第2話
カーンは暗い場所にいました。
奴隷商人は犯罪者でもなく、債務者でもないカーンを違法に鉱山に売りました。
貴族の持ち物である鉱山は入り口に扉があり、下に行くに従い何層もの検問があります。
子供が逃げる事はとてもとても無理。出来ません。
貴族も違法と知りながら労働力として子供を買うので逃す気はありませんから。
カーンはそんな鉱山の闇の中にいました。
この世界の鉱山では人がすぐに死にます。
この世界の鉱山では人がすぐに病気になります。
しかし、奴隷もただではありません。
この国の貴族は奴隷に
ズロを1人待ち続けた経験のあるカーンは、それでも満足していました。知識が無かったのです。
「おい、カーンとオマエその石を運べ」
「はい」
少年奴隷はカーンだけではありません。
でもカーンの名前が覚えられるのは、カーンの力が同世代の子供より強いからでした。
英雄や有名な戦士の血を受けているホムンクルスであるからか、力仕事をするとその経験が肉体に宿るようで、聞き分けの良く頑丈なカーンは大人の奴隷から重宝されていました。
大人の奴隷はカーンが背負える大きさの木の樽にガラガラと採取した石を入れていき、それをカーンが上層まで運び守衛待ち受けの前に下ろしていきます。
そこで他の女性奴隷が鉱石を選別して…… この繰り返しです。
鉱山の中は光源は少なく、光魔法を使える奴隷は灯りにありつけるからいいけども、使えない奴隷は掘削現場から滑り落ち命を落としたりもします。
深い階層に行くとまるで木箱に閉じ込められるような幽暗(ゆうあん)の圧迫感があるほどです。
カーンは妖精かエルフのズロの血のおかげで夜目が効き、ハッキリは見えないけども生きてはいけていました。
カーンは子供奴隷としては長生きになっていきました。
「休憩───────!!」
「休憩────!!」
「きゅ、きゅうけい!」
カンカンカン!と鉄を鉄鍋を叩く音と休憩を知らせる声が伝言ゲームのように鉱山に広がっていきます。
岩を削る作業なので、こうしないと鉱山中の奴隷に伝わらないのです。
カーンはまだ生まれて10年も経っていません。
しかも、人と話すのは奴隷商に捕まってからなので、まだ言葉が辿々しく「きゅうけい」としっかり言えない自分に違和感を覚えていました。
「どうしたら、ちゃんと
ズロ兄さんがいれば…… カーンはいつもそう思っていました。
「カーンか?」
カーンはお気に入りの側まで行き「きゅうけい、だよ」と伝えます。
お気に入りはズロに名前の似ている犯罪奴隷のズーロー。父親ほどに歳が離れた彼にカーンは懐いていました。
「ズーロー、ごはんだよ?」
「…… おお」
ズーローは寡黙な男です。奴隷に落ちた時の罪は騎士の暴行でした。
といっても、これは家族を守る為の自衛手段。
貴族席の騎士見習いに妻が暴行され、それを止めた時に拳が当たりズーローは逮捕されてしまいました。
取り調べは過酷で、ズーローは顔を鞭(むち)で何度も叩かれます。
両頬と耳に残る傷痕はその時のもので、耳が聞こえにくいのもそのためでした。
「ズーロー、ズーロー、はやく」
「うん」
カーンは食事の時も、寝る時もズーローと一緒です。
カーンはまだ、聞いたら相手の心が痛いという事を知りません。
「ズーローのこどもは、いまどこにいるの?」そのカーンの問いかけにズーローはカーンが寝た後に涙を流す事もありました。
彼の妻と子供が貴族社会に反旗を起こした父親のせいで奴隷落ちしたのです。
闇の深い場所でズーローは心幼く清らかなカーンに会えて良かったと思うと同時に、自分がこんな風でなかったらカーンを幸せにしてあげられたのにと心臓が早くなり心が揺れてしまいます。
「ほら、カーンしっかり食べなさい」
「ありがとう、ズーロー」
ズーローは、カーンに微笑みながら自分の食事を分けます。
ズーローは人への優しさを示すしか、自我が保てないのでした。
「作業開始ー!」
「作業開始!」
「さぎょう、かいし!」
飛び日の午後からは子供奴隷は、その細い指を使う事が義務化されています。
鉱山の崩れた岩肌にミスリルが出土する事があるからです。
ミスリルは鉄よりかは希少石で魔法と相性が良く値段が高い。
鶴嘴(つるはし)で削る分だけ価値が下がるので子供の細い指とナイフでカリカリと掘り出す作業となる日がありました。
「カーン、気をつけて。また夜に呼びに来てくれ」
「うん、ズーローよびにいくね!」
カーンは他の子供奴隷と作業に向かいます。
「うっ、うっ、痛いよぉ…… 」
「ひっ、爪が割れたわ」
ミスリルはクリスタルのように出土します。
子供達はその鋭利な断面で血だらけです。
涙を流しながら、子供達はミスリルを掘り返していきます。
カーンもはじめは指が傷だらけでした。
だけどカーンはフェニックスを素材に使った体です。超回復という能力(アビリティ)が宿りすぐに元通り。
聖人の血を受け継いでいますから、聖なる回復が自動的に体を護ります。
傷さえ残らずに次の日にはピカピカでした。
しかも、鍛えたら鍛えただけ経験として指や手を強くします。カーンにとってミスリル鉱石の発掘は息抜きになりました。
カリカリカリと爪とナイフでミスリルを掘り進み、大きな生成前のミスリル鉱石を取り出せた時などは達成感もあります。
「わぁ!」
ひとり、奴隷の子供が鉱山のクラックに落ちました。
「あーだめだなあれは」と子供奴隷に指示を出す兵士がクラックを見下ろして苦い顔をします。
『なんで、ほかの
カーンは心や人の命に疑問ばかり。
ズロが読んでくれた絵本は幸せな終わり方ばかりでした、今もクラックに落ちた事を悲しみながら作業をする子供奴隷仲間が不思議でしかたありません。
「あ、
カーンの握力と指の力は常人ではなくなっていました。
自慢した奴隷仲間の子供達は次の日も、数日後にも死んで行きます。
カーンだけが、経験値を得て強くなり生き延びていきました。
─────3年が経ちました。
カーンはまだ、暗い中にいました。
まわりの子供奴隷はもう、初めて会ったメンバーではありません。
まわりの大人奴隷も数人以外は釈放されたか、または死んでしまったのでカーンより奴隷鉱山の経験が浅い人ばかりです。
そして、カーンにも初めて心から嫌なことが起こりました。
「ズーロー、大丈夫?」
「…… カーン、すまない」
ズーローが病気になりました。
奴隷を逃がさないように作られた鉱山は日の灯りがありません。
暗い中に暮らす人々はすぐに病気になります。
ズーローが今までなんとか生きていたのは、自分の死んだ子供とカーンが瞼の裏で合わさってしまったからでした。
愛する息子であるカーンを置いて死ねないと心だけで頑張っていたズーローもやはり人間で病には勝てません。
カーンはズーローの分も暗闇の中で働きました。
子供なのにと兵士に憐憫の目を向けられましたが、当の本人であるカーンは身体のステータスが過酷な現場で鍛えられ鉱山の仕事なんてへっちゃらです。
カーンは大人奴隷より勤勉によく働きました。
おかげで寝たきりのズーローとカーンは食事を配当されなんとかここまで来ました。
しかし、ズーローの命はもう消えます。
これは仕方ない事なのでした。
「ズーロー、ズーロー、頑張って」
「カーン、すまない愛しているよ」
ズーローはそのま目を閉じました。
逞(たくま)しく背の高いズーローは、疲労と病気で見る影もありません。
呼吸は少し
少し…… ゆっくりになり、大きく吐き出して止まりました。
藁を敷いた硬い板のベッドの上でズーローの命は消えました。
「ズーロー、愛してるって何?」
カーンはズーローをさすります。
でもズーローは今まで鉱山で見てきた『死』と同じでした。
「うっうっ…… ぐす…… 」
カーンは初めて悲しくて泣きました。
もう会えない事、もう話せない事、もうズーローの暖かさを感じられない事が経験から分かったからです。
「何でみんなが、泣いていたか分かった」
人が死ぬ事の悲しみをカーンは知りました。
「愛ってなんだろう?」カーンは思います。死なない家族が欲しいと。
その思いは、自分の兄であるズロと同じでした。
カーンは闇の中、冷たくなっていくズーローの手を握りながら泣き続けました。
ズーローのその体温を忘れないように。
兵士がズーローの亡骸を運び出すまでカーンはそのままでした。
それが愛とカーンはわからないままでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます