第48話
試験も終わり、私たちは無事夏休みを迎えることが出来た。
といっても、学園に通う前の生活に戻っただけ。
特にやることもなく、みんなと庭園でお茶をしているだけののどかな毎日を過ごしていた。
そこに、アイリも加えて。
「本当にいいんでしょうか。私なんかが王宮に足を踏み入れても……」
「あら。アイリさんはシャルル様のお茶会に誘われて不満でもありまして?」
「い、いえ! そんなことはありませんジェファニーさん。ただ、私のような平民がこんな立派なところに来るのは失礼なのかなって……」
緊張した面持ちでアイリは紅茶を口にする。味もわかっていないようだ。顔が真っ白。
それもしかたないか。私だって前世で政治家の家に呼ばれたりしたら、泣いてキャンセルしたいもの。
せっかくの夏休みだから、いつものメンバーで集まろうとアイリを誘ったのだけど、余計なお世話だったかしら。
「アイリさん。あなたはシャルル様が認めた大切なご友人です。だから王宮に踏み入る資格とか、つまらないことを気にする必要はありませんわ」
「全くです。アイリ嬢、王子は懐の深いお方。ここはご厚意に甘えた方が得ですよ」
「タントリスさん……。そ、そうですね。かしこまった方が、かえって失礼かも、ですよね」
「そうそう。せっかくだしアイリも楽しんでいってよ。ほら、このタルトおいしんだよ。ジェファニーの手作りなんだ」
「わぁ……! 本当においしいです! お店で売ってるものよりおいしい……!」
「当然ですわ。シャルル様への愛がたっぷり込められていますもの」
みんなでわいわいと喋りながら、お菓子を食べ、お茶を飲む。
平和な時間ってこういうことを言うのかしらね。
入学当初は周りからいじめられていたアイリ。
けれど、最近はいじめも減って、実力テストの後にはアイリに話しかける子も何人か現れた。
貴族の中でも位の低い子たちらしい。
大貴族の家の子は、いまだにアイリを目の敵にして、話すこともしない。
ちょっぴり寂しいけど、それでもアイリの周りに人が増え始めたのはいい傾向だ。
「二学期は、もっと楽しくなるといいね」
誰にでもなく、そう呟いた。
すると、私の独り言を聞き取ったのか、
「王子。楽しいことならありますよ」
「うわびっくりした! ……タントリスの言うことだから、またろくでもないことなんでしょ」
「心外ですね。私、こう見えても【真面目な男タントリス】として有名なのですよ」
「どの口が言うんだか……」
そういえば、タントリスは学校であまり見かけなかったわね。
学年の違うアルクはともかく、同じ学年のタントリスはそこそこ会う機会があってもいいはずなのに。
まさか学校をサボってたわけじゃないでしょうね。
「実はそうなのですよ」
「……平然と心の中を読まないでくれる?」
「私、一学期の間はダンジョン探索にいそしんでいたのです。おかげで単位ギリギリでした」
「一学期からそれで大丈夫なの? っていうか、なんでダンジョンなんかに……」
確かに私たちも学校の実習でダンジョンに一回だけ潜ったけど。
でもすぐにダンジョンから出たし、本当にお試し気分だったのよね。
「ダンジョンで『あるもの』を探しているのです。それが欲しくて、様々なダンジョンを探索しているんですよ」
「トレジャーハンターね。で、どんなものを探しているの? お金で手に入るもの?」
「いえ。金では絶対に手に入らない、レアアイテムなのです。私にはそれが絶対に必要なのです」
……あ。
もしかして、ゲームでも言っていたアレのことかしら。
タントリスには猛毒に犯された妹がいる。その毒は普通の薬では治療出来ない。
だから、ダンジョンに眠る秘薬エリクサーを探し求めているのだとか。
「ねえ。君の事情は君を雇うときに調べさせて貰ってる。妹のためなんだろう? 特別な薬が必要だとか」
嘘だ。
タントリスの経歴は調べているけれど、妹のことまではわかっていない。
これは前世のゲーム知識を持つ私だから知っている情報だ。
「君にはジェファニーを救って貰った恩がある。エリクサーのあるダンジョンには目星がついてるんだ。君がよければ、そのダンジョンの攻略を手伝わせて貰えないだろうか」
さすがに唐突すぎただろうか。
タントリスは感情の読めない表情のまま、黙り込む。
怪しいって思われたかな……。
タントリスは口を開いて、吐息を漏らす。
「まさかそこまでご存じだったとは。お見それいたしました王子。実はエリクサーがどこにあるかわからず、この夏休みを使ってみなさんを様々なダンジョンに連れ回す予定だったのです」
「恐ろしい計画立ててるなこの冒険者!?」
「ですが、王子が情報を持っているのでしたら、大丈夫でしょう。このタントリス、是非とも王子にご協力を請いたく思います」
「ま、まあいいけど……」
まさかさっき「楽しいことならありますよ」って言ってたけど、ダンジョン探索のことだったの?
こいつ、海に行くようなノリでダンジョンに連れ込もうとしてたの……おそろしい子!!
まぁ、妹の病状が悪くなるのはゲームだと秋以降だし、元々それまでには解決しようと思ってた。
アイリの件で忙しかったからダンジョンには行けなかったけれど、夏休みにエリクサー探しも悪くないわね。
「で、王子。そのエリクサーがあるダンジョンとはいずこに?」
「近い近い顔が近い! 鼻息かかってるから!」
「すみません。このタントリス、興奮すると【キス顔直前のタントリス】と変貌するのです」
「それただのセクハラ野郎じゃない!」
というわけで、夏休みはダンジョン攻略に行くことになりました。
◆
「ずいぶんと遠い場所まで来ましたねー」
「王都から離れたのは久々だな。馬車に長時間乗ると尻がいたい」
「セイ殿は筋肉が少ないから骨に響くのです。もうちょっと鍛えたほうがいいですよ!」
「ったく、ガレイのやつが隣で窮屈だったぜ。俺様はもうちょっとでかい馬車がよかったんだがな」
「アルク様。シャルル様も同じサイズの馬車に乗っていたのですから、わがままはダメですよ」
「そうですわ。シャルル様は文句も言わず、私をずっと膝の上に乗せてくださったのですから」
「まあジェファニーがお尻痛そうにしてたからね……。あんな顔見たらそりゃ……ね」
「皆さん大変そうですね。このタントリス、馬車の屋根で寝ていたからあまり窮屈には感じませんでした。後で御者に乗車代を請求されたのは腑に落ちませんが」
馬車を二台借りて王都から離れた森までやって来た。
王都からここまで離れたのは、生まれて初めてね。
今日行くダンジョンは森の中にある洞窟が入り口となっている。
以前行ったダンジョン・ニールオットは序盤でも探索できる。
でも今回行くドラキオールは中盤以降にしか入ることは出来ない。高レベル向けだ。
だから、みんなには万全の準備をしてもらった。
「ポーションヨシ!」
「「「ポーションヨシ!」」」
「解毒薬ヨシ!」
「「「解毒薬ヨシ!」」」
「武器ヨシ防具ヨシ!」
「「「武器ヨシ防具ヨシ!」」」
「ご安全に!」
「「「ご安全に!」」」
前世で父親が作業前にこういう点呼をやっていたらしい。
みんなが声に出して確認することで、作業意識が高まるんだとか。
確かに声に出すことで、忘れ物がないか、ポーションをバッグのどこに入れたのか改めて確認できるわね。
「さあみんな! 気をつけてね! このダンジョンは中級冒険者でもリタイア続出らしいから、全員油断しないこと!」
「当然ですシャルル様! シャルル様は私がお守りいたしますわぁ~!」
「殿下の前に出てくる敵は、すべてこのガレイがなぎ払いましょう!!」
みんな気合いが入ってるわね。頼もしいことこの上ないわ!
「俺様は、以前のような失敗は繰り返しはしない……!」
「バカシャルが怪我しないように気をつけないとな」
「今度こそ、シャルル様のお役に立ちます!」
アルクとセイ、それにクリフも態度こそ大人しいけど、なにやらメラメラと燃えるような熱い気迫を感じる。
この三人がやる気なら、そんじゃそこらの魔物じゃ相手にもならないだろう。
「王子。このような機会を与えてくださり、ありがとうございます。このタントリス、鬼神の如き活躍を王子にご覧に入れましょう」
いつもは糸目で表情の読めないタントリスが、目を開けていた。
その目はとても鋭く、鷹の目を思わせる。
糸目キャラが目を開けるときって、マジモードの時なのよね。
ということは、タントリスはかつてないほど真剣なんだわ。
妹のためだもの。当然ね。
私も、彼の力になれるように頑張ろう。
「準備はいいね? じゃあ……行こう!」
「「「おおーーー!!」」」
こうして、二度目のダンジョン攻略が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます