第42話

 アイリ・マリンローズ。

 光の魔法を扱う特待生。

 魔法の才能を持つ平民出身の少女。


 彼女は、私が前世でプレイした乙女ゲームの主人公だった。


 ゲームでは名前はプレイヤーが好きに決める。

 だからアイリと名前を聞いても気付けなかった。


「マリンローズさん? あなた生意気でしてよ」

「そうですわ。あなたがいるとこの学園の品が落ちてしまうわ」

「シャルル様と会話するなんて、平民のくせに!」

「そ、そんな……」


 えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!


 私のせい(?)でアイリがいじめられている!


 しかも性格が悪そうな貴族の子たちに囲まれて!


 前世にもいたわよね。クラス内カーストの高い子がカーストの低い子をよってたかっていじめる光景。


 私はあまり縁がなかったけど、端から見てて息が苦しそうだったわ。


 そんな地獄のような光景が目の前で繰り広げられている。



 ここは、どうにかしなきゃ。


 勇気を振り絞って歩み出てみる。


「やあ君たち。こんなところで大声を出して、どうしたんだい?」


「シャ、シャルル様!?」


「おや? アイリじゃないか。いったい何があったんだい? とても悲しそうな顔をしてるね」

「シャ、シャルル様……」

「ほら、このハンカチで涙をふいて。君に悲しい顔は似合わないよ」


 私があらわれたことでたじろぐ貴族少女たち。


 アイリをかばうことで、これ以上悪口が言えなくなり、バツが悪そうになる。


 貴族少女のひとりはうらめしそうに親指を噛んでいる。


 私が出てきたのに、露骨にアイリを睨んでる。

 その根性はすごいわね。怖いけれど。


「君たち。もう一回聞こうか。ここで、なにをやってたのかな?」

「っ……」

「す、すみませんでした……!」

「し、失礼しますわっ!」


 貴族少女たちは尻尾を巻いて逃げてしまった。


 アイリは緊張が解けたのか、その場に座り込んだ。


「ああもう。こんなとこに座ったら、制服が汚れてしまうよ」

「あ、すみません……シャルル様」


 アイリの手をとって立ち上がらせる。


 土のついたスカートをはらってあげよう。


「きゃっ!?」

「ん?」

「シャ、シャルル様……。その……」


 恥ずかしそうな顔をするアイリ。

 白い頬が桜のようにピンクに染まる。


 なんだかわからないけど、胸の奥がむずむずするわ……!


 この表情は……いいものね!!


 ってだめよ私。変な趣向に目覚めそうになってるわ!


「ごめんアイリ。強くはたきすぎたかな?」

「えっと……そうではなくて。男性に触られるのは、初めてでして。……ちょっと驚いちゃいました」

「え? ……ああ! ごめんアイリ! ボクったら、何の躊躇もなくアイリのお尻触っちゃって!」

「こ、声に出さないでください! それに、変に意識しちゃった私が悪いので!」


 そうだ。私は男装してるんだ。


 だから、軽いふれあい程度でもセクハラになっちゃう可能性がある。


 うう……。

 今までジェファニー相手に手を握ったり、ぎゅってハグするのが普通だったから。


 完全に同性の友達に対するノリだったわ。


 これからは注意しなきゃ。


「ごめん。これからは気をつけるよ」

「いえ。私も大声出しちゃってすみません」


 少し照れくさそうに頭を下げるアイリ。


 うん。なんだかわからないけど、アイリの困った顔を見るとむずむずするわ!


 おっといけない。本題に入ろう。


「アイリ。今の子たち、ひょっとしてボクのせい?」

「い、いや……」

「そっか」


 アイリの表情からは肯定の意見が読み取れた。


 私を気遣ってか、口には出してない。

 けれど、今の光景とアイリの表情を見ればわかる。


 これは私のせいだ。

 私の身勝手で、彼女がいじめられたんだ。


「でも、シャルル様は関係ないです」


 そう思ったら、アイリが否定した。


 どういうことだろう。


「私、平民なんです。王都の端にある小さな家で暮らしています。魔法は貴族の方に多く発現するそうですが、私にも偶然魔法の才能があったんです」

「うん。大昔の大王が魔法の始祖で、その子孫たちが今の貴族らしいからね。だから貴族の子たちは魔法の才能があるんだよね」


 これはゲームでも少しだけ触れられていたわ。


 かつて世界を救った勇者たち。

 彼らこそ世界で最初の魔法使いだった。


 そして、それぞれの勇者が各国の王となった。


 そうして、子孫たちに魔法が受け継がれた。


 だから、魔法学園には貴族の子が多いのよね。


 でも……。


「稀に平民の子にも、魔法の才能がある子がいる。君もそうなんだね」

「はい……。普通は平民の子に魔法の才能があっても魔法学園には通わせないんです。平民の子が入学すると、無駄な軋轢を生みからって。でも……」

「君の才能は、それを無視するほどのものなんだね。だから特待生に選ばれた」

「…………」


 そりゃ、ゲームの主人公ですもの。


 特別な才能もなければ、主人公に選ばれないわよね。


 でも、そのせいで貴族の子たちの反感を買っているのね。


 魔法が使えるだけで学園に入学できる貴族と、暗黙の了解を破るほどの才能を見込まれたアイリ。



 アイリは頭を下げて謝った。


「シャルル様。先程は申し訳ありませんでした。王子様だとは知らず、無礼な真似をしてしまいました。許してください……」

「ちょ、突然なに!? ボクが誘ったんだから、気にしなくていいのに」

「いえ。私、この国の国民なのにシャルル様にあんな態度をとって……。自分が恥ずかしいです」


 あんな態度? 別におかしいところはなかったけれど?


 そもそも、突然貴族だらけの学校に入学させられたのに、言葉使いも所作も問題がない。


 これはアイリが独学で勉強してたんだろう。たいしたものね。


 私なんて、使用人たちに数年間鍛えられてようやくだもん。


 やっぱり主人公って凄い。


「アイリ。ボクは気にしてないから」

「でも、その……。私といることでシャルル様にご迷惑がかかります。それでは私が耐えられない……」

「ボクのことなんて気にしないで」

「でも……やっぱりごめんなさい!」

「あ! アイリ、まって!」


 アイリは走り去ってしまった。


 どうしよう。追いかけたほうがいいのかしら。


 でも。追いかけてもまた今みたいに避けられるだけよ。


 だからって、このまま放置しても意味があるのかしら。


「そもそもゲームでもアイリはいじめられてたわよね? だったら私がどうこうしても意味ないんじゃ?」


 そうだ。そもそも今回の件も、アイリが私と仲良くしてたからいじめられたんじゃない。


 それはあくまで口実。


 平民のアイリが才能を見込まれて特待生として入学した。


 根本的な原因はこれだ。


 だから、私がアイリと一緒にいようがいまいが、彼女のいじめが減るわけじゃない。


「主人公って、どうやっていじめを克服したんだっけ……」


 アイリのために、もう一度ゲームをおさらいする必要があるわね。


 前世の記憶を書き留めた、あのノートを。


 もう一度活用しなくちゃね。

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