その時、カーンに何がおきたのか。
@ais-
第1話
─────物語は昔々の話からはじまります。
巨木が太陽を遮り、シダ植物が生い茂る薄暗い中、戦争の勝敗は決しました。
今の時代より昔…… そんな名前も知らない東西の国の戦争は英雄と猛将の一騎打ちにより両方が黄泉の客になる事で終わりました。
悲しむ残存兵、どうにか自軍の将を治そうと治療魔法を使う者。
英雄と猛将の死は戦争を停戦させるに十分なものでした。
その2人の死体に寄り添うエルフの男がいます。
彼は、英雄のパクリと割れた首に手を置きます。
優しく撫でるようにしたその手の中にはガラスの管が握られ、ツツと血を採取します。
次にエルフの男は猛将に涙を流すフリをして寄ります。
頑張った、勇猛であったと切り落とされた猛将の腕を撫でますが、そこにもガラス菅が。
エルフの男は、ニマリと笑い採取した血をポケットにしまうと悲しむような演技をしながら戦場を離れました。
また、ある場所にもエルフの男は現れました。
そこは聖なる乙女の断罪の場です。
聖女は国に仕え、働き続けました。
清らかな心と美貌を持つ聖女は俸給である金貨銀貨のほとんどを恵まれない子や母子家庭に与えました。
ある日、聖女に与えられた王城の部屋に宰相により命令された兵が押し入ります。
聖女は与えられた金を不遜な人間に与え国を内乱に堕とそうと画策したと言われます。
聖女は宰相に騙されたのです。
金貨を与えた貧困家庭の一つに敵対国のスパイがいるなんて…… そう呟く聖女の声は小さく、喚くように暴言を言う宰相の声に消されてしまいました。
聖女の派閥である貴族や王弟は、そのスパイである貧困家庭を探そうとしましたが、宰相の恩赦により国外に隠密に放逐された後……
聖女は広場まで引き摺られ、喚く事、恨む事、睨む事無くしくしくと涙を流して首を落とされました。
民衆は悲しみ、聖女の亡骸を抱え厳かに墓地に埋葬しました。民衆の全て、それこそ犯罪者でさえ聖女の無実を信じ、理屈の通らない事に心を痛めました。
その埋葬への参列にエルフの男はいました。
エルフの男は聖女の刎ねられた首を持つ聖女候補の乙女に近づき、聖女の魂が天に登る事を祈るように聖魔法を唱え祈りました。
魔法の光が消え民衆の啜り泣きが始まると、エルフの男は身長の低い聖女候補が持つ首に近づくよう膝を折り頬に残る聖女の涙をハンカチで拭い、首を撫でるフリをして血を採取すると道路の脇の参列へと下がります。
「ありがとうございます」
聖女候補の泣くような笑顔に頷くと、エルフの男は人々の間に消えました。
長命のエルフの男はそうして、色々な場所に色々な時に現れては血や涙を集めて歩きました。
「よし、そろそろいいだろう」
エルフの男の名前はズロ。
エルフの中でも長命な部族に生まれた彼は少年時代に家族を亡くしました。
それは、冤罪であり断罪。
ズロは冤罪が起きたとする日は森の巡回日でエルフの友人と一緒にいたのでアリバイがあり殺される事はありませんでしたが、駁論(ばくろん)をする暇もなく目にしたのは父母と愛しい弟が断罪の木に首を吊るされた姿でした。
「家族は聖なる木への失火の責任をとってもらった」
族長の言葉はズロの心を突き刺します。
弟は生まれたばかりで両親は家を離れられないからゾロは森の巡回を父から代わって行った…… 弟は未熟児で…… 父と母は…… 弟につきっきりで……
ズロの家から聖なる木までは歩いて40分はかかります。エルフの里は森の中にあり広大な土地の中に家々が点在しているのです。
未熟児がいる家から離れ、聖なる木にまで行き、触れるのも怖い小さな弟を抱きながら火をつけるなんて……
ブラリ
ブラリ
揺れる弟を見つめるズロの目は闇の中にありました。
───────「さて、やるか」
ズロは子供の頃の記憶を振り払うように首を振り、薄暗い部屋の中で錬金術の装置を作成しはじめます。
ズロは寂しかった。
ズロは悲しかった。
長い命があるのに、家族を奪われた事が。
長い時を共に出来るエルフの里から家族同罪として追い出された事が。
だから、ズロは家族を作ろうとした。
長い…… 長い…… 10万回を超える夜を過ごしてでも、同じ血を持つ愛してあげられる者と触れ合いたかった。
辺境の地の荒屋の地下にズロの研究室がある。
そこには今まで戦場や歴史の中で集めた物を売却したり、集め稼いだ金を注ぎ込んだ実験道具が揃うそんな場所。
命の力は賢者の石が必要となります。
心臓と同じサイズにするには膨大な資産や素材が必要になりますが少年期からこの時まで、エルフの寿命や楽しみや生活を削り生きてきたズロにはその用意がありました。
人の霊魂を閉じ込めた水…… 生き返えりながら永遠を生きるフェニックスの睾丸…… などなど。
ズロはそれを錬成用のミスリルを外張りにしたオリハルコンの鍋で煮詰めます。
カラカラ……
一年…… 二年…… 水は魔法で…… 食事は肉体を事前に改造しているので手に届く棚に置いた干し肉で済ませて混ぜ続けます。
糞尿はおまるに座り続けているので、地下に生育したスライムに消化させています。
寝ないように…… 寝ないように…… 魔力を脳に送り廃人になる寸前で鍋の中が固まり石になりました。
フェニックスの睾丸に全ての素材が濃縮された賢者の石はまるで何かの内臓器官のようです。
「よし…… 書物にある物と同じだ」
ズロはそこから一週間、高熱で寝込みながら遺跡から出土した資料を読み返しました。
ズロが生まれるより過去に…… 賢者の石は生成された歴史がありました。
その時は1000人の弟子をもつ錬金術師の命をもって成功し国王に献上されたという話が記述されていてズロは人を使うのを諦めたのでした。
「ふん、献上という事は自分で使えないという事じゃないか」
ズロは熱が下がると次は肉体を作る作業をはじめます。
用意していた特注の高さ140センチのガラス管…… その中に賢者の石、英雄や聖女の血や涙を注ぎ、妖精の粉、数百年に一度しか咲かない白い花、そしてズロの血と精子を入れて魔力が濃く湧く場所から採取した清水をガラス管に注ぎ込み満タンにしました。
「さて」
賢者の石はぷくぷくと浮かびガラス管の中央で止まると投入した素材を引き寄せ脈を打ちだしました。
ホムンクルスという生命の誕生。
「カーン…… 死ぬ事無く育ってくれよ」
ズロの名付けたカーンという名前は、生まれてすぐに死んだ自分の弟の名前でした。
ガラス管の中のカーンはまるで母の胎内で起こるような成長を見せました。
細胞分裂を繰り返し、賢者の石を心臓核にして神経が広がり四肢と頭が形成されていきます。
ズロは弟であるカーンの成長にとにかく喜びました。
温かい物が心から溢れて、寝て起きた時にカーンがガラス管の中で生きているだけで愛が溢れるようでした。
八ヶ月が経過する頃にはガラス管の中のカーンは1メートルほどの大きさになりました。
まだ目を開けていないカーンにズロは早る気持ちを抑え切れません。
「たしか、胎内にいる時でも言葉を聞いていると何かで読んだ事があるな」
カーンに何かを教えてあげたいとズロは思いますが、彼は生きてきた全てを研究に捧げていました。頭にある物語はすぐにストックがなくなります。
「!カーンが笑った…… !」
お姫様と王子様の話を辿々しく諳んじるとカーンの口の端が上がりました。
ズロは堪らなく嬉しくなります。
新しい物語…… 新しい物語……
ズロは研究室にある金に変わる物を持ち出し町に走りました。
食べ物、飲み物、おもちゃ、それに絵本。
ズロは喜びの中にいました。
愛とは何かとズロに聞いたならばカーンと答えるでしょう。
ズロは研究室に戻り、魔法により時間の止まり容量が増える魔法の鞄に食べ物を詰め込み。自分が寝ている時にカーンが起きたら可哀想だとウロウロ歩き『これを食べなさい』と魔法鞄にメモを貼ると、カーンに絵本の朗読を始めました。
その日々が2ヶ月も続くとズロの研究室はオモチャや絵本、教育本でいっぱいに。
「そうだ、旅にも連れて行ってあげたいな」
ズロはそう思うとソワソワします。
「宝石を売って予算を作っておこう。」
ズロはガラス管越しにカーンを撫でてキスをすると地下研究室から外に出て、二度と帰ってきませんでした。
宝石を売り大金を得たエルフの男がいる。
噂はすぐに広がりました。
ズロはカーンの事を思い浮かべて警戒をしていませんでした。
ズロは裏路地に強引に引き込まれて首を斬られ崩れ落ちます。
冒険者崩れの男達はズロがどこかにお金を持っていると当たりをつけていましたから生かす必要が無かったのです。
目の前が暗くなるズロは、血を失い寒さに震えます。
「父さん、母さん、カーン…… 」
ぐいぐいと衣服を弄られ金を得た男達はズロを捨てて離れていきます。
また1人になったズロはカーンにもう会えないと分かると涙をながしながら命を失いました。
─────── パシャ
────────────パチャン……
ズロが死んだ2日後、カーンは目を覚ましました。
「あれ?」
カーンは英雄や聖女、ズロの遺伝子や賢者の石で成長したので目は覚めていなかったけどズロの話は聞いていました。
バシャッとガラス管から裸で外に出ると、ヨタヨタと歩きながらズロが座っていた椅子に腰をかけてズロを待ちました。
でもズロは帰ってきません。
カーンはとても悲しい気持ちになりましたが、ズロの遺伝子が強い子で忍耐は誰よりもあります。
泣かないようにしながらカーンは家族として愛するズロが残した絵本を読み始めるのでした。
そこから暫しの月日が過ぎます。
カーンは、妖精の鱗粉と賢者の石の効果から食事を必要としませんでした。
ガラス管の中に満たされた魔力が濃い水の中で生まれたのも影響したのでしょう空気中にある魔力を吸収する事で生きられるようで排泄もなく、本を読み続けていました。
絵本から教育書、そして初期研究資料へと。
ズロはカーンを研究者にしたかったのか、段階を踏んで知識を得る事ができるように本を選別して並べていました。そこにも愛情があり、研究者が嫌になったらとメモが貼られた本もあり料理や木工などの本もあります。
「しょくじ?」
カーンは食べ物に興味を得ました。
ズロが残した魔法鞄の中に入る果物を試しに食べるとその顔は満面の笑みに変わります。
その顔を見たくてズロは食べ物を用意していました。
「たべもの、おいしい」
カーンは、魔法鞄の中身を調べて残りの数を確認すると少しずつ食べ物を消化していきました。
「おいしい」
さて、さて、
カーンが外に出る時がきました。
それはいきなりの事でした。
「おい!ガキがいるぞ!」
「なに!ラッキー!」
ズロは侵入者対策として地下研究室の扉に鍵をかけていました。カーンは今まで出られなかったのです。
その扉が乱暴に開くと男達2人がバタバタとなだれ込みました。
「だれ?」
その頃にはカーンは服を着て生活していましたが、清潔とは言えない環境にいました。
服は汚れ、埃で髪の毛はパサパサです。
「おうおう!こりゃあ」
「ああ、売れるな!」
男達は近辺で起きた戦争の戦勝国の商人でした。
どう見ても捨てられたように見えるカーンの腕を掴むと、力任せに屋外に連れ出します。
「わあ」
カーンが夜空を見た初めての言葉でした。
ズロは研究室を人に知られたく無かったようで近辺に人の家はありません。
ポツンと夜の中にあるズロの家から見上げる空の星々にカーンは笑顔になりますが、次の瞬間には暗い暗い麻袋の中に詰め込まれてしまいました。
商人達は奴隷商でした。
カーンは、そのまま馬車に詰め込まれ誘拐されてしまうのでした。
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