第40話

 思えばいろいろなことがあったわ。


 転生したと思ったら悪役王子だったり。

 かと思えば実は女の子でびっくりしたり。


 ガレイにしごかれたのに剣の技術はそれほど伸びなかった。


 セイにいじられながら魔法の勉強をしても、未だに魔法はムーちゃんだよりだし。


 クリフは自発的にBL要素のある小説を集めて私におすすめしてくれるようになった。

 バトラーが立派になって私も鼻が高いわ。


 アルクは最近だと大人っぽくなったわ。

 遊びにさそうのは変わらないけど、落ち着いた雰囲気になったわね。


 タントリスは……会う度ににおいを嗅いでくるのだけはやめてほしい。


 ジェファニーはほぼ毎日王宮に来ている。

 最近は横に座って頭を私の肩に預けてくる。かわいい。


 マリーフェア姉様はジェファニーと家族に謝罪して反省したわ。

 今ではよくいっしょに会うの。女子会ってやつね!



 思えばいろいろな人との出会いがあったわ。

 この世界でやっていくため頑張ってきたけれど、出会ったみんなに支えられてここまでやってこれた。


 そうして、ついにこの時がやってきた。


 私、今日から魔法学園の生徒になります!



 ◆



「新入生代表シャルル・ノアロード君」

「はい」


 入学式で新入生代表の挨拶をすませて自分の列に戻る。


 周りの視線が痛いわ。

 みんながこっちを見てる。


「見て、シャルル様よ! 私初めて見たわ!」

「噂で聞いてた通り綺麗なお方ですわぁ……」

「わたくし、シャルル様のファンになっちゃいそう……」

「だったらファンクラブ作らないと! 私がファン一号ですわ!」

「まあズルい!」


 黄色い声が至る所から湧いている。

 ひょっとして女の子ってバレたのかしら……?

 よく考えたら、こんな大勢の前に出るのってこの世界じゃ初めてだもの。

 今まで女ってバレなかったけど、ここでもそうかはわからないわ。


「おい、お前みたかよ。シャルル様をさ」

「……ああ。王子様、なんだよなあ?」

「そのはずだぜ。でも、なあ?」

「うん。とっても綺麗な人だ……」

「俺、シャルル様推しになろっかな……」

「はあ!? お前マジかよ! シャルル様って男だぞ!」

「そうだそうだ! だいたいお前ジェファニー嬢を推すって言ってたじゃないか!」

「う、うるせえ! 誰を推そうが俺の勝手だ!」

「じゃ、じゃあ僕も……」

「あ、俺も俺も!!」


 うう。今度は男子たちが私を見て騒いでるわ。

 これ、本当に女ってバレてるんじゃないの……。


 こわ、気をつけよう……。


「流石殿下ですね。周りはすっかり殿下に夢中ですよ」

「バカシャルとはいえ王子なんだ。注目されるのは当然だろ」

「ふふふ。シャルル様は異性のみならず同性も注目しています。これはいいですね」

「もう! シャルル様は私のですわ! 誰にも渡しませんわよ!」

「まあまあジェファニー嬢。しかし王子はなぜああも顔色が悪いのでしょう。登壇した時は堂々としていたのに」

「俺様と違ってあいつは公務に慣れていないからな。今更緊張してきたんだろう」

「アルク様。確か今日は三年生は休みでは?」

「というか、アルク殿は補修があるって聞いていたのですが」

「ふん! 俺様がそんな些末事に囚われるものか!」

「そ、そうですか……」


 ◆


 さて、入学式も終わり教室での自己紹介も済んだわ。

 やけに教室がざわざわしてたけれど、とりあえず問題はなさそうだった。


 今日はもう学校も終わりなので、みんなで学校を見て回ることにした。

 アルクが先輩風を吹かせていろいろと案内してるのが微笑ましい。


「ここが図書室だ。俺様は使ったことないがな!」


 でしょうね。


「ここが料理室だ! 食糧があるからたまに食いに来るぞ!」

「ダメでしょ!?」


 王子のくせに何やってるのよ。


「ここが屋上だ。普段俺が寝ている場所だな」


 そんなんだから補修ばっかりになるんでは?


「ここがグラウンドだ。魔法を使っても大丈夫なような設備が整っているぞ」

「ほう、それは面白そうだ」


 セイが興味を抱く。

 ついでにガレイもワクワクしている。


 この二人は王宮の訓練場じゃ手狭になってるものね。

 火力が高すぎて。


 ガレイが本気出したら訓練場全域が炎で飲まれるんじゃあないかしら。

 人間やめてるわ。


「そしてここが中庭だ。物好きなやつらはここで昼食をとるらしい」

「この全然興味なさそうな顔!」


 アルクったらもう飽きてきてるじゃない。

 あくびして、目も眠たそうだし。


「あー悪い。俺様ちょっと眠いから屋上で寝てくるわ」

「ちょっ」


 ひょっとして普段からこんな感じで授業サボってるんじゃないでしょうね。


「どうしますか殿下。一通り学園内は見回りましたが」

「うーん。そうだね、今日のところは解散でいいんじゃないかな」

「ええ。あしたから学校も始まりますし、興味があればその時調べればいいですもの」

「そうか。じゃあ今日は解散ってことで。じゃあなバカシャルと愉快な仲間たち」


 セイは一人でどこかへ行っちゃった。

 なによ、一緒に帰るくらいしてくれたっていいじゃない。もう。


「シャルル様、私も迎えが来てるので今日のところはこれで。失礼いたします」

「うん。気をつけてねジェファニー。また明日」

「はい。また明日」


 ジェファニーが帰るのと同時に、タントリスがこっそりとついて行く。

 マリーフェア姉様の件は終わったけど、どうせならジェファニーの護衛を続けて貰うことにした。


 私の婚約者っていう立場は、予想以上に危険なんだって身をもって知ったからね。

 タントリスも報酬分は働くといって了承してくれた。


「さてクリフ、ガレイ。残りはボクたちだけだ。帰ろうか」

「はい」

「ではそのように。迎えを寄越しますので少々お待ちを」


 迎えの馬車がくるまで数十分。

 さて、この中庭で暇つぶしでもしようかな。



「ぐす……ぐす……」

「ん?」


 近くから小さな泣き声がした。


 辺りを見回すと、中央の木の裏に、座っている人影があった。


「シャルル様、どうされましたか?」

「ごめん。二人はそこにいて」


 木の裏に回ってみると、そこには足を抱えてうずくまる少女の姿。


 大事そうにバッグを抱いて、涙を流している。


「君、どうかしたの? とても悲しそうだ。何かあったのかい」


 怪しまれないように最大限優しそうな声色を出してみる。


 使用人たちに仕込まれた王子スタイルだ。これで警戒心を解く。


「ぐす……うう……」

「泣いているね。ほら、このハンカチを使って」

「す、すみません。ありがとうございます……」


 小さな手で私のハンカチを手に取る少女。

 少女は涙を拭い、ようやくその顔を上げた。


 彼女の顔は例えるなら太陽。

 この世界では珍しい黒みがかった茶髪と、幼いけれど整った容姿。

 目は宝石のように輝いて、そして大きい。

 あどけない顔は守ってあげたくなるような気分にさせる。


 ひと言で言えば愛玩犬。


 そんな美少女だった。


 あれ。どこかで見たことがあるような顔ね。


 いや気のせいね。この子と会うのは初めてだもの。


「すみません。ハンカチは洗ってお返しします」

「ああ。そんなこときにしなくていいよ」

「だ、ダメです! ママから借りたものは綺麗にして返しなさいって言われてるんです!」


 ママ、ですって。見た目通り可愛らしい子なのね。


 それにちょっと頑固? いや一生懸命って言うべきかしら。


「ところでなぜ泣いていたの? よければ教えてくれないかい」

「はい。実は私、この学校には特待生として入学したんです。でも、私の家は平民で……。だからクラスのみんなに嫌みを言われて。だからちょっと落ち込んで、ここで泣いてたんです。すみません、お恥ずかしい……」

「へえ、君特待生なんだ。すごいね!」


 私なんて入学ギリギリラインなのよ。


 なにせムーちゃんがいないと魔法使えないし、闇魔法だし。


 正直事情を説明しなかったら入学できなかったんじゃないかしら。


 ゲームのシャルルはお金で入学したらしいけれど、流石にそれは……ねえ。


「え、あなたは怒らないんですか。特待生が平民出身だって」

「怒るって何に? 別に君が特待生を辞退しても、ボクが特待生になれるわけじゃないし意味ないよ。それよりも、自分の腕を磨いた方が有意義でしょ」


 もっとも、魔法の腕なんて全然伸びてないけれど!


 もう数年間毎日鍛えてるのにね!


 泣きたくなるわ、本当……あはは。


「それよりも辛かったね。ねえ、もし君がよければ一緒に食事とかどう? ボクの友人もいるけれど、それでもよければさ」

「え? 私なんかをどうして……」

「だって特待生でしょ? ボクの友達にも魔法が得意なやつがいるけど、彼も特待生にはなれなかった。それほど凄いなら、是非仲良くなりたいなって」

「えっと……」


 少女はすごい迷った顔をしている。


 うーん、いきなり過ぎだったかしら。


 少女は少し考えた後、小さい声で言った。


「あの、私でよければお願いします……」

「うん、よろしく。ボクはシャルル。君は?」

「私……。私はアイリです」

「アイリ。いい名前だ。これからよろしく」

「はい。よろしくお願いしますシャルル様」


 アイリか。名前まで可愛らしいなんて奇跡ね。


 ところで特待生でいじめられっ子ってどこかで聞いたことあるんだけど、これも気のせい?


 なんか大事なことのような気がするのよね。


 でもアイリって名前は初耳だし、関係ないわよねきっと。



 こうして、学園内で最初の友達が出来たわ!

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