第37話

「大丈夫ですかシャルル様……」


 心配そうな顔のジェファニー。

 きっと私はとても疲れた顔をしてるんだろう。


「うん。大丈夫だよ……うん」

「私のせいで……多忙なら無理なさらないでくださいね?」

「そんな! ジェファニーと会う時間がなくなるなんて嫌だよ! 体調が悪くても絶対なくすもんか!」

「まぁ……シャルル様ったら……」


 白い雪のようなジェファニーの頬が紅潮する。

 まるで節減に紅葉が落ちたかのようだ。


 とてもかわいいわ。


 女の子同士だけど、ぎゅっと抱きしめたくなる。


 いっそ抱きついちゃおうかしら。その後が怖いけれど。



「ふんふん、美少女同士の美しき友情……いいものですね」


 どこか遠くから不穏な声がした。


 この声の主が私の悩みの種だ。


 ジェファニーの護衛をするようになってから、気のせいか彼の視線をずーっと感じる。


 それがストレスになっちゃってるわ。



『おいマスター。心にささくれが出来てるぞ』

(わかってるなら魔法であののぞき魔どうにかしてよ……!)

『無理だ。あやつ目がいくつもあるのか? こちらの気配を感じているのに、周囲の警戒も怠っていない』


 強キャラだもの。しょうがないわよね。


 でも本当に、顔を合わせる度ににおいを嗅ぐのはやめて欲しい……。


「と、ところでジェファニー。あれから変わったことはないかい?」

「はい。襲撃らしきものもありませんし、問題ありませんわ」

「そう。それならよかった」


 ちゃんと仕事はしてるみたいねタントリス。


 さすが一代で爵位ゲットした有望冒険者。


「何事もなくてよかったけど、早く犯人が捕まって欲しい。ジェファニーの身に危険が及ぶのは嫌だからね」

「ええ。シャルル様のお手を煩わせるのも申し訳ないですし、事態が収束してほしいですわ」


 まぁ、そう簡単に犯人が捕まるとは思えないけど。



 ◆


 それから数日後――


「王子。例の襲撃犯を確保しました」

「早っ!?」

「王宮からオルコット嬢の帰宅途中で襲撃してきましたので。とっ捕まえました。【早業のタントリス】と呼ばれるのは伊達じゃありません」



 早すぎるわ! 思わず素の声で驚いちゃったじゃない。


 っていうか、襲撃犯のシリカ……だっけ? この子どうして亀甲縛りされてるの……。


 口も布で塞がれてるし、見た目がきわどい!


「ふふ、なかなかいいながめですよ……」

「あんたの仕業か!」

「おっと王子、人前でその言葉遣いはよろしくないかと」

「くっ……正論言われてむかつく……!」


 タントリスは王子がそんな言葉遣いはよくないというのと、若干素の口調になってることの両方を注意したんだろう。


 でも私とそう年の変わらない少女を亀甲縛りにしてご満悦なタントリスには言われたくない。


 ジェファニーなんて顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってるじゃない! 教育に悪い!


「あら……なんてすごい……」


 いや違う! ジェファニー思いっきり見てるわ!


 指の隙間からチラチラとシリカのこと見てる!


 だめだめ、ジェファニーがこんなの見ちゃ!


「さ、さあジェファニー。ここからはちょっと大事な話があるから、別室で待っててくれるかい?」

「え、そんな……。でもシャルル様がおっしゃるのでしたら、わかりました……」


 凄く名残惜しそうに出て行った。


 大丈夫かしら。変な趣味に目覚めないといいけど。


 前世の親友のゆりちゃんは、アニメの推しキャラが主人公を縄で縛ったのを見て、同じ気分を味わいたいと自分で自分を縛ったことがあったわ。半裸状態で。

 でも縄がほどけなくて親に助けを求めて、その後家族会議になったらしい。


 ジェファニーにはゆりちゃんと同じ道は辿って欲しくない。



 ジェファニーが退出して、部屋のは私とタントリス、セイ、クリフとガレイ。それと補修が終わってまた遊びに来るようになったアルクがいた。


 こうしてみると、初めて攻略対象全員が一堂に会するのね。


 イケメンが五人、壮観だわ。



 まず最初にセイが口を開く。


 シリカの口の布を外して質問をはじめた。


「さて、これはどういうことかなシリカ。なぜ貴様がそんな格好をしてここにいるのかな?」

「…………」

「ふう、だんまりか。まあ普通は口を割らないよなぁ。俺だってそうする。だが忘れちゃいないだろうな。お前は俺の部下だということを」

「…………っ」


「えっそうなの」


 初めて聞いたんですけど。


 何その情報、どうして教えてくれなかったの?



 私が驚いた顔をしていると、ガレイが小声で補足してくれた。


「殿下、セイ殿は宮廷魔法師団の時期団長を約束された立場です。彼は現在、魔法使いとしてはこの国のトップ。しかし年齢と立場からまだ団長にはなれていないのです」

「へぇ、ガレイと似た立場だね」

「そうでしょうか? 私の場合父上から『早く団長になってくれ。お前の練習相手になるのはもう無理』と冗談を言われますが、私などまだまだ未熟ですよ」


 いや、それきっとガレイのお父さん本気で言ってると思う……。


 最近のガレイはシュピン! って音がしたかと思うといつの間にか背後に移動している化け物だもの。


 もはや剣術が道とか言うレベルじゃないわ。


「セイ殿は腕自体はトップで、現団長の相談役として重宝されています。魔法師団の団員は現団長以外、実質セイ殿の部下も同然なのです」

「なるほどね」


 つまり副団長みたいなものね。


 いや、副団長は既にいるからより偉いのか。ややこしいわね。


 でもセイがそれほど凄腕の魔法使いなんて、ちょっと嬉しいわ。


 友達が部活でインターハイ出場したような気分。運動部の友達いなかったけれど。



「おい、さっきからだんまりか。現行犯で捕まえた以上言い訳できんぞ」

「くっ……殺せ!」


 くっころ! くっころだわ! 生くっころよ、初めて聞いたわ!


 って喜んでる場合じゃない。シリカは強情でなかなか情報を吐こうとしない。


 こうなったら普通は尋問とかするのかしら。……ちょっと嫌ね。



 シリカは一向にセイの問答に答えない。

 すると、次にアルクが前に出た。


「おい貴様。俺様のことは知っているな? フレンテーゼ王国の第一王子、アルクショット・フレンテーゼだ。貴様は俺様の友の婚約者を襲撃したのだ。それは俺様の友も同然。その行為は挑戦状と受け取っていいのだな?」

「なにを……」

「この事件が明るみに出れば間違いなくフレンテーゼ王国まで伝わる。そうすれば、フレンテーゼはこの国の王宮へ大きな不信感を抱く。王子の俺様がいる中こんな事件を起こしたのだからな。そうすればどうなるか、想像するまでもあるまい」


 外交問題。


 実際はアルクに何の危害も加わってない。

 でも、アルクが言えばフレンテーゼ王国はなにかしらの行動を起こすだろう。


 そうなれば、友好国の一つを失い、ノアロード王国は大打撃を受ける。


 シリカの主人、第三王女のマリーフェアがこの国の主権を握ろうとしても、国そのものが傾いたら意味がない。


 アルクはそう脅しているのだ。


「今のうちに洗いざらい吐けばこの件は俺様の胸の中だけにしまっておこう。フレンテーゼには伝えまい。だがもし貴様がこのまま黙ったままなら、俺様も口を滑らせてしまうかもしれんな」

「う…………!」

「さあ吐け! 貴様の雇用主の名前を! 貴様の口から言うんだ!」


 しかしシリカは言わない。


 とても青い顔、怯えているわ。


 いったい何に? アルク? セイ? それとも主人のマリーフェア?


「っ…………」


 だめだ、シリカは一向に喋らない。


 張り詰めた表情のまま、固まったように喋らない。


 こうなったらもう、無理かも。



「少し、いいですか」


 そんな中、タントリスが割って入る。


「わたしも冒険者として盗賊を捕まえることがあります。当然情報を吐かせるために拷問もやります。きついものです、人の心を折る行為というのは」

「タントリス卿……」

「ですがご安心ください。わたしの尋問は肉体を一切傷つけずに心を折るもの。人道を尊重した方法があるのです」


 え、それって精神攻撃とかそういうやつじゃない?


 逆にエグいような気が。


 というか、タントリスそんなことするキャラだっけ!?


「では……いきますよ!」


 タントリスはオカリナを取り出すと、深呼吸をして楽器を吹いた。


「~~~♪ んんんん~~~~♪ っっっ~~!」


 この前の曲とは違い、ちょっとアップテンポな曲だ。


 でも、だからなに……? なぜ急にオカリナ吹いたの?


 ほら、セイや他のみんなもぽかーんてしてる。


 襲撃犯のシリカも呆然としちゃってるもの。


 この空気、気まずい……!



「く……ふふ……ふふふ……」


 突然、シリカが笑いはじめた。


 何がおかしいのだろうか、ひょっとしてタントリスの行動がツボにはまった?


 そんなわけないわよね。きっと馬鹿げてると笑ってるんだわ。


 ほら、大口を開けて笑ってるもの……あれ?


「あはははは!! ちょ、ちょっと……!! む、むり! あは、あははははは!!!」

「……ええ?」

「ひぃぃ! そこ、だめぇぇ!! ほんと、だめだから……! あは、あはははは!!!」


 シリカは大笑いしている。


 その姿にみんな困惑している。


 唯一、タントリスだけ満足げだ。


「ふん~~~♪ ふふふ~~~ん♪ んんん~~~♪」

「あははははっ! しぬ! 死んじゃう!! あはははは!!」

「ぷは……。さあ、吐く気になりましたか? まだまだ序の口ですよ。わたしの尋問のロンドはまだまだイントロにさしかかったばかりです」

「はぁ……はぁ……。ちょっとくすぐったくらいで調子に乗らないでよね。私は絶対に口を割らないわ!」

「そうですか。では……。ふんふ~~~ん♪ ふふふ~~~ん♪」


 オカリナの音色が鳴る度にシリカは体をねじ曲げるほど笑う。


 これはひょっとして……。


「ねぇタントリス。もしかして君の魔法で……」

「ぷはっ……。王子、いまいいところなのです。少女が苦しみにもがき、涙を流して耐える姿。とても絵になります……! このタントリス、久々に演奏のしがいがあるというもの」

「この変態め! どうでもいいけど、君の魔法でくすぐってるってことでいいんだよね?」

「はい。わたしはオカリナを通して風魔法を使います。この風は防具をすり抜けて敵に直接攻撃を当てることが出来ます」

「おおっ!」


 すごいじゃない!


 あ、そういえばタントリスの攻撃ってゲームだと必中技だったわね。


 あれってこういうことだったのね。


「敵の防具をすり抜ける……。それに気付いたとき、わたしはひらめいたのです! 風で相手の体を直接くすぐれると!」

「………………サイテー」

「勘違いしないでください。わたしは普段からそんなことに使用しません。必要に応じて使うのです」

「いやどっちにしても最低だよ!?」


 恐ろしいことこの上ないわタントリス……。


 何が恐ろしいって、必中攻撃だからくすぐりから逃げられないのよね。


 どんなに体を動かしても、必ずくすぐられる。


 ひょっとしたら最強かも……。


「では演奏に戻ります。んんん~~~♪ うんふふ~~~ん♪」

「あは! あははは!! むり! むりむりー!! あはははは!!」




 シリカが口を割るまで、一時間。


 タントリスは実に楽しそうにフルートを吹いていた。


 それを見ていた私たち、ドン引き。



 事態の解決に一歩前進したのに、気分は後退しちゃったわ。



 恐るべし、タントリス……!

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