第35話
「うーむ。まさかこの世界の自分の姉に婚約者の命を狙われることになるなんて。予想だにしなかったわ……」
というか、そもそも腫れ物扱いされてる私は姉妹たちと関わりがないのよね。
パーティーで他人行儀な感じで声をかけられたりはするけど。
だいたい、年に数回しか会わないから姉妹って認識がないわ。
前世はお姉ちゃんがいなかったから、姉妹にある種の幻想があったけど現実は冷たい。
「まさか妹の婚約者なんて許さないわ! なんてヤンデレお姉ちゃん的展開があるわけないし……。セイの言うとおり政治的な目的かしら」
セイが言うにはジェファニーを亡き者にして自分とつながりのある貴族を私の婚約者にするのが狙いらしい。
よくわからないけど、それで権力が得られる目論みがあるんだって。
「べっつに王様になりたいわけじゃないし、むしろ交代して欲しいくらいだわ。でもだからってジェファニーを狙うのは許せないわね。例えお姉ちゃんでも」
ジェファニーは今私の部屋に匿っている。
このまま家に帰すのも、宮中を出歩くのも危険と判断したからだ。
大丈夫? と声をかけても小さい声で返事をするのがやっとみたい。可哀想だわ。
『勇ましく賊を追うシャルル様……かっこいい……』と呟いていたけど私に気遣ってくれたんだろう。たぶん。
「問題はどう解決するかよね。姉妹の話なんてゲームじゃ全くなかったし、困ったわ。他の姉妹を頼る……? いや、長女と次女は他の国の王族へ嫁に行ってるし、四女は三女と仲がいいってセイが言ってたわ。五女はまだ魔法学園の生徒で頼れないし、妹たちなんて私の事情を知らないから無理ね」
つまり姉妹の仲に味方はいない。
ロンリーな女、それが私。シャルルはとことん身内に滴が多いわね……。
「犯人のシリカって子を見てきたけど大人しそうな子だったわ。とてもあんな子が暗殺を仕様としたなんて思えない。……それにしても、王宮魔法使いなんて偉い立場の人が暗殺を請け負うなんて危ないことするわね。普通暗殺者って専門の人がするんじゃないの? 詳しくないけれど」
ひょっとして長女の周りって人材不足なのかしら。
それともこの国に暗殺専門の人材がいないの? それはそれで平和でいいことだと思うけど。
「まず優先すべきはジェファニーの護衛ね。また狙われる可能性は高いし、私たちの誰かが常に一緒にいるわけにもいかないわ。怪しまれるしね」
ということは護衛を雇うわけだけど王宮を出入りする人間は基本的に信用できないわ。
だってシャルルの味方なんていないんだもの。
素直にしたがってくれるような人はいない。既に他の姉妹と繋がってそうだわ。
「王族、もしくは貴族とつながりのない外部の人間を護衛に雇わなくちゃ……って、それこそ私にコネなんてないじゃない!!」
こういうとき自分のぼっち具合に落胆するわ!
私の知り合いなんて攻略対象の四人とジェファニー、それと身の回りの世話をする使用人とスイーツを作ってくれるシェフくらいじゃない!
両手の指と右足の指で足りる交友範囲よ! 少なっ!
「うーん……」
「シャルル様、失礼します」
扉にノック。この声はクリフね。
私はクリフに入室の許可を出す。
クリフは部屋に入ってくるといくつかの資料を抱えていた。
資料の量はそれ程多くなくて必要最低限まとめた様子。
うんうん、最初の頃に比べて成長してるわね。主人として嬉しいわ。泣いちゃいそう。
「どうしたんだいクリフ。その様子だとジェファニー絡みかな?」
「はい。ジェファニー様暗殺未遂の件でセイ様とガレイ様に相談したのですが、護衛を雇うのが得策ではないかと」
「ボクも同じ考えに至ったよ。でも王宮にいる人間や、それと繋がりある者はだめだ。雇うなら外部の者でないと」
「そう思って候補者のリストをまとめてきました。護衛には冒険者を雇うのがベストかと。彼らは金で雇われる人物ですが、その代わり報酬がもらえるのならば決して裏切りません。ある意味王宮にいる方々より信用出来ます」
「冒険者、ねぇ」
その発想はなかった。
確かに冒険者なら裏切られる心配はない。彼らは自営業者のようなものだ。信用が一番大事。
だから雇用主を裏切ったなんて話が出れば今後の依頼も受けられなくなる。
「いいね、それでいこう。で、どんな人が候補なのかな」
「はい、候補者は三人。まずはパーティ【夕焼けの涙】のリーダーでAランク冒険者のランドルフ。ダンジョン攻略を幾度となく達成したベテラン冒険者です」
「凄い盗賊みたいな見た目だね」
資料に載ってる顔はライオンを人型に押し込めたような外見の男だ。
タンクトップのような革の鎧と巨大な斧を掲げたワイルドな見た目。
絶対笑うとき「がはは!」って言いそう。
「次にパーティ【比翼の竜】リーダーのアルセーヌ。彼はBランク冒険者ですが護衛の依頼を数多く受けています。今回の件には適任かと」
「護衛に慣れてるなら確かに……」
というかみんなパーティ名がカッコいいわね。
私のゲームのときパーティ名なんて【パーティ1】よ。ひねりも何もないわ……。
「そして最後に……」
「……っ!」
クリフが最後の一人の資料を出した。
私はその資料を手に取り、よく目を通す。
「決まりだ。彼にしよう」
「え、ですが彼は固定のパーティを持たない流れの冒険者です。その功績から騎士爵を与えられるほどの実力者ですが、目的が不明で……」
「いや、大丈夫。ボクの感が告げている。彼で決まりだ」
「シャルル様がそういうのでしたら……」
私が選んだ冒険者は、ある意味一番信用できる人物だった。
「このタントリスという冒険者と話をさせてくれ」
【誰ガ為ニ剣ヲトル】の攻略対象の一人、タントリス。
私がクリアした二人、その片割れだった。
「彼ならきっとボクに雇われてくれる。間違いない」
「タントリス卿のことをご存じなのですか?」
「風聞程度にはね」
「自分の姉君のことさえ忘れてる世間知らずのシャルル様が珍しい」
「おいおい……」
今のは素なのかツッコみまちなのか……。
まあ確かにシャルルが知ってるのはおかしいけど。
でもよく考えれば元のゲームでもタントリスはシャルルに雇われるんだし、結局こうなる予定なのよね。
あれ、実はゲームのシャルルもジェファニーを守るためにタントリスを雇った?
そんなわけないか。だってタントリスルートで「自慢するために高い金を払ったのに役立たずが!」って言ってたもの。
たぶんゲームだとジェファニーが襲われること自体ないんだわ。
じゃあなんでこの世界だと襲われたの勝手なるけど、そんなの私が聞きたい!
わからない以上、本人に聞くしかない。でもそれは今じゃないわね。
「よし、タントリスを雇うと決めたしジェファニーにも話しておこう!」
幸いジェファニーは快く受け入れてくれた。
儚い顔で「シャルル様が一緒にいればもっと心強いんですが」と言われてオッケー! って言っちゃいそうになったけど、それだとジェファニーの家まで毎日一緒にいかなきゃいけない。
それは流石に……と言ったら残念そうに「冗談です」と微笑んだ。
ああもう、ジェファニーったら最近ますます可愛くなってるわ! 天使か!
「よし、あとは全部上手くいくことを祈っていようっと! タントリスか~、確か彼のルートはRPG要素が他より強かったのよね~」
ダンジョンに潜る回数が他のルートより多くて大変だった。
その代わり強力なアイテムがゲットできて、周回プレイにはありがたかった。
あとタントリスの毒矢がシャルルに当たって死んじゃうシーンはシリアスなはずなのにどことなくまぬけな絵面で……。
「あ~~~~~~!!!!」
そ、そうだ。
「タントリスって私を直接殺しちゃうキャラじゃない!!」
わ、わ、わ、忘れてた~~~~!!!
い、いや攻略対象で破滅フラグな男の子ってことは覚えてた。
でも、彼と関わったら最終的に裏切られてわざとじゃ無いとは言え、毒矢で射貫かれるんだった。
「どうしよう……護衛の件断っちゃおうかしら……。でもそれだとジェファニーが……うううう~~~~!!」
その日、私の夢の中には弓矢を射ってきて、私が避けまくるSTGゲームの夢を見た。
端的に言ってカオスで最悪な夢だった。
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