第39話

さて、目の前の悪そうな姉とどう話すべきか。


私が二人っきりになろうと提案したんだから、こっちから話すのが筋よね。


「姉様、単刀直入にお聞きします。ボクの事情についてはご存じですよね」

「ええ。当然じゃない。あなたが産まれる瞬間に立ち会ったんですもの。長女から五女までは全員周知の事実よ。まあ、五女のブーティカはまだ幼かったから、よく覚えてないでしょうけれど」

「そうですか。ならボク……いや私が女だってことは隠さなくてもよさそうね」


私がそう言うと、マリーフェアは意外そうな顔をした。


「あら、あなたって素はそういう喋り方なの。うふふ、まるで女の子じゃない」

「そうよ。私は女だもの。いくら隠し通そうとしたって、変えられない事実だから」

「可哀想なシャルロット……。ちょっと魔力が高かったくらいで、勝手に男児として育てられるなんて。そのせいでお父様からは腫れ物扱い、ろくに親の愛情も注いでもらえたこともない哀れな忌み子」

「ええ。おかげで結構大変な目にあってきたわ。正直、なんで私がって思うことも少なくなかった」


というか、現在進行形だけどね。


あと数年もしたら破滅フラグが襲いかかってくるんだもの。


普段から悩まされてるわ。心労ぱない。


「そう。じゃあ王位を継ぐのをやめたらどう? 嫌なんでしょう、男装なんてしてるのが」


マリーフェアは意地の悪い表情をする。


うーん、悪い魔女って感じの顔。

鋭い目の美人で、黒い装飾も相まって悪の女幹部感がすごいわ。


「私が嫌っていっても、そう簡単に辞めれないでしょ。あの頑固親父がハイそうですかって了承スルトは思えないわ」

「ぷっ。お父様のことを頑固親父だなんて。あなた中々言うわねぇ」

「事実でしょ。私が聞き分けのいい子だったからいいものの、これで不良娘だったら絶対反抗してたわ! むしろ感謝して欲しいくらいよ!!」

「そう……」


だいたい、ゲームのシャルルだって何で反抗しないのよ。

そんなに王座が欲しいの?


まあ実際反抗しようものなら追放されそうだから、やるはずないか。


私はいざとなったら王にキレそうだわ。

気をつけなくちゃ。


「姉様。今回の件、ジェファニーを亡き者にして後釜に姉様に関わりある貴族をあてがうのが目的ってことで合ってますよね。最終的に、その貴族の娘を通じて実権を握るつもりだったんでしょ?」

「そうよ。でもあなたに証拠を掴まれた。否定する気もないし、お好きにどうぞ?」

「私がことを公にすればどうなるか。姉様ならわかってるでしょ」

「ええ。死罪はないでしょうけど、間違いなく追放されるわねぇ」


どういうこと?

マリーフェアは言い逃れるそぶりもみせず、完全に容疑を認めちゃったわ。


それに、自分が王家から追放されることもわかってるみたい。


じゃあ何で抵抗しない?

ひょっとして、何か策があるかも?


「王家じゃ無くなるって言うのに、大して怯えてないわね。姉様のことだから、平民になっても大丈夫なようにコネでもあるんでしょう?」

「あるわけないじゃない。私と繋がりある貴族は、私が平民落ちしたら関わり合おうなんてしないわよ。私が王族だから取り入ってるってだけの連中だもの」

「じゃあなんで冷静なのよ!?」

「諦めてるからよ!!」


な、何て潔い……!


廃嫡されるかもしれない。伝手もなく、コネもない世界に放り出されるかもしれないのに。


かたや破滅フラグに怯えている私。


スケールの大きさで負けたわ……。


「…………っ!」


あっ。


口の端が震えてる……。


そっか、そうよね。

怖くないわけがないもの。私だって毎晩のように夢見るわ。

破滅フラグ通りになってしまったときのこと。


だからわかる。


胸がきゅーって冷たくて、頭がサーって血の気が引く。

誰かに助けを求めたいけど、誰も助けてくれない。

そんな感覚。


マリーフェアは、私と同じなんだ。


私と、そしてシャルルと同じなんだわ。



「姉様、一つ確認していいかしら」

「なに? 犯行を認めて動機も話した。お先真っ暗なこともわかったでしょう。これ以上、何が聞きたいというのかしら」

「姉様、なぜこんなことをしたの?」

「だから、将来あなたの妻を通じて裏で実権を……」

「そうじゃなくて」


王政の影の支配者となる。

それはあくまで手段。


実権を握ってまでやりたかったことは何?


ゲームではシャルルの姉妹は出てこない。


それは、シャルルが王位を継ぐことに不満はない。

もしくは妨害するつもりがないってこと。


だというのに、この世界ではマリーフェアはこうして事を起こした。


そうなる理由があるはずよ。


「ねぇ、こんなことをしてまでやりたかったことって何?」

「それ、は……」

「きっと姉様は元々はジェファニー暗殺なんて企ててなかったんじゃないかしら。けれど、何かがきっかけでそうしなきゃいけなくなった。それはなぜ?」


マリーフェアはしかめっ面で、しぶしぶと言った様子で答える。


「…………あなたよ」

「はい?」

「だから、あなたのせいって言ってるの」

「え? 私が落ちこぼれの悪役王子だから貶めて、王座を奪おうとしたって?」

「違うわっ! ……そうじゃなくて、あなたが不憫だからよ」


ん? 私が不憫だから、私の婚約者を襲って実権を握ろうとした?


サイコパスかしら?


私の理解力が足りないのかしら。


「えっと、つまり私が可哀想だからいっそのこと始末してやろうと?」

「だから何でそうなるっ! 男装して王子を演じるっていうのが可哀想だから、せめて政治は私が担ってやろうってことよ!!」

「わかりにくいわよっ!!」

「わかったら意味ないでしょうが!!」


それはそうだけども!


でも回りくどいでしょ!?


「はぁ……。姉様が私を哀れんでくれたのはわかったわ。でもだからってジェファニーを殺そうとしたのは許せないわ」

「……あなたがあそこまでオルコット家の子女と深い仲になってるとは思わなかったのよ」


ゲームだと冷え切ってるしね、シャルルとジェファニー。


「で、どうするの。私を憲兵にでも突き出す? 私は逃げる気はないわ。もう詰みだし」

「私は……」


マリーフェアを糾弾する。


そのつもりだった。


でもこうして話を聞いていると、どうやらジェファニー暗殺の責任の一端は、私にもあるような。


だって、ゲームだとマリーフェアはジェファニー暗殺を企てない。


しかし、この世界だと私を哀れんでジェファニーを暗殺しようとした。


つまり、シャルルが私になったから。

悪役王子じゃなくなったから、こうなっちゃったってわけ。



……あれ、だいたい私が悪くない!?


ジェファニーが危険な目にあったのも、マリーフェアが暗殺しようとしたのも。

どっちも私のせいじゃん!!


…………これは、まずいわね。


「……姉様」

「なによ」

「こ、この件は不問にしない?」

「は? 何を言っているの。あなたの婚約者……まあ友人と言った方が正しいかしら。その子を殺そうとしたのよ」

「ですが、それは私を思ってのことでしょう? それに、私とジェファニーが仲がいいって知ったらこんなことしなかったでしょう?」

「それは……まあそうね」


やっぱり。悪そうな顔してるけど、流石に進んで殺人をやるような人じゃないのね。


そこまでして私を救おうとしてくれたんだ。


それを見捨ててゲームのシャルルと同じ目に遭わせるなんて、出来ないわ。


やり方は間違ってたけど、私のために動いてくれた、この世界で出来た姉を。


「互いに行き違いがあった。こうして話し合って誤解が解けた。それでいいじゃない」

「それでいいの? あなたはそれで許せるの?」

「許せないわ。でも、正直わからないの。だって姉様のこと、姉妹だって認識したことないんだもの。だから知りたかった。そしてわかったわ。姉様は私が思ってた以上に、私のお姉ちゃんだった。だから、私は助けたい。姉様が私を助けようとしてくれたように、私が姉様のことを助けたいと思ったわ」

「シャルロット……」


これは本心だ。


ジェファニーに酷いことして、このやろー! という気持ち。


私を思ってくれたマリーフェアを助けたいという気持ち。


二つの相反する思いがぐるぐるしてる。


こういうときは最初に頭に浮かんだことを実行するのがいいわ。


だから、もう決めた。



「姉様、仲直りしましょ!」

「なか、なおり……」

「ええ。今回の件は姉様が悪い! でも、許す! だって私たち姉妹でしょう?」

「……ええ、そうね……。ありがとうシャルロット。こんな私をまだ姉だと呼んでくれて」


マリーフェアの手を取り、ぎゅっと握る。


とても冷たい手だった。真冬の雪みたい。


でも手が冷たい人は優しい人だって。だからこの人はきっと、根は優しい人なんだ。


私はそう信じたい。




信じるために、話し合う。

理解するために。

そして許す。


そうすることで、私は一番遠く興味がないように感じていた姉を、ゲームのシャルルみたとても近くに感じられた。

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