02
地面を伝わってくる振動。不規則な金属音。静寂の中に響く怒声。
音のする方へ向かい叢から様子を伺ってみれば、そこに広がる光景に唖然としてしまう。
(映画の撮影みたいだ)
ファンタジーな出で立ちの男たちが、見るからに悪役の男たちを捕らえている。剣がぶつかり合う音も、地面に倒される音も臨場感が溢れ過ぎていて、身動きが取れなかった。
「これで全員か?」
その中で凛と響いたテノール。どこか冷たさを含んだ声に、側にいるフルプレートの出で立ちをした男たちはその場で敬礼をしている。
捕らえられている男たちも、心なしか怯えているように見える。
(斯く言う俺も、動けずにいるんだなこれが)
本能が動いてはならぬと告げている。
叢から見えるのは、フルプレートよりも随分と軽装をした姿。黒を基調とした服とマントは、やはりゲームに出てくるような格好だ。
手に持っていた剣を腰の鞘に収めながら、あれこれと指示を出している。この場で一番上の位なのだろうか? 丁度顔が見えない位置なので何ともいえないが、随分と若いような気がする。
――パキッ
しまった。と思ったときにはすでに遅かった。少し身体を動かした拍子に、足元にあった小枝を踏んでしまうという失態をやらかした。見つかる前に逃げ出したいのだが、ずっと同じ体勢を取っていたためか足が思うように動いてくれず、ケイはその場から動けずにいた。
「……そこに、まだいるな」
相手も見逃してくれるわけもなく、冷ややかな声の主は無慈悲にも剣を抜いて近づいてくる。
(マズイ…非常にマズイ!)
状況的に大変よろしくない。このままいけば、剣で斬られるか捕まるかは必須。やはりこれは死ぬ夢だったのか!
「お前も、奴らの仲間か?」
「――っ」
喉元に剣の切っ先を突き付けられ、ヒュッと喉が鳴る。
月明かりを背に立つ男は、アメジストをはめ込んだような紫の瞳で冷ややかにケイを見下ろしていた。
(動けば、死ぬなこれ)
一切の情け容赦などない表情。状況に相応しくない感情ではあるが、整った造形はまるで同じ男とは思えないほど美しかった。
「アドルファス様、捕らえますか?」
「……待て」
鎧の男を片手で制すると、アドルファスと呼ばれた男は改めてケイに視線を戻す。
「おい、お前。質問に答えろ――お前は、アレの仲間か?」
声を出そうとしたが、思うように発声できなかったため、代わりに首を横に振って答えた。
頭は冷静に物事を捉えていたが、どうやら身体は素直に恐怖を感じていたらしい。我ながら鈍感なものだと、ケイは内心苦笑した。
「なら、なぜこんな場所にいる」
なぜ? という問いに、ケイ自身もなぜなのかと問いたくなってしまう。
すぐに答えないケイに苛立ったのか、アドルファスは剣の切っ先をケイの喉へ軽く突きつける。
軽く皮膚に痛みが走り、喉元を暖かいモノが伝う感覚があった。
「もう一度だけ聞く。なぜ、ここにいる?」
次はない。アドルファスの紫の双方が物語っていた。
「そ、んなの……こっちが聞きたい」
答えなければ殺られると、精一杯声帯を奮い立たせる。絞り出した声は想像以上に弱々しかったが、視線は男から外さないようにジッと紫の瞳を見つめた。
「貴様、アドルファス様にそのような口の利き方を……」
「構わん、下がれ」
ケイの態度が気に入らなかったのか、鎧の男が剣に手をかけた。アドルファスはそれを気に止めることもなく、ケイを上から下まで確認するように視線を向ける。
どうやら危険がないと判断されたようで、喉元に突き付けられていた剣が下ろされた。
「賊共の仲間ではないらしいな」
「はぁ……」
死亡フラグは回避できたらしい。ホッとしたのも束の間、アドルファスが鎧の男たちに何か指示を出している。
あぁ、これはまた大変よろしくない方向にことが進みだしたな。冷静な思考がそう判断すると、諦めにも似た溜め息が溢れた。
ここで無駄に騒いだところで状況を打破できるわけもない。ならば大人しく捕まるしかないのだが……。
これはやっぱり夢じゃないな? そうだよな? 夢で痛みなんて感じないもんな?
「ほう、物分りがいいな」
「お褒めに預かりどーも」
両手を上げて降参のポーズを取れば、アドルファスは不敵に笑った。そんな笑い方ですら様になるので、やはり美形はずるいと思う。
「こいつも繋いでおけ」
「ッ! んな乱暴にしなくても逃げねぇよ!」
「ぐっ!」
腕を後ろに力強く押さえつけられ、思わず声を荒らげてしまった。その拍子に鎧の男が腕を抑えて後退る。
その場にいた誰もが、何が起きたのか分からなかった。勿論、その中心にいたケイもだ。
「な……ちょっ、えっ、何かゴメン! 大丈夫か!?」
逸早くわれに返ったのはケイだった。腕を抑えている男に近づき、怪我の具合を確認する。
よくわからないが、鎧とシャツがぶつかった拍子に特大の静電気でも発生したのだろうか?
幸い男も傷は負っていないらしく、ケイは安堵した。
「アハハハー……あの……お騒がせしました?」
他の鎧の男たちは呆けていたが、アドルファスだけは剣に手を掛けてピリピリとした空気を纏っている。この場の空気をどうにかしようと乾いた笑いを浮かべれば、アドルファスが深く溜め息を吐き出して警戒を解いてくれた。
「――城へ帰還する。賊は牢へ入れておけ」
「ハッ! この者は如何いたしますか?」
「……また得体の知れない力を使われると適わんからな。こいつらとは別の牢へ入れておけ」
どうにもこうにも、この覚めてくれない夢の中。得体の知れない力の気配を感じながらも、ケイは鎧の男たちに囲まれながら大人しく連行されて行った。
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