01
そよそよと、心地よい風が頬を掠めていく。吸い込む空気はどこか土の匂いを孕んでおり、懐かしさを覚えた。ざわざわと波のように聞こえるのは木々の擦れる音だろうか?
そこまできて、ケイはハッとして飛び起きた。
「目覚まし! 鳴った? え、遅刻!」
悲しいかな、染み付いた社畜精神でバタバタとテーブルに置いていたはずのスマホを探すが、そこにあるはずのものはない。代わりに眼前に広がるのは見渡す限りの緑、緑、緑。
木々の合間から差し込む光は柔らかく、まるでおとぎ話や童話に出てくる挿絵のような光景に一瞬見惚れてしまう。
「んー……寝起きの目に優しいけどおやすみなさい」
思わず現実を逃避して二度寝を決めたくなるほどには、信じがたい光景だった。だってそうだろう? 部屋の間取りはワンルーム。目の前に広がる光景は、どう見てもワンルームの我が家とはかけ離れている。広さは計り知れない。
きっとリアルな夢なんだと判断し、ケイは再び寝る姿勢をとった。夢なのに寝るというのは、些か表現がおかしい気もするが……それが事実なので仕方ない。
「……。……」
目を閉じ、身体を丸めて頑として寝る姿勢を貫く。大丈夫、きっとその内また睡魔が襲ってくると信じている。信じているのだが、待てど暮らせど睡魔は一向に襲ってくる気配はなかった。
「うっそだろ。さっきあんなに有無を言わさず襲ってきたってのに」
裏切られた気分である。頑なに閉じていた目を開けば、やはり同じように広がる景色。ただ、気付いたことがもう一つ。
「ていうか、朝じゃないなこれ?」
確かに光は差し込んでいる。だが、それは朝陽ではない。ケイの寝転がっている場所は少し木々が開けており、空を見上げれば満点の星空が広がっていた。
「月が、二つ……」
差し込んでいた光は、二つの異なる大きさの満月の月明かりだった。
「綺麗だ」
あまりにも幻想的だった。それ以上の言葉が見つからず、しばらくただ寝そべりながら月を見上げていた。
どれくらい見上げていたのかは分からない。ただ、静寂が支配していたその場の空気がざわついたのを感じ取れた。
(なにか、いる)
なにかは分からないし、なぜそんなことが分かったのかも説明は出来ない。多分、夢の中だから。今はそういうことにしておこう。
土にまみれた身体を起こし、身構える。いくら夢の中とはいえ、ケイは丸腰だ。仮にここで悪夢の定番の殺人鬼やお化けの類が出てくれば、確実に死ぬ夢確定だろう。
(いっそ、やられれば目が覚めるかもしれない)
殺される寸前で目を覚ますのはよくあることだ。いや、そんなに頻繁に殺される夢なんて見ないけれど。
だんだんと近づいてくる気配。複数の足音と騒ぎ立てる声は霊的なものではないようだ。ホッと安心したのも束の間、今度は別の疑問が浮上した。
「夢ってこんなに自由に動けたんだ?」
そんな夢もたまにはあるかと楽観的に構えていたが……すぐにその考えを捨てざるを得ない状況になるとは、このとき誰が想像できようか。
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