第47話

 雲一つない快晴。お腹も空くお昼前。


 心地いい風がグラウンドに吹いて、爽やかな気分にさせてくれる。


 今日は実力テストの日。


 テストと言っても、学科試験じゃない。

 魔法の試験だ。


 入学式から三ヶ月が経ち、クラスのみんなともそこそこ仲良くなったこの時期。


 学期の終わりも近いため、魔法の実力が伸びたかどうか確認するのだ。


「でも、全クラス合同って効率悪いよね」

「いいではありませんか殿下。大人数で実施することで、互いに意識して、実力以上の成果を出せるものです」

「そういうもんかなぁ。どっちかというと、緊張してボロが出そうなんだけど」

「大丈夫ですよ。殿下なら成績トップ間違いなしです!」

「なにが根拠かわからないその自信、ちょっとでいいから分けて欲しいね……」


 というか、セイやアイリがいる時点でトップは無理でしょ。


 思えばこの三ヶ月間、魔法の授業をちゃんと聞いてたわね私。

 でも座学の成績はよくても、魔法の実力に反映されないのよね。


 いや、他の人は知識と実力が結びついているようだけど、私の魔法って特殊だから。


 入学時はマッチ程度の火しか起こせなかったクラスメイトが、今ではボール大の火球を出せるんだもの。


 汎用性ってすばらしい。もというらやましいわ。


「では次! シャルル・ノアロード君!」

「はい!」


 先生に名前を呼ばれた。


 どうやら私の番が来たらしい。


 今やっているのは魔法による的当てだ。

 魔法で攻撃して、十数メートル先の的に見事当てたらオッケー。


 一見簡単なようだけど、周りの反応からそうじゃないとわかる。


「殿下! 頑張ってください!」

「シャルル様。平常心ですよ」


 ガレイとクリフの声援が届く。


 この二人はまだ後に控えているらしい。


「ふぅ……」


 先程も言ったが、これは見た目より難しい。


 第一に、十数メートル先のものを狙い撃つコントロール。

 魔法を学びはじめた学生に、遠距離のものに当てるような精密操作ができる人は少ない。

 おそらくクラスの半数もいないだろう。


 そして第二に、威力。

 魔法の勢いを維持したまま、的まで届く必要がある。

 これは魔力がある生徒なら問題ない。

 けれど、魔力が少ない生徒は工夫が必要になる。魔法を圧縮して密度を高くするとかね。


 この二つの問題を同時にクリアしないと的当てもままならないのだ。


 というわけで、魔剣バルムンクことムーちゃんを手に持って集中する。

 魔法を発動するアシストとして、杖の使用が許可されている。

 私の場合、剣だけど、学校に申請して了承を得ている。

 まさか、伝説の魔剣だとは思っていないだろうけど。


「威力……精度……よし!」

『マスター。準備はいいか』

「ムーちゃん。これは私の試験だから、サポートはいらないからね……!」

『それは別に構わんが、大丈夫か?』

「大丈夫だって……。よし、いっけえええええ!!!!」


 剣の先から、夜の景色をそのまま抜き取ったような、黒い波が放出される。


 そして、勢いを維持したまま的に着弾


 ―――したはいいものの、そのまま突き進み、後ろの壁を粉々に破壊してしまった。


『だから言っただろう。マスターは加減が下手だから、我が威力調整したほうがいいんじゃないか、と』

「さ、先に行ってよおおぉぉぉ!!!」


 そういえばこの前も、お姉ちゃんの部屋に突入するとき、勢いが出過ぎて窓ガラス割ったんだった……!


 やばい、周りの生徒にめっちゃ見られてるわ……! ど、どうしよう……!


 とりあえず、壁を壊したから謝らないと!


 謝るならまずポカンと口を開いてる先生よね。学校の備品を壊したんだし、厳罰食らうのかしら……?


「先生、ごめんなさい。学校の壁を壊してしまうな……」

「さすがですシャルル君!!」

「……え?」

「先生、長年多くの生徒を見てきましたけど、ここまで正確無比で強大な魔法見たことありません! さすがは王子! やはり天才だったんですね!!」

「ええと、いや……」


 褒められてる? いや忖度されてるのかしら?

 王族だから怒れない。じゃあ無理矢理褒めようってことかも?


 ……いや、先生の顔は興奮しているように見える。

 本当に褒められてるんだ。


 いや、褒められること自体は悪い気はしないけれど、壁壊したんだから怒らないとダメじゃない?

 教育者としては。


「壁を壊してしまってすみません。少し加減を間違えました」

「いえ! 全然気にしないでください! 先生感動しました! あの壁は対魔法コーティングをしてある特別製の壁なんです。それをいとも簡単に壊すなんて、素晴らしい!!」

「そ、そうなんですか……。でも、壊したものは弁償します。クリフに言ってくださったら、後日全額支払いますので……」

「いえ! むしろ第一王子の威厳を知らしめるためにも、この壁はこのままにしておきます!」


 ええ~~~……。

 先生、完全に興奮仕切っちゃって私の言葉、全然聞かないし。


 しかも……


「流石ですわシャルル様! やはりシャルル様の魔法は他のものとはレベルが違います!」

「私もあんなふうに、シャルル様にめちゃくちゃに壊されたいわ~」

「ちょっとあなた! シャルル様に失礼よ! ねぇシャルル様、よろしければ私に個人レッスンを……」

「あ、私もお願いします! シャルル様、是非!」

「シャルル様」「シャルル様!」「シャルル様~~!」


 大勢の女子に囲まれて、もう大変!


 ああ、こんなことならムーちゃんに手伝って貰ったらよかった~~!!


 ◆


「た、大変でしたねシャルル様」

「うん。ジェファニーが助けてくれてよかったよ。あのままだとボク、圧死してたかも……」

「妻が夫を支えるのは当然ですもの。ささ、お疲れでしょう。お茶でもどうぞ」

「ありがと。……うん。冷えててもおいしい」

「ふふ、ありがとうございます」


 ジェファニーが私の周りの生徒に笑顔で挨拶をしたら、みんないっせいにどこかへ行った。

 おかげでこうしてジェファニーと休憩できるし、本当にありがたいわ。


「殿下はジェファニー殿が女性方から影で恐れられていることを知らないようですね……」

「まあおかげでシャルル様の周りに女生徒が溢れることもないので、いいんじゃないでしょうか」


 ガレイとクリフが小声で何か会話しているようだけど、二人とも仲いいのね。


 ひょっとしてキテる? ガレ×クリなの!?


「あ、次はセイ様の番ですよ」

「本当だ。セイったらあんな身の丈ほどの杖持っちゃって。気合い入ってるなー」


 セイは左手に杖を持って、反対の手を的のほうへ向けた。

 そして、人差し指と親指を立てて、人差し指で的に狙いを付ける。

 まるで子供のする鉄砲ごっこのようだ。


 そして、そのまま退場した。


「え? なにやってるのセイ。魔法も使わずに決めポーズだけして、どこかに行くってぶっ飛びすぎじゃないかな!?」

「いえシャルル様。セイ様は今、確かに魔力を練っていました。つまり魔法は使用しています」

「ほぇ? ボクの目にはなにも映らなかったけど……?」


 ジェファニーの勘違いじゃないの? と言おうとしたが、あちらでもセイの行動に疑問を感じたらしい。


 先生がセイに詰め寄って、何かを質問していた。


 それに対して、セイは的を指さした。


 先生は的のある場所まで行き、何かを確認すると、大声で「合格です」と言った。


「??」


 セイってば、何をしたんだろう。


 そのままこっちに合流したセイに、私は質問した。


「ねえ、セイは魔法ちゃんと使ったの? ズルしてない?」

「するわけないだろバカシャル。このテストは的に当てればいいんだろ? なら的の中心だけ狙い撃てば無駄は省ける」

「まさか、魔法を的の中心の点ほどの大きさまで圧縮して射貫いたのですか?」


 ジェファニーが驚き混じりの声で聞く。


 それに対して、ふふんと自信満々にセイは構える。


「どこかのバカみたいに、的どころか壁まで壊すなんて非効率的だからなぁ。あんなの、脳筋のやることだ!」

「だれが脳筋ガレイだ!?」

「私がどうかしましたか殿下?」


 違う! 間違えた!


 脳筋のことをナチュラルにガレイ呼ばわりしてしまった。


 ごめんガレイ。でもガレイは脳筋だと思うから、訂正はしないわ。


「あの的の中心に針のような穴が空いてるはずだ。魔法の精度を自慢するなら、これくらいやってほしいなぁ」

「ぐぬぬ……。くやしいけど、セイの魔法はすごい……」

「どうだ。俺の凄さがわかっただろう」

「……あ、次アイリの番だ」

「褒めろよ!?」


 ドヤ顔が癪だから褒めてあげない。


 アイリは杖も持たず、ただ立っているだけ。


 そして、聞こえないほどの小さな声でつぶやき、全身から白い光が発する。


 これが光魔法……。みてて安心する、穏やかな光……。


「さて、お手並み拝見……」


 セイが興味深そうに見ている。


 アイリは呼吸を整えて、手の平を前に突き出す。


 すると、眩い極光が放たれた。


「っ!!」


 結果から言うと、アイリの魔法は凄かった。


 だって、的はおろか、壁さえも跡形もなく消し飛んだのだから。


 それでいて、私の魔法に比べて精密さがあった。


 アイリの極光は、セイほどではないにせよ、的だけを射抜く最低限のサイズに絞られていた。


「す、すごい……。あんな綺麗な魔法、初めて見た」


 ただ、周りの反応が少し変だった。


 先生は壁を壊したことを注意するし、周りの生徒も気味悪そうにアイリを見る。


「なんでボクの時と反応が真逆なんだ……」


 おかしいでしょ。だって、私は力任せに魔法を使って、そのせいで壁を壊したのに。


 アイリの綺麗な光の線を見て、その反応はおかしいわ。


「……もう!」


 ゲームでも似たようなことがあった。


 試験と評してモブ生徒と戦うイベントがあった。

 それでいい成績を残しても、庶民のくせに……と言われた。

 結局は、みんなレッテルで評価してるのだ。


 王子だからすごい。宮廷魔道士団長だからすごい。庶民だからすごくない。


 ムカつくわ。頑張ってる人にケチ付けて、足を引っ張るなんてダサい!


「さすがだよアイリ! あんな綺麗な魔法初めて見た!!」

「シャルル様……」


 周りの視線のせいで気まずそうにしているアイリ。

 私は気にせず、彼女の実力を褒め称える。


「さすが特待生だね。的の中心を打ち抜いて、さらに壁まで壊す威力! 光魔法って特殊な魔法のせいで、他の人とは勝手が違うのに、よくここまで上達したね!」

「え、ええ。ありがとうございます……!」


 アイリは少し申し訳なさそうに、けれどちょっとだけ嬉しそうに頷いた。


 大丈夫よアイリ。あなたの努力は私がわかってるから……!


 周りの生徒が不服そうに見ている。


 先生も、納得いってないという顔だ。


「さて、壁を壊しちゃった件だけど、先生は不満があるんですか? 元々ボクが壊した場所だ。彼女が穴を一個空けたところで変わらないでしょ」

「ですがシャルル君! あなたの偉業を示す大事な証拠が、庶民の彼女のせいで傷ついたのですよ!」

「偉業というなら彼女のほうだ。平民出で周りに冷たくされても、それでもめげずに努力を続けて、こんなに正確無比な魔法を使ったアイリこそ凄い。それを認められないなら、あなたは教育者を名乗るべきではありません」

「っ……」

「さあ行こうアイリ。みんな向こうで待ってるよ」

「は、はいシャルル様……」


 アイリの手を取り、みんなのいる場所まで歩いて行く。


 先生が悔しそうな顔でこちらを見ていた。


 知るもんか。悔しかったらアイリよりもすごい魔法使ってみなさいよ。


 ……って、これだとアイリを盾にしてるみたいね。


 アイリは先程に比べて、少しだけ落ち着いたみたい。


 顔が赤いけれど、疲れたのかしらね。



「ありがとう……シャルル様」


 アイリが小声で何か言ったようだけど、あまりに小さな声で私の耳には届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る