第7話



 知識だけはザハルトの息子の教科書を読み増えていました。

 自分が違法に買われた子供奴隷だったと知った夜は無性にイライラとしましたが、ズーローと暮らせた事とリサ母さんに会えた事を思い出して怒りをおさめました。


 寿命での死の知識はありますが、自分に置き換える事が出来ないカーンは消費した年月が人にとってどれほどに大事か知らないので奴隷の日々は2人に出会えたからよかったと心の中に片付けました。



 必ず明日は来ると心や細胞の全てが訴えるよな感覚をもつカーンにとって時間の経過は浪費をしても悔いの無いものです。ズーローとリサがいない今、囚われた時間なんてどうでも良いと思えました。


 夜を走るカーンでしたが、その動きを止めて木々の間に隠れます。

 「これは…… どう言う事?なんなの?」

 カーンはとても狼狽えます。


 怖くて震えて、しゃがみこみ息を殺します。


 明るくなり始めた森の中で隠れる事は難しく、カーンはまた走りながら次々と隠れてる所を探していきます。


 「なんで…… なんでなの!?」そして、ついに怖くて声をあらげました。

 震えて木に登り、木の葉に隠れた所で強い太陽の光がカーンを照らし頭にある知識が理解へと変わりました。


 「これが、朝なの?母さん?」


 カーンは朝を知りました…… 恐れていたのは陽の光と朝焼けでした。隠れている自分を世界が発見しようとしている…… そんな無知な恐怖でした。


 カーンは空を見上げて笑顔になります。太陽と空のなんて美しい事でしょう。

 パラパラと夜目の能力が解かれて、カーンは木にある朝露の美しさや太陽によって齎(もたら)された色に感動しました。


 疲れたカーンは木の枝に跨り、背を幹に預けると「太陽は暖かい…… 」そうポソリと言うとあまりの気持ちよさに眠りにつきました。

 

 木漏れ日はカーンを優しく照らします。

 金色の髪に、整った顔、まだ幼く見える体に、貴族の着るような普段着。貴族が遠出の時に狙われたり、奪われたりしないように魔法鞄には見えないように精巧に加工されたリュック…… 子供用の斜めがけのサコッシュも魔法鞄です。


 カーンは過酷な日々をおくってきたと思えないような寝顔でひとときの安寧を得たのでした……



 昼前、太陽が天に昇る頃にカーンは目を覚ましました─────────── 「よく寝た」


 伸びをする事はありません。

 寝ると回復をするので万全です。寝る場所が酷くても結局、起きれば体調が良いカーンはスルスルと木を降りて道なりにまた走り出しました。


 人が住む場所を探す為です。

 着替えた綺麗な服や靴は木の間を進むので解れて襤褸(ぼろ)になります。だけどこれが上手い具合に平民の格好になりました。


 山を抜け…… 平原を走りカーンはやっと人の家を発見しました。

 カーンの身長ほどある外柵がぐるりと広くとられた内側には飼育している動物が飼い放され牧草を食べ、入り口を塞ぐようにして二階建ての石と木を使った家があります。


 「人じゃないね?キミは何かな?」

 カーンは放牧された家畜に話をします。言葉が通じない動物と会うのは初めてなので不思議でいて、面白いと笑顔になり眺めていると低い嗄(しゃが)れた声がかかりました。


 「おい、坊主!こんな所で何してんだ?」

 ハッと驚いてカーンは声の主を見ると、そこに居(い)たのは怪訝な顔をした白髪の老人でした。

 老人は牧場で働いているのでしょうか?顔にある皺(しわ)はありますがしっかりと地についた脚、ぐいっと伸ばした体はしっかりと筋肉がついていると分かります。


 また老人も瞳を合わせたカーンに驚きます。

 少し日も暮れた夕日がカーンの顔に当たっています。


 ホムンクルスとして作られたカーンの瞳はまるで宝石のようにキラキラと、心が引き寄せられる程に玲瓏(れいろう)たる美しさがありました。

 

 「はい!この子たちが可愛かったので見ていました!」

 「お、おう…… そうかい?」

 「はい、それにとても…… この場所は綺麗です。」

 「そうか…… ウチのが綺麗か」

 老人はカーンの言葉に嬉しくなった。


 この世界、この国での牧場の存在価値は低い。

 カーンはまだ見たことがないが魔物がいる世界で、家畜は被害を受けやすく、食肉加工においてもその魔物を卸している者がいて人々に食べられているので、家畜産業は疲弊しているのです。


 飼育のコストと湧き続ける魔物を殺すだけのコストでは後者に圧倒的な分があります。

 家畜の肉は高い。それは今の世の大多数に受けられるものではありませんでした。


 家畜の乳製品や手慰みの籠編みなども多くは売り掛けになってしまっていて…… 貧困でした。


 代々と受け継いできた牧場はつぎはぎだらけ。


 カーンは、そんな事は知りません。

 知っていたとしても天工(てんこう)の妙、夕日に揺れる牧歌的な風景を綺麗だと思ったでしょう。

風に揺れる絢爛な金細工ような髪と、端正な顔の少年のそれは老人の心を盗みました。


 「坊主…… 家族は?」

 「…… お母さんは死んじゃったし、お父さんは分からない。ズーローは家族じゃないし…… あ!ズロ兄さんはどこかにいると…… 思う…… 」


 「なるほど」と老人は頷(うなず)き『この子は今、家族がいないのだろう』と理解すると「こっちに」とカーンを家に導きました。


 「え?」

 「行くとこがあるなら…… 止めんが…… ウチで働いてみるか?」

 老人はカーンの服が襤褸(ぼろ)なのに目を落としストリートチルドレンなのだろうと思います…… 働かせるというのは建前でした、自分の生涯をかけた仕事を見ているカーンの目は曇りなく楽しそうで、もっと話してみたかったのでした。


 カーンは笑顔になりました。


 カーンは老人の少し下手な笑い顔と優しい雰囲気にズーローを重ねました。

 「働きます!僕、これでも力があるんですよ!」

 「ほう…… そうかい、それは頼もしい」


 2人はもう笑顔です。

 カーンは自分を悪く扱う人間にたくさん出会いました。

 こんないい人に出会えるのは確率で言えばかなり希少です。


 カーンは言葉にならないような嬉しさが胸いっぱい。


 「ああ、そうじゃ聞くのを忘れておった。ワシの何はアーノルドと言う。坊主の名前はなんじゃ?」

 「僕の名前は…… カーン…… カーンって呼んで!」

 「そうかいカーン、これからよろしく」


 カーンは自分を名前で呼んでくれる人に出会えて幸せでした。

 思わずアーノルドにギュッと抱きつくほどに。

 

 …… この日からカーンはここの牧場の子として暫く暮らす事になりました。

 

 

 

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