のために家畜は商人に買われていき、放牧地は節税の為に潰しました。

 「なぁに、いつかはどっちか先に死ぬと思っていたから金は貯めてあるよ…… 大丈夫、カーン…… 大丈夫」そう言いながら虚空を見る爺ちゃんの顔が歪んでいたのでカーンは心配になりました。


 家畜を売ったお金を手渡された時のその雰囲気に『安く…… 買われたんだよね?』と祖父母と暮らして人の感情の機微を見れるようになった彼は、爺ちゃんの心情を察して辛くなります。

 

 「あの、」と言う言葉…… それは、なんとかしなきゃ!とカーンはグッとお腹に力を入れて商人に声をかけた言葉でした。

 「なんだい?カーン君」

 「僕に、働く方法を教えて下さい」

 …… カーンは、お金を稼いで爺ちゃんを守りたいと心から思ったのでした。


 

 カーンが牧場で暮らしているのは、もちろん村人の多くの人が漠然とした感じで知っていました。

 子もいない老夫婦宅に端正な顔立ちの子供がいきなり住み始めたのです。小さなネットワークの村社会ではすぐに広まりました。


 村に商人と入ったカーンを指差してコソコソされてしまいます。

 「物を売るのは無理かもしれない…… 」商人が呟(つぶや)いた言葉は正解で閉鎖的な田舎の村では得体の知れない子供として認識されていました。


 カーンの事を正しく知らないのは村から外れた場所に牧場があり、交流が少なかったからでした。


 「…… ふむ、カーン君はどんな事ができる?」

 村にある商店でカーンは商人に問われました。

 商人が態(わざ)と目立つように村に帰ったのはカーンが受け入れてもらえるかを試したのです。

 どうやら、丁稚に来るのは難しいと考え労働力を他へ売りつける方へと頭を切り替えました。


 「力が強いので、それを使えたら…… 」

 「ふむ…… 」


 商人はこんな田舎でもやはり教養のある目利きです。アーノルド爺さんの牧場に買い付けに行く度に、体が成長していないカーンが人属ではなく亜人種だと見当をつけていました。


 「こんな田舎だ、仕事は皆んなが持っているのが全てだ。残り物なんてないだろう…… カーン君、冒険者になる気はないかな?」

 「…… 冒険者…… ですか?」

 商人は儲けと手間を秤にかけながらカーンにそんな提案をしたのでした。


 ─────────「冒険者ギルド?」

 商人はカーンを連れて村にある冒険者ギルドに来ました。

 田舎の村にある業務団体ギルドは小さく民家のようですが入り口に書かれた看板をカーンが読めた事に商人は小さく舌打ちしました。


 識字理解があるか…… ピン撥(ハ)ネは難しいと…… さてこの子はどこから来たんだろうねぇ?と商人は片眉を上げカーンをチラリと見てギルドに入りました。


 「あら、いらっしゃいませ。依頼でしょうか?」

 冒険者ギルドのカウンターには若い受付の女性職員がいて商人を見た後にカーンを見てニッコリを微笑みます。

 「いや、この子を冒険者登録してあげたくてね」

 「…… え?」


 商人は呆ける女性職員にカーンが人属では無い事を伝えました。

 カーンはギクリとします。何でバレているんだろうと背中は汗で濡れていました。


 そんな事は信じられないと手を振る女性職員に、商人は懐から手のひら大の壊れて使い物にならない只(ただ)の玉水晶を取り出してウソを並べます。

 「この魔道具でちゃんと調べたよ。このカーン君は18歳だ…… ギルドに入れる年齢だと思うよ?」要約するとこのようなウソをつらつらと。


 カーンはカーンで驚きます。

 自分の年齢なんて知らなかったからです。

 純粋なカーンは『そうか僕は今、18歳なんだ』と嘘を信じてしまいました。


 「あ…… あ〜えっと、カーン君?」

 「はい?」

 「お姉さんは、ちょーっとね…… 疑問があるから試験を受けてくれる?」

 村の情報を集めて仕事を斡旋するギルドは知っていました。この商人が信頼できる者ではない事を。

 

 「はい!」

 「え?」

 「…… はい、試験を受けます!お金が必要なんです!」

 年齢詐称の状況証拠を作り上げて、体(てい)よく見た目が幼いカーンのギルド加入を断るつもりで提案された試験。

 しかしカーンは今まで、色んな犯罪奴隷達から暴行や圧力、睨み聞かせに晒されていました。試験への緊張なんてなんて事ありません。


 怖がり、身を引くと思っていたギルド受付職員は引き攣った笑顔でカーンの試験の用意を始めるのでした。


 そして、この冒険者ギルド登録からカーンの人生はまた、また…… 激変していくのでした。

 


 ───────「カーンお帰り」おう、爺ちゃんは手をあげます。

 「爺ちゃんただいま!」

 夕刻になりカーンは家に帰ってきました。

 

 夕餉(ゆうげ)の席では、今日から僕は冒険者になったよ!という言葉に爺ちゃんはビックリしたのでした。


 「まさか…… 子供に冒険者のライセンスを与えるとは…… 」

 爺ちゃんの驚きの顔は次第に凍りつきます。

 「働きたい」というカーンを諦めさせる為に爺ちゃんは彼を村に送り出しました「商家や木こりでも難しく断られるじゃろ」と思っていたのに…… と。

 

 「まさか、荒事の代名詞である冒険者…… とはのぉ…… 何かの冗談じゃろう?」

 「ホントだよ、ホラ」

 カーンはコトリと音を鳴らして机に銅板の板を置きました。


 ─────フォレストの村冒険者ギルド 所属 カーン 


 その銅板、身分を証明するギルドカードにはしっかりとカーンの名前が書かれていました。


 「しかし、どうやって…… 子供なら登録に弾かれるだろうに?」

 「それがね…… 」


 カーンは、コトコトと煮込んで美味しくできたシチューを食べながら────────冒険者ギルドでの一幕を爺ちゃんにニコニコと話し出しました────

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