短編
ぬけがら.com
雨ー達磨のパラドクスー
寂れた商店街を歩いていると、雨の気配を感じた。
そういえば今日の予報は雨だった気がする、傘も持っていないしどうしたものかと途方に暮れる。
することも無いのでアーケード内の喫煙所を探していると人目につかなさそうな路地裏を見つけた。缶コーヒーを買い灰皿にしながら雨が止むのを待つことに決めた。
平日の昼間だがそれにしても人の気配を感じず、トタンに当たる雨粒の音と煙草の葉っぱが燃える音が異様に大きく聞こえた。
定期的に落ちる雨粒を八十七回程数えたところで、達磨が路地裏の奥からやって来た。
はぐれ達磨だろうか。近頃招き猫が脱走したという話をよく聞くが、達磨も家出をするのか。
彼(達磨の性別は分かりづらいが恐らく彼だろう)は煙管を咥え紫煙をくゆらせている。灰皿にしていた空き缶を彼と私の間に置くと、あぁどうも、と言ったふうにお辞儀をしてきた。お辞儀の反動で彼はしばらく前後に揺れていて、それをしばらく見る。
雨が弱まる様子もない。気象庁が水神の機嫌を図り損ねたのだろうか。
「やァ、達磨さん。雨がひどいもんだね。今日は水神様の機嫌が酷く宜しくないようだ」
二本目の煙草に火をつけながら問う。
すると達磨は
「イヤイヤまさか、その逆さ。水神様は嬉しくて仕方が無いンだよ。
なんてったって梅雨入りだ。もうすぐ夏が来るだろ?夏が来たら水神様は夕立しか降らせられないモンだから、今のうちに長雨を降らせているのさ。夏のうちに長雨を降らせてしまったら、人間どもがてんやわんやさ。
やれ洗濯物が乾かないだのやれ海に行けなくなっただの。気の毒なものさね。昔は水神様も好き放題していたのに、可哀想なものだよ」
達磨はニヤニヤと笑いながら答えた。
「ハハァ、そういうものか。神様というのも大変なのだなァ」
「そうともさ。人の願いを叶える為に生まれてきてしまったモンだから、人間の言うことをきくしかないのさ」
カンッと音を鳴らしながら達磨は灰を落とし新しく火をつけ始める。
「人の願いを叶えるっつったら、あんただってそうじゃないのかい?達磨さんよ」
「あァ、イヤイヤ。アタシらは願いを叶えるためにいるんじゃあないぜ。願掛けってやつさ。叶わなくてもいいんだ。願いが叶わなかったからといって達磨を壊す奴は居ないだろ?叶わなかったとしてもアタシの目が埋まらないだけなのサ」
ふむ、なるほど。確かに行き場を無くした片目の達磨はよく見かけるが、達磨の死体は見たことが無い。それに、縁起物を壊すのは気が引ける。
「私は達磨に願を掛けた事がないんだがね、アンタは一体どんな願を掛けられたんだい?」
「アタシァ、埃っぽいタバコ屋の商売繁盛さ。達磨さんは転ばないだろ?だから人間は転んだら困るような願を掛けるンだ。まぁアタシなりに頑張っちゃあいるが、商売繁盛なんてどこまで繁盛すればいいものか分からないもんだし、両目の埋めようもないから、たまにこうしてサボっているのサ」
煙を吐き出しながら達磨は答える。
ハハァそういうものか、と三本目の煙草に火をつけながら呟く。
「あァ、達磨っつーのは極力人の願いを叶えようとするんだネ?」
「そうさね。なんとかみんな頑張っているよ。アタシらは掛けられた願いを叶えて両目がうまるのが楽しみなんだ」
「一つ疑問なんだが、達磨にだるまさんが転ぶ様に願いを掛けたらどうなるんだい?」
問われた達磨は大きく煙を吸い、カラカラと笑いながら煙を吐き出した。
「そいつァ、面白い事が起きるぜ。そうだな、もうここの店番も飽きた所だし、ちょっくら見せてやろう。ついでにアンタの願いを叶えてやるよ」
煙管を咥えたまま達磨は身体を大きく前後に揺らし始め、倒れるその一瞬手前で達磨は前転しながら大きく空へと跳ねていった。
カラカラとした笑い声が遠ざかっていくのを保けた顔で見上げて暫くすると、トタンの屋根にカツンと煙管が落ちてきたのを最後に、雨の音が止まったのであった。
短編 ぬけがら.com @mono_book
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます