第3話
ズーローが死んで四年が経ちました。
生まれて何年も経ったのにホムンクルスのカーンの身長は子供のままです。
ズロが錬成した経過に問題があったのか、フェニックスの素材がいけなかったのかは分かりません。しかし、どうやらカーンはもう歳をとらないようです。
そんなカーンを見た奴隷を管理する兵士は、面倒を嫌がり奴隷名簿に記載があるカーンの人種『人間』に二重線を引き『ハーフリング』と書き換えたので騒ぎになりませんでした。
ハーフリングは小さな体を持つ亜人の土の精霊と呼ばれるドワーフに近しい種属です。
他の兵士も名簿に書かれたカーンの種属を見た為か、情報は伝播(でんぱ)されて今まで子供のフリをしていたと勘違いされたので罰としてカーンの仕事は非常に多くなりました。
朝の食事を抜かれる事なんて普通です。
他の奴隷の仕事を押し付けられるのも良くある事です。
カーンは仕事が増えたその日、その日は辛いですが寝て起きれば疲労した肉体に経験値が溜まり強くなります。
ご飯を食べなくても元々カーンは妖精の遺伝子があるので空気中にある魔素を吸収するので死なずに大丈夫のようです。
そんな過酷な日々を過ごすので力は鉱山に暮らすどんな犯罪奴隷より強くなりました。
見た目は子供で華奢なのにどうしてだろう?と皆は目を擦りますがカーンはホムンクルスです。
見た目は他の子供奴隷と同じでも骨や筋肉、内臓はまるで機械のようにアップグレードを繰り返していくのでした。
────ある日の朝に少しいつもより豪華な装備を纏う兵士が鉱山の暗い奴隷を集める広場に来て皆に告げました。
「今日はこの鉱山を所有するザハルト様が視察に来られる。皆、しっかり働きお迎えしろ」───と。
「鉱山を所有する?」カーンはお金がいまいち分かりません。権力と権利の概念が薄いので、朝礼の言葉を疑問に思いながらいつものように労働を初め、久しぶりに昼食に呼ばれました。
「やった、やった、ごはんを食べられる。嬉しい」
カーンは自分が酷使されている事を恨んでもいませんでした。なぜなら人より遥かに強くなるスピードが早く、次の日には疲労や怪我が全快してしまうからです。
カーンのタフさを見込んだ採掘計画で鉱山は稼働していたので昼食を食べられるのは久しぶりだったのです。その事が、純粋に嬉しくどう表現すれば良いか分からない程でした。
「うわ───────!」
奴隷用の食事をする区画には、カーンが見たことがない豪華な食事が並んでいました。
カーンは生まれてからズロの魔法鞄の中に残した簡易の食事と、奴隷として食べている高カロリーなだけの食べ物しか見た事がありませんでした。
可哀想なカーンは一般家庭で並ぶ程度の食事を見ただけで天に登る気分です。
新しい消耗品として鉱山に来た子供奴隷や大人の奴隷は気味が悪いようにカーンに顔を向け「こんな食事で何が嬉しいんだ」と不快感さえ露骨に見せます。
彼らはカーンが生まれてから外を知らない事を考えもしません。
普通なら、こんな食事で喜ぶのはおかしいから。
この奴隷として生きる日々を帳消しにして笑えるような食べ物ではないから。
カーンの事を知らない彼らは、待遇を良くしたいと兵士に歓心(かんしん)を買っているのだと鼻をつまみました。
「静かに!…… ザハルト様と御子息様である!」
豪華な衣装と綺麗に身だしなみを整えた貴族を初めて見たカーンは食事の嬉しさもありニコニコとします。
「今日の昼食はザハルト様の御慈悲によるものだ!閣下への感謝と随喜(ずいき)の涙をこぼしながら完食せよ!」
昼食はカーンの人生の全てを変えるものでした。
カビのはえた硬いパンではありません。
煮込んでドロドロになったスープではありません。
今日のお昼は硬いパンと、原型が残っている焼いた肉と、香辛料など使われていない煮て潰しただけの芋でした。
日々の力仕事で噛み締めているので歯が強いカーンはガリガリと臭くないパンを齧ります。
「…… パンて臭くないんだ」
カーンは初めて小麦粉を焼いた匂いを知りました。
カビのはえたパンは何日も経った備蓄兵站の期限切れの物なので焼いたパンを食べるのは初めてでした。
「お肉って、こんなグニグニとして面白いし美味しいんだ」
カーンは焼き過ぎて硬くなったゴミのような肉に感動して少しずつ食べて…… 手を止めます。
カーンは肉がまずかったのではありません。
ズーローに食べさせたかったと彼を思い出して頬を染めて優しさの温もりを思い出したのです。
「残しても、ズーローはもう、いないしね」
カーンは残った肉を口に入れ、よく噛んで飲み込みます…… カーンはズーローが奴隷になる前の食事風景をしらないので「こんな美味しいものを食べさせてあげられなかった」と心の中でズーローに謝りました。
潰した芋の舌触りに感動しました。
食後の余韻を知りました。
ズロの魔法鞄の食べ物は限りがあったので少しずつ。
いつもの奴隷の食事は人が生きて働ける程度。
満腹をカーンは知りました。
カーンは嬉しくて泣きたくなります。
そして深く貴族であるザハルトに心の中でお礼をしました。
この鉱山には視察や巡回、商人との商談の為の区画があります。
ザハルトは息子とそこで一泊して、翌日に鉱山をあとにしました。もちろん、カーンの昼ごはんはまた、ありません。
兵士に媚を売ったと奴隷仲間にも心が健全ではない行為をされるようになりました。
表立っての事は兵士に罰せられるので、隠れてカーンに嫌がらせをします。
鉱石を押し付けて多く運ばせる……
カーンが歩くと灯を消す……
ぶつかるフリをして肘でつく……
カーンは「今回の人達は疲れているのかな?」と気になりません。鉱山奴隷はカーンより早く死にますし、カーンは一般社会に身を置いた事がないので悪意に鈍感でした。
しかもこの頃には、カーンの体は大人ほどの大きさもある岩が転がりぶつかっても切り傷しかつかないぐらいになっていたので大人奴隷の虐待に気づかないぐらいです。
楽しみの食事の時は兵士の前で食べるので問題が無くカーンは、それだけでへっちゃらでした。
無視をして虐めてきた子供奴隷と虐待をしてきた大人奴隷がいなくなるぐらいの日が経ちました。
カーンはまだまだ暗い鉱山の中にいました。
カーンはズーローの時ような運命の出会いをします。
首に鉄枷がかけられ、鉄の鳥籠に入れられた女の人が鉱山奴隷となって運ばれて来ました。
「おい、あれって…… 」
「ああ、魔法封じの…… って事は魔法使いか?」
大人の奴隷の言葉にカーンはドキリとしてしまいます「ズロのくれた絵本に描いてあった魔法使いさん?」色鮮やかな絵本に描かれた魔法使いを思い出してカーンはウキウキとするのでした。
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