第43話

 学園に登校する前にセイの家に突撃する。


 善は急げって言うじゃない? 本当は昨日の夕方に行きたかったけれど、我慢したのよ。


 だって昨日は久々にガレイとセイのしごき……もとい稽古がなかったんだもの。


 ゆっくり体を休めたいわよね。


 というわけで早朝にやってきました。


「セイ~~~~!」


 返事がない。まるで空き家みたいだわ。


 屋敷の扉をノックする。


 いや、ノックと言うよりもラッシュね。

 こっちは一刻を争ってるんだもの。


「もしも~~~し! セイ、いる~~? シャルルだけど~~~!!」


 ガンガンガンガンガン!!!


 もはや騒音と変わらない音。若干申し訳ないけれど、止まらない。


「セイ~~~!? もしかしていないの~~? セイ……ふぎゃ!!」

「朝っぱらからやかましいわこのバカシャルがーーー!!」

「は……鼻が折れた……。ねえセイ、ほらボクの鼻折れた……。セイが勢いよく扉あけたせいで……」

「ん? 大丈夫、元からそんな顔だ。アスクレンへ痛みを捧げよ~」


 アスクレンへ痛みを捧げよ~とは、この世界でいう「痛いの痛いの飛んで行け」的なおまじない。

 アスクレンは治療の神様で、その神様に怪我を捧げて治して貰おうって意味らしいわ。


 それより、私を本気でぶっとばそうとしたわよね。

 だって扉から二メートルくらい吹っ飛んだもん。

 鼻とお尻がいたい。


「もう。いきなり酷いなあセイは」

「朝の五時から屋敷の扉を叩きまくるお前のほうがどうかと思うぞ!? 今日親父が外泊していたからよかったものを。ほら見ろ、うちの使用人たちが完全に不審者を見る目でお前のことを見てるぞ」

「あ……あはは。ごめんなさい……」


 セイの家の執事長が槍を構えてるわ……。


 でも興奮していても立ってもいられなかったんだもの。


 そこらへんは考慮して欲しい。


「とにかくセイ! 聞きたいことがあるんだけど!!」

「なんだよ朝っぱらから。昨夜は魔法学園の卒業生の論文読んでたから眠いんだよ」

「ボクだって眠い! それより、大事なことなんだってば!!」

「あー……なんだ、言ってみろ」


 セイから若干のめんどくせオーラを検知したけれど見て見ぬ振り。


 こっちはアイリについて聞きたいことがあるんだから。


「ねえセイ。特待生のアイリっているでしょ?」

「ん? ああ、あの子か。まさか俺より上のやつがいるとは思わなかったぜ。そのくせちっとも鼻にかけてないし、おもしれー女だな」

「はっ!?」


 聞いた!? おもしれー女ですって!!


 これ、ぶっきらぼうな男キャラが主人公に言う常套句よ!


 ゲームでもアルクが言ってた気がするけど、セイも十分ぶっきらぼうね。


 これはまさか。私の予想どおり……。


「セイ……やっぱり君、アイリのこと好きなんだね!!」

「は……? はーーーーー!!!???」

「あ、その反応。やっぱりそうなんだ。大丈夫、ボクは応援するよ。いやでも応援したら破滅フラグが一歩近づくのか……。でもアイリのことを知るには二人に仲良くなって欲しいし……」

「待て待て待て!! どうして俺が一回顔を合わせただけの特待生を好きになる!?」

「え、だって今おもしれー女って……」

「それは魔法使いとしての評価だ!!」


 顔を真っ赤にして反論してくる。怪しいわ……。


 実は一目惚れなんじゃないの? アイリはこの世界では珍しい黒髪。それに儚い印象をもつ美少女。


 見ただけで恋に落ちる可能性はじゅうぶんあるわね……。


「照れなくていいよ。兄弟のように育ったセイが他の人のところにいくのは寂しいけど。でも、応援するから!」


 たとえ破滅フラグが待っていたとしても!!


「だから……ああくそ! 別に好きとかじゃねえし。だいたい、俺が好きなのは……その」

「はいはい。さて、そんなセイの好きなアイリについて聞きたいことがあるの」

「違うって……。はぁ、もう否定するのも疲れた。で? 何が聞きたいんだ? あの子のことなんて名前と顔くらいしか知らんぞ」

「そう。その名前について聞きたいのよ」


 セイにアイリの魔法が光属性という非常にレアなものということ。

 魔力が高いこと。

 平民なのにここまで魔法の才能があるのは、普通じゃないこと。

 父親がいない(憶測よ!)ということ。


 これらをオフレコということで伝えた。


「ねえ。アイリの家の名前。マリンローズって言うんだけど、なにかしらない? 父親が実はすごい人とか」

「マリンローズか。あまり聞かない姓だが。まあお前がそこまで言うんなら、彼女のことを調べてみるさ」

「ほんと!? ありがとうセイ!」


 嬉しさを表すハグ。ぎゅーっとめいっぱい抱きしめる。


「じゃあ、ボク朝ご飯まだだから帰るね! ばいばい!」

「おう。また学校でな」

「アイリと仲良くなれるといいねー」

「だから違うと言うに!!」


 顔を赤くして否定してる。思春期男子って感じでかわいい。


 さて。セイが調べ終えてくれるまで、私はどうするべきか。


 ◆


「マリンローズさん。あなたご自分の立場がわかってないようですわね」


 ってまたイジメの現場に出くわしちゃった-!?


 なに? エンカウント式なのいじめって。


 せめてランダムエンカウントで私の目に見えないところでやってよ!


「特待生のくせに授業の質問に答えられないなんて。ありえませんわ」

「ごめんなさい……。でも、特待生になれたのは魔力のおかげで、数術の授業は関係ないです」

「そんなことを言ってるんじゃありません!!」

「ひっ」


 ガン! と壁を蹴り、アイリを脅す貴族の少女たち。


 こんな嬉しくない壁ドン初めて見たわ。


 ってそうじゃない。助けないと!


「待て君た……」


「だいたい、この前もシャルル様に助けてもらって何様のつもり? あなたがいるだけでシャルル様に迷惑がかかるって常識的に考えてわからないの?」

「そんな……」

「そうですわ。あなたがいるだけでシャルル様にも、周りの方にも迷惑ですの。環境型迷惑ですわ」

「うう……」


 私に迷惑? なに言ってるの? 全然そんなことないのに。


 でもアイリは真に受けてしまってる。目には涙を浮かべてる。


 そうじゃないのに。


 我慢ならないわ。


「君たち! また性懲りもなくアイリにつっかかってるのかい?」

「しゃ、シャルル様!? い、いえ。これは違いますわ……」

「そ、そうです。貴族の子女として彼女にルールとマナーを指導してましたの」

「決していじめなんてしてません」

「そうかい。君たちの言う指導っていうのは、相手を一人よびだして。複数人で囲み。一方的に強い言葉を浴びせる。そして相手の意見はすべて無視。こういうことを指導っていうんだね?」

「え、ええ。これも彼女が学園でやっていくには必要なこと。彼女を思ってのことですわ」


 話にならない。


 あえて嫌みっぽく言ってやったのに。謝るわけでもなく、まさか乗っかってくるなんて。


 典型的ないじめっ子。自己中な子たちね。私の一番嫌いなタイプ。


「そうかい。アイリを思ってのこと、か。じゃあボクも君たちのことを思って、王族流のマナーを享受してあげようか」

「え?」

「たとえば、王族はそんなに足を広げて立ったりしない。きちんと肩幅までしか広げないんだ」

「あら、わたくしったらはしたない……」

「で。マナーがなってない者には厳しい躾をつける。たとえば、鞭で背中をうつとか。あとは熱したナイフで切りつけるとかね」

「ひ……」

「じょ、冗談ですわよね?」

「さあどうだろう。ボクもこう見えて結構厳しい方でね。君たちの態度を見てたら、どんどんマナーを叩きつけてあげたくなりかもしれないな。さあ、どうする?」

「わ、わたくし用事を思い出しましたわ! 失礼します!」

「あ、私もです! シャルル様、ごきげんよう!」

「待って! 私も!」


「ふう。やれやれ」


 マナーの練習で鞭やナイフが出てくるわけ無いじゃない。


 前世で読んだ漫画の話よ。


 ちょっとそれっぽく言ってやったらすぐ信じてくれた。


「さて。アイリ、大丈夫かい?」

「シャルル様。すみません。私特待生なのに庶民で不勉強だから、みなさんにご迷惑をかけて……。シャルル様にもいっぱい迷惑をかけてしまってたみたいです」

「はあ?」

「これ以上いっしょにいたら、もっと迷惑をかけます。だから、もういっしょには……」

「はいストップ」

「むにょ!?」


 アイリのほっぺたを両手で押す。


 タコみたいな口になってかわいい。


「アイリ。勘違いしてるけど、ボクは迷惑だなんて思ったことない。ボクの仲間たちもね。誰かの勝手な意見を聞いて真に受けないで」

「でも、私シャルル様にふさわしくありません」

「友達に資格なんているの?」

「とも、だち?」


 え? 今の反応ってなに?


 ひょっとして友達だと思われてなかった!?


 ちょっとショックなんですけど!


「私とシャルル様がですか?」

「ボクはそうだと思ってたけど……。ち、ちがうの!?」

「いえ。私はむしろ、友達と思っていただけたのがうれしくて……。うう……」

「ちょ、アイリ!? どうして泣くの!!?? ほ、ほら落ち着いて。よーしよーしいい子だね~」


 前世で近所の子供をあやす時にやっていた技を使おう。


 相手の頭に私の顎を乗せて、ゆらゆら揺れる。


 こうするとなぜか泣き止むのだ。


「ア~イ~リ~な~きや~んで~♪」


 しばらく泣いた後、アイリは泣き止んだ。


 少しだけすっきりした表情をしていたわ。


「ごめんなさい、お見苦しいところをお見せして」

「全然。むしろ泣いてるアイリかわいかったよ」

「しゃ、シャルル様ったら……」


 ん? アイリの顔が赤いわ。


 熱でも出てるのかしら?


「それでアイリ。この前のようにまたいっしょにお昼ご飯を食べたいんだけど、どうかな」

「私でよければ、ぜひ。あ……でも、また他の貴族の方に言われるかも……」

「そんなときはボクの名前を出していいよ。シャルル様から誘われてるのに断れと言うんですか? って」

「あはは。はい、そうさせていただきます」


 こうして、アイリへのイジメを防ぎ、再び昼食の約束をすることができた。


 まずは一歩前進ね!

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