第6話


 カーンは子供部屋にいました。

 貴族であるザハルトの息子が視察について来た時に用意された部屋です。


 ザハルトの息子は王立学院の生徒でした。

 教育を受け、父の仕事を知る為に鉱山に訪れたと残る資料にありました。


 部屋には、勉強に必要な道具や書物もあります。

 ザハルトはこれから長期の休みで視察がある時には息子を連れて来ようと考えていたのかもしれません。


 子供部屋には小さなクロークルームがあり、入り口が死角になっていた為か子供部屋を必要以上に探すのはムダだと思われたのか…… 中は奴隷に荒らされていませんでした。


 クロークルームには子供用のコートや服、それに魔道具と訓練用の剣もあります。

 少しカーンには大きいけども、外に出られたら着ようと魔法鞄に大切に仕舞(しま)いました。毎日、入り口の岩の運搬をしているので汚れたらもったいないと思うほどに仕立ての良い服で「すべすべですごい」とカーンのお墨付きになりました。


 魔道具はランタンでした。魔力を流すと暫(しばら)く光るもの。

 剣は子供用の剣でした。兵士の遺体の近くにも武器はありましたが、体の小さなカーンには扱いにくいものだったので「これで絵本みたいに戦えるかも」と自分に合う剣にワクワクしました。


 朝は入り口の岩の撤去、疲れたら子供部屋で本を読んで勉強を、眠くなればザハルトの息子が寝ていたと思う子供用のベッドで眠りました。


 ふわふわなベッドで初めて横になった日はカーンのとても良い思い出になりました。


 食事と水分が要らないカーンはそんな毎日を繰り返します。

 岩を退けるので力や体力がグンと上がり、剣士ごっこで広場で剣を振る。

 貴族の高等教育書を読むので知識も増えていきます。

 

 教育を受けて育った聖女と狂気の天才である兄のズロの血を分けてもらったカーンの知能を貯める容量は多く、するすると本を読んで覚えていきました。


 魔法使いがたくさんいる王立学院の教科書には魔法の項目もありカーンは知識だけは蓄える事ができましたが川のような大量の水を知りません、大草原を走るような風を感じた事がありません。


 一つの魔法を除いて…… イメージが大切な魔法にて今のカーンは空論でしか知らず児戯(じぎ)に類する。頭でっかちなものでした。


 ただ、一つだけ…… 回復魔法だけは別でした。

 「回復魔法ってなんだろう?」

 カーンの読む教科書のインデックスにはこうありました『体を治す為の奇跡を起こす魔法』と。


 「僕が…… 寝て起きた時に治っているのは回復魔法なの?母さん…… 」

 虚空に訴える言葉はカーンの心に還ってきます。

 回復魔法を覚えていたらリサ母さんを治せたんだ…… なんで僕はいつもこうなんだろう?


 「知らなかったから出来なかっただけだよ」リサが生きていたらこう言って抱きしめたでしょう。


 でも心の渦にぐるぐると沈むカーンは「僕はいつも結局は上手くいかない」と肩を震わせるのでした。


 ─────カーンは回復魔法をしっかりと覚えようと思いました。

 もう大切な人を治せないなんて嫌だと、崩土と岩を今以上に頑張ります。幼い子供が運ぶのです。1日の終わりには体は傷だらけ…… でもこれでいいと彼は思いました。


 …… 夜にベッドに腰掛けて自分の体が治って行くのを観察します。


 「こうやって回復していくんだ…… 」

 カーンはホムンクルスである自分の回復力が普通ではないと知りません。

 しかし、魔力量を増やす為に毎日リサ母さんに言われた通りに魔法を使います。


 空打ちになりますが魔法を消費しては魔力量が増加します。


 血の中にある様々な遺伝子がカーンに力を貸しているので成長限界がありません。


 普通は過労で死ぬ程の魔法鍛錬なのにカーンは寝ると超回復能力で元通りになります。


 カーンは自分が治っていくイメージで回復魔法を使えるようになりました。まだ全盛期の聖女には及びませんがその力はまだまだ強力になり聖女を追い抜くでしょう……



 ─────── そこからさらに数ヶ月が経ちました。


 ザハルトは、自領の収益に大きくある鉱山を放ってはいませんでした。

 早く復旧しなければと焦ります。

 

 自分の世代で廃坑にするわけにはいきません。

 中からはカーンが、外からはザハルトがトンネルを繋ぐように掘り進めていきました。


 人海戦術(じんかいせんじゅつ)なので、大きな岩や雨などの環境で長く作業がかかってしまっていましたが、ザハルト指揮下の坑夫はようやく鉱山の入り口前の門を掘り返しました。

 

 「やっとか…… もう中の人間は全て死んだだろう…… 残念だ。」

 ザハルトは鉱山奴隷の購入と、監視としての兵士の雇用にかかる試算で頭が痛くなりながら労働者を急かしました。


 「ザハルト様、つながりました」

 坑夫の鶴嘴(ツルハシ)が閉じ込められた先に空洞を見つけると、ザハルトはニイと笑いすぐに鉱山へと坑夫を送りました。


 やはり、全ての兵士と奴隷は死んでいました。

 兵士が奴隷に殺されたのだろうと報告で知るとザハルトはギリっと歯軋りして怒り、鉱山の復旧にかかりました。


 次は違法に買われた子供奴隷でさえ厳しく管理される事でしょう。

 

 ザハルトが行う鉱山捜索は腐った死体を片付ける事で一日が終わりました。次の日も同じ作業になるでしょう。

 暗所で死体を触る仕事にザハルトを含め全員が疲労困憊(ひろうこんぱい)です。

 鉱山の入り口、通路、ザハルトが泊まる施設では居眠りや注意の散漫がありました。


 そんな夜中、闇に紛れてカーンは鉱山から脱出をしました。


 うつら…… うつら…… と眠りに揺れる鉱山の門番の横を静かに歩き出て、鉱山の森の中に隠れるとカーンは息を吐き出しました。

 「外に出られた…… 空が綺麗だよリサ母さん」

 生まれて二回目に見る夜空もやっぱり美しくカーンの瞳に映りました。


 ここで捕まるのも拙いと夜空の鑑賞を止めて、カーンは山道を辿らずに森の中を道を見ながら進みます。


 音を消して歩き、採掘場からだいぶ離れた川のほとりに着いた所で、ザハルトの宿泊施設から持ち出した魔法鞄から服を出して着替えると下山を急ぎ走りだしました。

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