第45話

 誰もいない図書室に入る。


 ここには私とアイリ。あと、アイリを探しにグラウンド方面に行っていたクリフを呼び戻した。


 それ以外の人間は近づけないように、扉の前にガレイを立たせている。


 これで会話は聞かれないはずよ。


「で、なんで泣いてたのかな? 何か言いたげな様子だったけど。落ち着いて話す気になったかい?」

「はい……。先程はすみませんでした……。でも、もう大丈夫です。」

「そっか」

「…………」


 しばしの沈黙。話す話題がない、とかじゃない。


 アイリは何かを話したがっている。だから待つ。せかすわけでなく、落ち着いて話せるまで、待っている。


 そして数分が経った。


 アイリはおもむろに、自分の家のことについて語りはじめた。


「私は母と二人暮らしをしています。母は雑貨屋を営んでいて、それなりに人気があるみたいです。時々私も手伝って、手作りの人形なんかも店に出してもらったりしています」

「うん……」

「母子家庭で、母は女手一つで私を育ててくれています。でも、生活は不自由のない程度には贅沢をしていて、小さい頃はお店の売り上げがいいのかなって思ってたんです」

「人気があるんだろう? じゃあ、売り上げもいいってことじゃないのかい?」


 アイリはいえ、と首を横に振った。そういうわけではないと。


 小さい頃の彼女の疑問は、彼女が成長することで思わぬ形で掘り起こされた。


「三年前から本格的にお店の手伝いをするようになって、毎月の売り上げの帳簿をつけるようになったんです。確かに黒字は出ているんですけど、商品の仕入れや材料の調達の子とを考えたら、二人暮らしで贅沢をするほど余裕があるとは思えなかった」

「なのに、君はある程度の贅沢が出来ることに疑問があったんだね」

「そうです……」


 ふむ。お店の売り上げと、生活費との釣り合いが取れてないってことかしら。


 たとえばお店の売り上げが二〇万円。

 そこからマリンローズ家に入る収入が……よくわからないから半分の一〇万円としておこう。

 で、アイリと母親の生活費が一〇万円よりも多い。なのに、生活苦になっている様子がない。


 確かに不思議ね。


 普通に考えると、アイリの帳簿付けが間違ってるとかだけど、アイリは優秀だ。それはないだろう。


 じゃあ、お店の売り上げとは別の収入があるってことよね。


 借金をしてるとか? でも小さい頃から不自由ない生活をしてるのよね。

 そんな長期間借金を借りられるはずがない。


 私がそう考えていると、見透かしたようにアイリが言う。


「しゃ、借金はしていませんよ? うちはお店を建てたときのローンも完済済みですし、お金を借りることはありません」

「ああ、ごめん。こういう場合、借金が妥当な線かなと思ってしまって……」

「いえ、普通はそう思いますよね……。でも、あるとき母親が身なりの整った人から、大金を受け取っているのを見たんです」


 その言葉に、この前セイにお願いした件を思い出す。


 ――魔法は基本的に貴族の血族が使う


 魔法学園に入学できない程度の資質をもつ平民は稀に産まれる。


 でもアイリほど才能のある者が、本当に偶然平民の中に産まれたのか。


 ――その疑問と繋がる予感がした


「身なりの整った人……その人は、貴族?」

「わかりません。ただ、翌月もその次の月も、母はお金を受け取っていました」

「うむ……」


 その人は間違いなく、貴族か貴族の使用人だと思う。


 ただ、確証が持てない。なぜ貴族がマリンローズ家にお金を渡すのか。


 私が大金のことを考えていると、アイリは涙声になりながら、話を続けた。


「それで……うう……。ぐすっ……。私、聞いてしまったんです……。そのお金は、養育費だって……。私、庶民のくせにって言われていじめられてて……。でも、母は、本当の母親じゃないのかもって思って……。なら、私は、誰なの……!? 私は、この魔法の才能は……いったい何なの……!?」


 それが涙の理由。


 自分のことがわからなくなって、由縁もわからない才能のせいで学園に入れられて。

 そのせいで貴族の子たちに仲間はずれにされる。

 ならば、今ここにいる自分はいったい何者なのか。


 彼女のアイデンティティーが内側からボロボロと崩れ落ちていく。



 ――よく似た感情を知っている


 前世の記憶を思い出し、シャルルとしての意識と前世の記憶が融合した私。


 今ここにいるのは『シャルルに乗り移ったワタシ』なのか『シャルルがワタシを思い出した結果』なのかわからなかった。


 前世のワタシは『~だわ』とか『~かしら』なんて言葉は使わない。それにどちらかというと陰キャだった。


 けれど、シャルルは誰にも構わずいたずらをする人見知りなんてしない少女。


 そして私は、どちらでもない。前世とも、記憶が戻る前とも違う。


 じゃあ、私は『シャルル』? 『ワタシ』? どっちがメインで、どっちに融合されたの?


 そんなことを、寝る前に時々考える。


 でも答えは出ない。結局、アイデンティティーなんてものは自分でつくりだすしかない。


 思うように行動して、その結果を見て、自分はこういう人間なんだって納得するしかないのだ。



 アイリも同じ気持ち。けれど彼女の違うところは、自分が何者か明かすことができる。


 彼女が誰で、なぜ魔法の才能を持つのか。


 ゲームでは天才のひと言ですまされたそれを、きちんと納得のいく形で示すことができるはずだ。



 だから、私はアイリに手を差し伸べる。


 自分を見失って欲しくないから。


「アイリ。その人のこと、なにか覚えてない? 着ていた服でも、話し方でもなんでもいいからさ」

「ぐす……。えっと、特徴、ですか……? あまり覚えていませんけど……。たしか、ドラゴンの刺繍が施された帽子を被っていたような……」

「また刺繍かぁ」

「え、何かおっしゃいましたか?」

「ああなんでもない。こっちの話、あはは……」


 ドラゴンの刺繍……手がかりになりそうね。


 先程から静かに私たちの会話を見守っている、クリフに意見を聞いてみよう。


「ねぇ。クリフは知ってる? 家紋にドラゴンがある貴族の家って」

「申し訳ありませんシャルル様。私はあまり貴族の家系については詳しくありませんので……」

「そっか。うん、気にしないで。よし、アイリ。貴重な情報をありがとう。ボクも色々と調べてみるよ」

「でもよろしいのですか? シャルル様は王子様なのに、平民の私なんかにかまっていただいて……」

「アイリ」

「は、はい」


 私は少し強めの口調で愛理の名前を呼ぶ。


 説教するわけじゃないけれど、ここはビシッと言っておかなきゃいけない。


私なんか・・・・って言うのはやめて。君はボクの大事な友達なんだ。そんな自分を下げるような言い方、自分だけじゃなく周りの人も悲しませるから言っちゃダメだ」

「すみません……」

「ほらまた。謝るんじゃなくて、前を見て胸を張って? 君は素晴らしい才能だけじゃない、とても愛らしい女の子なんだから」

「シャルル様……」


 アイリの目に涙が浮かぶ。

 少しクサい台詞だったかしら。でも、アイリはアイデンティティーを見失っている。

 自分に自信が持てない状態だ。

 そんなときに大事なのは、自分を認めてくれるひとたち。

 自分が何者かわからず迷っている彼女に、君は君だよと言える人間。


 だから私は、アイリにとってそんな人になりたい。


 だって、あなたは幸せになる権利があるんだから。

 この世界はあなたのためにある。

 あなたの未来は幸せに満ちている。


 他でもない、あなたの人生の一部シナリオを見たことがある私だから知っている。


 あなたを不幸にはさせない。


 不幸になるのは悪役王子ひとりで十分よ!


 ……いや私も不幸になる気は無いんだけどね!?

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