第4話
「はい、魔法使いさん!」
「うん?…… うん」
カーンは魔法使いの女性の身の世話をする役目を命じられました。
もちろん過酷な労働は継続しています。
魔法使いは戦争奴隷でした。
有名な魔法使いで、人をいっぱい殺しました。
でも、その戦争で魔法使いの軍は負けてしまいます。
魔法使いは、いっぱいの人に恨まれました。
いっぱいの人に暴力を受けました。
魔法を使えないように魔法封じの魔道具である鉄枷を首にはめられて、魔力が回復しないように人が入れる大きさもある呪いのかかっている鉄の鳥籠に入れて……
石で
拳で
棒で
言葉で
魔法使いは暴力を受けました。
手で顔を庇(かば)えば、人はなぜ攻撃が当たらないのかとムキになり強く強く叩きます。
震えて蹲(うずくま)る魔法使いに笑う民衆を見て、心が冷えましたが鳥籠の中にいるのでどうにもなりませんでした。
そのまま、領都の片隅に魔法使いは放置されます。
夜に戦争遺族が魔法使いに仕返しに来ました。
魔法使いが戦場にて殺していないだろう遺族もそれにくわわります。
魔法使いは指を失いました。片目を潰されました。片足が焼け爛れました。そして一夜明けると奴隷として売られました。
鉱山に搬送される中、田舎にある家を思い出し、母を思い出し泣いた事もありましたが心の全てが黒く闇の中にありました。
女性の大切なものを傷つけられた時に人として生きるのを諦めてしまいました。
「死のうとしたのに」と魔法使いはカーンを見て思い返します。自分の醜くなってしまった顔を真っ直ぐに見てくれてキラキラとした無垢の目を向けてくるカーンに死ぬに死ねない気分になっていました。
自分の汚物を片付けても笑顔でいてくれるカーンに人として救われる気分です。
「カーン、いいかい」
魔法使いは小声でカーンに話します。
魔法を教えてあげよう。
──── でも、隠すんだ。この地下鉱山で奴隷が魔法を使えると分かると首輪をつけられて殺されるかもしれないからね?
死ぬまでに人の心や優しさを自分にくれた感謝を何かで交換してカーンにプレゼントしたい。
今の彼女の持つ物…… それは、魔法の知識しかありませんでした。
カーンが食事を運んでくる時、下の世話をされる時、寝る前のひとときに少しずつ知識をプレゼントします。
奴隷としての労働時間に残る指で、片手で、なんとか鉱石の仕分けを鳥籠の中でしながらカーンに何を教えるかを考えます。
寝る時、自分の世話を命じられて自分の鉄の鳥籠の隣で硬い岩肌にシーツを敷いて寝るカーンを撫でて考えます。
鉄の鳥籠には呪いがかかっているので誰も近づきません。
暴力により醜く歪んだ顔の敵国の魔法使いを気味悪がりカーン以外は顔を向けてきません。
カーンに魔法を教えるのは、制限はありますが容易でした。
「カーン、私の顔を見て気持ち悪くないかい?」
「女の人ですよね?ズロの絵本に女の人は大切にしなさいと書いていたので大切にします!…… 気持ち悪いって何で?」
コテっと不思議そうに首を傾げるカーンの顔が本心だと気付くのは暫くの応答の後でした。
この子は石で打たれた私の顔を本当に気持ち悪いと思わない…… でも、しかし知識が偏りすぎている。
魔法使いはカーンに魔法に加えて一般的な知識も与えました。
子供奴隷なら…… ここから出る事は無いだろうと頭では理解していましたが、これからの人生で困らないようにとカーンの身を案じてしまう不釣り合いな自分の心に苦笑を浮かべてハッとします。
「笑顔…… かい」
この地獄に笑顔になれた自分に驚き、心を癒やしてくれているカーンに感謝をしました。
食事は体を癒すほどの栄養はありませんでしたし、足も化膿が始まりだしました。
切断された指からは鉱石の汚れが染み込み、垂れ流しになった糞尿はカーンが気付いたらすぐに拭いてくれますが…… やはり終わりは早くにやってきました。
魔法使いはこの状態でも長く生きる事ができたといえます。
カーンという光を心に灯せたからだと魔法使いは考えます…… だから、ここにカーンを遺す事が悔しくて悲しくてたまらない気持ちでいっぱいになります。
「カーン、私のカーン…… 」
「はい、どうしました?」
細くなった魔法使いの手が鉄の鳥籠の中で宙を仰ぎます。
カーンは子供なので、鳥籠の中に首を入れるといつもの優しい手でサラサラと頭を撫でられました。
「あんたが、私の子供ならこんな場所に入れなかった」
「子供…… 」
「まだ結婚もしてないけどね。でもアンタなら大切にしたと神に誓えるよ」魔法使いの声は服の擦れる音ぐらいに小さくなりました。
カーンはズーローの時のようにお別れする時なのかと思うと涙が溢れてしまいます。
「ボクもお母さんだったなら、嬉しかったなぁ…… 」
「そうかい…… 私の名前はちゃんと覚えているね?」
カーンは何度も頷(うなず)きました。
魔法使いの名前はリサ。カーンが永遠に忘れる事のない名前でした。
「私、リサがアンタの母さんでいいかい?」
魔法使いはカーンが両親もいない事を知っています。ホムンクルスという不明瞭な事を言うカーンにリサは子供の勘違いだろうと考えていました。
魔法使い、リサは怖かったのです。
1人で死ぬ事が、この暗がりで魂が消える事が。
そして、カーンをおいていく事が。
「お母さん?」
「愛しているよカーン…… 」
カーンはポロポロと泪の時雨をリサ母さんに落とすと小さく、震えながら「ありがとう母さん」と伝えました。
夜が明けるのを知らせたのは、いつもの兵士の声でした。
カーンはなんとか、リサ母さんに絵本で見たように花を手向けたかったのですが、聞き入れられる事はありませんでした。
まるで荷物を運ぶように無遠慮に運ばれていく母さんを見てカーンは深い、深い悲しみを知るのでした。
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