第36話

「今回は好条件の依頼を発注していただきありがとうございます。わたしがかの武名高き【風音のタントリス】です」

「よ、よろしく……」


 自分で武名高きって言った! 二つ名を自分で名乗った!


 ゲーム同様、かなり癖の強い性格のようねタントリス……!




 私は王宮から離れた場所にある、セイの家が出資しているバーにいた。


 ここは公爵家が密会用に使うらしく、政治的な密談をするにはもってこいの隠れ場らしい。


 で、話し相手はというと五人目の攻略対象タントリス。


 ジェファニー護衛の件で依頼を発注して、事前の相談をすることとなった。


 ちなみに私のそばにはクリフ、タントリスから見えない席にガレイが控えてる。


 用心のためガレイがタントリスのようすを伺っているのだ。

 あの子がいるだけでもめごとになったとしても負ける気しないわね。



「まさか依頼主が王族の方だとは思いもよりませんでした。これも風の導きでしょうか」

「瞞すような真似をして済まないねタントリス卿。貴殿の噂はボクの耳にも届いている。その腕を見込んで今回の依頼、引き受けてくれないだろうか」

「それは構いません。わたしとしても金額に一切の不満はありませんし、何より怪しい依頼ではなく王族護衛という内容。わたしの名を上げるにうってつけだ」

「はは、ボクの依頼を利用して知名度を上げるつもりかい。そういうことを隠さずに言うんだね」

「ええ、わたしは正直者のタントリスと地元で名が通ってましたので」


 タントリスは女性のような長い髪をフサッっと手ではらう。

 気のせいか綺麗な粒子が髪から溢れてるように見える。

 髪の色と同じ、曙色の粒子がキラキラしているわ。


 こ、これが美形のオーラ?


 なんだかアルクとはまた違ったキザな人ね。


 ゲームでもこんなだったような、ちょっとクドいような……?



「ふふふ、王子も私を選ぶとは見る目がある」

「そ、それはどうも」

「ふふふ、ふっふっふ……」


 糸目だから何考えてるかわからないわ。


 美形は美形なんだけど……。


「本題に入ろう。君にはジェファニー・オルコットの自宅と王宮の行き帰りと、宮中にいる際の護衛をお願いしたい。彼女はボクの大事な婚約者だ。みすみす暗殺者に殺されてたまるか」

「なるほど、政治的暗殺ですか。やれやれ。王族も大変ですね」

「犯人の特定も済んでいる。賊は同じ王宮の人間だ。だが今のままだと糾弾しようにも材料が足りないんだ」

「ほう? 犯人がわかっているのなら、特定するに至った経緯を説明すればよいのでは?」


 もっともなことを言う。


 そう、犯人がわかってるんだから直接本人のところにいって文句を言えばいい。


 私もそう思った。



 でもセイはそれではダメと言う。


 なんでも、毒の薔薇という魔法はシリカしか扱えないが、『毒の薔薇』自体はいくらでも用意できる。


 それでは襲撃犯がシリカだと断定できない。


 魔法で出来た薔薇も、闇魔法の効果が切れて消えちゃったしね。



 あとは刺繍が入った黒い布きれだけど、これも証拠としては弱い。


 犯人がマリーフェア一派に疑いが向けられるよう、わざと持ち歩いてたとか指摘される。



 つまり証拠として必要なのは本人の生け捕り。


 それと自白してくれれば言うことなしね。



「そうですか。ではわたしの役目はオルコット嬢の身の安全の確保および襲撃犯の身柄を捕らえるということでよろしいですね?」

「うん。お願いできるかな?」

「任せてください。このタントリス、報酬を先払いで全額いただいた以上、金額相応の働きをしてみせます」

「そこは金額以上じゃないの……!?」


 なんだか不安になってきたわ。


 大丈夫なのかしら……。


「さあ、新たなる出会いを祝して風の音の乱舞を!!」

「え? え?」


 タントリスは胸元から小さな楽器を取り出した。


 オカリナってやつよね。実物は初めて見たわ。


「では……!」


 オカリナに口をつけてバーで勝手に演奏しはじめるタントリス。


 マスター含めて店の客全員呆然よ。


 曲名も『風の乱舞』なんて言ってたけど、すっごいバラードっぽい曲調。


 なんかもう、この会話だけで疲れたわ……。



「~~~~♪ っ~~♪ んん~~~♪」


 ガレイは興味深そうに眺めているけど、クリフは顔が引きつっている。


 この場合クリフの反応が普通よね。


 よかった、この世界でもタントリスの行動ってドン引きする行動なのね。


 これでバーの客が一斉にスタンディングオベーションしようものなら、私は自分の価値観を破壊されてたところだった。



 ◆



 依頼の内容確認も済み、明日から早速護衛について貰うことにした。


 バーでの密談は終わり、各自時間をずらして店を出ることに。


 王子と執事、騎士団長の息子と有名冒険者だもの。

 一緒に出てきたら噂になりかねない。



 タントリスは最初に店を出た。

 演奏し終わった直後だからか気分が良さそうだった。


 そりゃ長々と一〇分もオカリナ吹いてりゃご満悦よね!!


 ずっとしっとりとしたバラード調の曲聞いてるこっちのことも考えて欲しい。


 ちなみに曲のできばえはよかった。ちょっと悔しい。



 次いでクリフとガレイに先に帰って貰って、最後に私が店を出た。


「さて、安全な大通りに出てそのまま帰ろうかな……」

「王子」

「きゃああ!! ……ってタントリス卿!? ど、どうしたの?」


 今この瞬間まで誰もいなかったのに、なんで私の背後に!?


 っていうか、思わず女の声で驚いちゃった! だ、大丈夫かしら……。


「実は王子に聞きたいことがあって戻って参りました」

「聞きたいこと……? えっと、依頼内容で何かわからないことで――」



「なぜあなたは男の姿でいるのですか?」



「――――え?」


 ……え?


 今、なんていった?



「王子、いえあなたは王女ですよね? ですが周りからは王子と呼ばれている。ひょっとして政治的なアレですか? ふう、王族って大変なのですね」

「え……あ、いや……なっ」


 ま、まずい。言い訳しないと!


 口ごもってたら認めたことになる。

 早く、早く何か言わなきゃ……!


「タントリス卿何を言ってるのかな、ボクは正真正銘男……」

「あ、そういうの大丈夫です。わたし妹がいるんで美少女のにおいに敏感なんです」

「は……妹?」


 あ、そういえばゲームでも設定上いたわね。

 病気の妹を助けるためにお金稼いでるんだっけ。


 って、そうじゃなくて!


「いやいや、だからボクは男……」

「わたしは騙されませんよ。美しい女性から醸し出される透き通った花の香り。風に運ばれる香りは嘘をつきません。あ、安心してください誰にも言いませんので。ただ疑問に思っただけです」

「あ、えと……」


 これは、もうごまかせないか。


 ……仕方がない。


「そう、バレちゃったか。仕方がない。そう、ボクは女だよ。わけあって男装している。これも全部――」

「あ、大丈夫です。わたしは単に王子が女の子か確認したかっただけ何で。スンスン……この香り、まさかわたしの妹に匹敵する美少女の香り……」

「ひっ」

「あ、お時間取らせてすみません。あしたからまたよろしくお願いします」

「え、あ……うん、よろしく……」

「ふっ、今日もまた美しい女性と出会ってしまった。これもまた風の導き……では!」


 強い風が吹き、タントリスはそのままどこかへと消えてしまった。


「な……ななな、な……!!」



 もー! なんなのよあいつ!!!!


 シリアス展開に入るかと思ったら全然そんなことないし!


 私の首元のにおい嗅いで満足げな顔して帰っただけだし!


 ってゆーかあいつただの女好きじゃん!!


 天然キャラ通り越して脳内ピンクじゃん!! 意味分かんない!!!



「はぁ~~……明日から不安だわ……」

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