第49話
ドラキオールという地方の森にあるダンジョン、別名『竜鳴の洞窟』。
洞窟の中を通る風が、岩や壁にぶつかり音を響かせることで、まるでドラゴンの鳴き声が聞こえるということで付いた名前だ。
でも私は知っている。ドラゴンの鳴き声というのは決して比喩表現としてではなく、本物のドラゴンが住み着いているということを。
ゲームでも高レベルじゃなければ攻略は難しいと言われたこのダンジョン、最奥に待ち構えているのはファンタジーの魔物の中でもトップクラスの知名度を誇るドラゴンだ。
地を這い、炎を吐き、巨大な体躯を誇るもっともメジャーな姿をしている。当然、並大抵の冒険者が勝てる相手ではない。
でも私には勝算がある! それは私の背に携えた魔剣バルムンクことムーちゃんがドラゴン系の魔物に有利属性を持つという特性があることだ。
ゲームで暴走したシャルルが「竜をも屠る我が魔剣……」とかどうとか呟いていたのを覚えていたのよね。
そこでムーちゃんに確認したところ、『我は竜種ならば問答無用で勝てるぞ』と言っていたので、間違いないみたい。
そして、奥にいるドラゴンが誰にも知られていないのは、ゲームだと中盤以降に目覚めるまで冬眠していて、それまでは石像と間違えられていたという事情があるの。
だから、まだドラゴンの噂が広まっていない今なら、冬眠から目覚める前に一方的に倒せるというわけだ。
どう? 私の最高の計画は!!
これでタントリスの妹ちゃんに必要なエリクサーは無事ゲット出来るし、超危険なドラゴンも安全に倒せるしで一石二鳥よ!
戦いは始まる前に決まってるものだって、昔の偉い人が言ってたわ!
「ふふふ、はーっははっは!」
「おいクリフレット、あいつは何故突然笑いだしたのだ……?」
「さあ……。シャルル様は思慮深い方ですから、私たちには考えもつかない何かを考えておいでなのでしょう」
「違うぞクリフ。バカシャルは単にバカだから馬鹿笑いしてるだけだ」
後ろで男子が小声で喋っていたけれど、私の耳には入ってこなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「グルゥゥ……」
「ライトニング!」
雷の魔法が獣の魔物を貫いた。クリフはふぅ……と息を吐くと、戦闘態勢を解いた。
「おつかれさま。遠距離攻撃の魔法を使えるようになったんだね」
「はい。いつまでも雷翼に頼った高速近接戦闘ではいけないと思い、セイ様にご教授いただきました」
「ったく、俺だって自分の勉強で手一杯だってのにクリフのやつが聞かなくてな。でも誰かさんより物わかりが良くて助かったぜ。三日も教えればものにしてくれたしな」
「へぇ、その誰かさんっていうのが誰なのかみっちり教えていただきたいものだねぇ……!」
セイの言ってる誰かさんって完全に私じゃない! そりゃ、私は魔法の筋は悪いけど、セイに魔法を教えて貰ってからは多少はマシになったつもりよ。
何せ、実力テストを合格出来る程度にはなったんだから。
でもよく考えたら、セイに教えて貰ってからもう5年くらい経ってるのよね……。あれ? 三日で魔法を覚えたクリフって凄くないかしら?
というか、私の才能ショボすぎ……!?
「安心してくださいシャルル様。私が命を賭けてでも、シャルル様をお守りいたします」
「うん、ありがとうクリフ……」
女の子としてはかっこいい男子に「守る」なんて言われて嬉しい反面、自分の才能の無さを痛感して落ち込んでしまう私なのであった。
そりゃそうよね。特別な才能があるからゲームのメインキャラになったのだ。凡人だったらドラマもへったくれも無い。
そういう意味じゃあ、一応
はあ……。年々周りのみんなが才能を開花してきて、差を感じてしまうわ。
まあ私は最終的にハッピーエンドになれば気にしないけれど! 今のところ破滅フラグに繋がりそうな要素は排除してるから、安心ね。
世の中に必要なのは才能ではなく、未来を見通す計画性なのよ!
「さあ、気を取り直してダンジョンを進もう!」
数時間後――
「ねえ、今何時くらいかな……。ちょっと休憩しない?」
「王子、先程休みを取ってからまだ三〇分も経っていません。もう少し頑張っていただけませんでしょうか」
「タントリス、そうは言っても全然景色が変わらなくて進んでるのか分からないんだよ。体力的には大丈夫でも、精神的にちょっとまいってしまう」
「ふむ、そういうものですか。ダンジョンとは異界のようなもの。地上とは別の理で支配された空間です。数多くのダンジョンを攻略してきた私からすれば、ここはまだ優しいと思いますが」
「タントリス卿。シャルル様は連日のお務めで疲労されているのです。どうかもう一度休息を取ってはいただけませんか」
「…………仕方がありませんね」
クリフの申し出に、タントリスは渋々といった感じで首を縦に振った。
卿のタントリスは機嫌が悪い。いや、正確には彼の周りを取りなす空気が重いのか。いつもはコメディ調な性格のタントリスだけれど、このダンジョンに到着してからというものおふざけを一切していない。
長年探し求めてきたエリクサーがあるかもしれない、それだけ切羽詰まっているんだわ。
妹の病を治す万能薬エリクサー。
ゲームだと状態異常を回復して、HPとMPを全回復させるアイテムだった。後半のダンジョンなどでドロップする、貴重なアイテムだ。
私なんか、七つ持っていたにも関わらずラスボス戦で二つしか使わなかったほどだ。
そりゃエリクサーを渇望しているタントリスの心はざわついて、いつもとは違う雰囲気にもなるわよね。シリアスモード全開だ。
でも、その焦る気持ちが先行して、タントリスが先頭に立ってハイペースで道を進むことになった。結果、私やジェファニー、アイリの女性陣の体力が尽きてしまった。
私は女装してるから、みんなからは『女子と同じ体力の男子』として見られてしまっているわけだけど……。
「タントリス、焦るのも分かるけどここで先走っても何も変わらないよ。焦りは決断を鈍らせる。聡い君なら分かっているはずだ」
「ええ……。分かっています。このタントリス、幾度となくダンジョンを踏破したのです。成功への近道は慎重になること。遠回りこそが近道なのだと」
「分かっているのなら、もう少し冷静になって。今の君はボクが見ても分かるほど、いつもと違う。それじゃあ、もしもの時に冷静な判断なんて出来っこない」
「王子には分からないのですっ! 愛する妹が病床に伏しているのに、何も出来ない苦しみが! あなたには愛する家族なんていないから、私の気持ちも分からないっ!」
いつもは落ち着いているタントリスの声に怒気が混じる。それは彼の内に溜め込んだ想い。
普段は飄々とした態度を見せているが、実は心の中では常に妹を案じていた兄の姿。
タントリスは、はっと我を取り戻すと、私から顔を逸らしてしまう。そして、消え入りそうな声で呟いた。
「すみません……少し、言い過ぎました……」
「いや、ボクも気が利いていなかった。……ごめん」
タントリスの言葉は不覚にも私の胸に、まるでナイフのように深く突き刺さった。
前世ではそれなりに家族仲は良好だった。小さな不満はあるけど、どうでもいいものばかり。今思うと幸せな家族だったと思う。
けれど、この世界では違う。父に望まれず、母もおらず、姉妹には腫れ物のように扱われている。お姉ちゃんとは仲がよくなったけど、それもつい最近の話だ。
私にはタントリスのように、自分の命と引き換えにするほど愛する家族は、この世界にはいない。
そんな私の言葉は、彼には軽く聞こえたのだろう。
ああ、これがゲーム通りアイリが仲良くなっていれば、タントリスもこれほど焦燥しなかったのかな。
いや、アイリじゃなくても、私以外の誰かだったのなら、タントリスはゲーム通り終盤までずっと陽気な性格でいられたのだろう。
だとしたら、破滅フラグはまだ消えてないってことになる。でも、そんなの今気にすることじゃないわ。
私に出来るのは、せめてタントリスの大事な妹のために、必ずエリクサーを手に入れるってことだけだ。
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