第34話
暗い部屋の中に二人の人間がいた。
「襲撃は失敗したか」
「はっ……申し訳ございません」
「まぁいい。手がかりになるようなものを残してきてはいないだろうな?」
「はい。毒の薔薇は魔法で生み出したものですから時間が経てば消滅します。それ以外で私に繋がるような証拠はありませぬ」
「ならいい。オルコット家の女は我々の邪魔になる。此度は失敗したが、次は確実に仕留めよ」
「了解いたしました」
暗殺者は部屋を出て行く。残された一人は窓の外を見ながら自身の計画を頭の中で練り直す。
まさかシャルルがここまで戦闘能力があるとは予想外だった。
自分が雇う暗殺者の攻撃を防ぐなど、落ちこぼれのシャルルが出来るなど考えもしなかったのだ。
シャルルの婚約者であるジェファニーはオルコット家という大貴族の子女だ。
彼女を亡き者にすればシャルルの婚約者の席は空席になる。
そうすれば当然、誰がその席に座るか争うことになる。
「その席に私の息のかかった家のものを送り出せば、私の立場は盤石なものになる」
落ちこぼれのシャルルに自分と通じる貴族をあてがい、この国の政治を影で操ろうという計画だ。
最近ジェファニーが頻繁に宮中に訪れるようになり、護衛も手薄になった。
その隙を狙ったのだが、物事は綺麗にいかないものだ。
「まあいい。いざとなればあの子のとっておきの秘密を裏から流せば王位継承権はうやむやになる。じっくりといこうじゃないか」
裂けるような口で描かれた笑みは、さながらおとぎ話の魔女のようだった。
◆
「ほらこれ! この薔薇がジェファニーを狙った者の武器!」
「シャルル様、お手柄でございます。この薔薇は魔法で出来たもののようですね、魔法は術者の特徴を形にしたものですから、これ以上ない証拠になります」
「殿下? 魔法の薔薇ということは普通は時間経過で霧散するのでは? 私の炎熱剣も火の勢いに関わらず、そのうち消えてしまいますし」
「ふっふっふ……」
私がジェファニーを狙ったやつの証拠を逃すわけ無いじゃ無い!
これはムーちゃんといっしょに魔法で保存したのよ。闇魔法で物体の時間経過を遅くしたってわけ。
だから本来は一分にも満たない時間で消えちゃう魔法の武器でも、こうやって形を維持できてるのよ。
『我のおかげだなマスター』
うん、ありがとねムーちゃん!
「セイ、この薔薇ってどんな魔法かわかる? わからなかったら別にいいけど」
「俺を誰だと思ってるんだバカシャル。これくらいひと目見ただけで解析できる」
「流石魔法博士、解析とか言ってカッコいいね」
「からかうなら教えないぞ……」
ああ、セイが拗ねちゃう!
最近わかったけど、セイって普段はあまり騒がない落ち着いた男の子なんだけど、フィジカルよわよわネタとかでからかうと年相応に拗ねちゃうことがわかったのよね。
今まで年上に見える感じだったけど、かなり親しみやすくなったね。
「ごめんごめん、教えてよセイ。この魔法を使った者の情報を少しでも知りたいんだ」
「ああ。まずこれは土魔法だな。属性としては俺と同じだ」
「へぇ、花を生み出す魔法も土の属性なんだ」
「そうだぞ、知らなかったのか? 大地から得られるエネルギーを操るものは全て土魔法の範疇だ。だからやれることは多いんだぞ、土魔法って」
「でもセイ殿は土を投げたり地面を隆起するくらいしかやりませんよね」
ガレイの鋭いツッコみ!
そういえばゲームでもセイってロックブラストとか、土を投げつけるような魔法ばっかりだったわね。
おかげでセイの魔法はエフェクトが全部似たようなものだったから、印象薄い。おまけに威力も高いけど、特筆するほどじゃないし。
土属性は不遇っていうフィクションのお決まりのようなキャラだったわね。
共通ルートだと強い魔法は覚えないから、ひょっとしたら専用ルートで強い魔法を覚えたのかも知れないけど。
セイはやれやれといった顔で説明する。
「あのなぁ、なんで身内に稽古つけるために本気の魔法を使わなきゃいけないんだよ。バカシャルには土遊びがちょうどいいだろ」
「た、確かにガレイと剣で打ち合ってるのに超強い魔法使われたら嫌だね」
もし地面を隆起する技と薔薇投げのような技を織り交ぜられたら、確実に攻撃食らっちゃうものね。
稽古で大怪我したらしゃれにならないわ。納得。
「で、この魔法だがかすかに水と土のニュアンスも含まれているな」
「にゅ、にゅあんす……。でも魔法ってひとり一属性じゃないの? そんな複数使えるならズルくない?」
「普通は一属性しか使えないが、稀にいるんだよ。複数の属性に適正があるやつが。もっとも、複数の魔法を覚えるなんて人間業じゃないから一番向いてる属性を鍛えるんだけどな」
「詳しいね」
「俺がそうだからな」
「そうなの!?」
何それ初耳!!
ゲームじゃ【魔法:土属性】って一行で書かれてるだけだったんですけど!?
そういえば前世の漫画で見たことがあるわね、複数属性持ちの能力者。H〇HとかNAR〇TOとか。
あんな感じと思えばわかりやすい……ような?
「犯人もおそらく土がメインで風と水が僅かに……といったところか。毒の薔薇といった特徴から風より水が強めだな」
「ほえ~……」
「で、この王都で
「さりげなく差し込まれるセイの自慢ー! ……って五属性ってすご!?」
「安心してください殿下! 闇属性なんて王都に限らず国中探しても殿下お一人ですよ!!」
「ああうん、まあそうだけど……」
隣の芝は青いというやつだろうか。
こんなリスクしかない闇魔法なんかより、五属性全部に適正あるほうが凄い気がするわ。
セイの言うことが本当なら、土魔法に他の属性の要素がちょっと足される程度みたいだけど。
それでも羨ましいわね。
「土がメインのトライマジカル……おそらく宮廷魔法使いのシリカか」
「おお、いきなり犯人特定!!」
「しかし断言は出来ないな。他にも犯人を特定出来る要素があればいいんだが……」
「証拠が必要、か。……あっそういえば!」
あるじゃない! 犯人へ繋がるかもしれない証拠が!!
私はポケットに入れてあった布きれを取り出して、それをセイへ渡す。
「これは……? ただの黒い布のようだが」
「パッと見ただけじゃわからないけど、よく指で触ってみて。ほら、ここに黒い糸で刺繍が縫ってあるんだ」
「ほう、確かに。これは特徴的なものだ。翼……なのか、これ。しかしこの刺繍は全体の一部のようだ。これだけでは……」
確かにセイの言うとおり、服の端っこが破れたものだから刺繍の全体像がわからない。
これだけじゃあヒントにならないのかぁ……。
と思っていると、ガレイが興味深そうに布を触っていた。
え、どうしたの? ガレイって布フェチだったりする?
「殿下、この真っ直ぐに伸びた翼は知っている気がします」
「えっ!? 本当に!?」
まさかのガレイ! あなた刺繍に造形深かったの!?
「この刺繍の元となったエンブレムはおそらく黒鷹のエンブレム。マリーフェア様の私兵団です」
ま、まりーふぇあ? 誰のこと?
私兵団を持ってるってことはそこそこ偉い人なのかしら?
「何、マリーフェアだと!?」
「マリーフェア様、ですって!?」
セイとクリフが声を大にして驚いた。
え、待って待って! 本当に誰!?
みんながこんなに驚いているってことは、かなり位の高い貴族なわけ!?
っていうか、そんな人にジェファニーが狙われたの!? Why!?
セイはより一層真剣な表情になって私に向き合う。
「マリーフェアの私兵ってことはいよいよもってシリカが犯人濃厚だな。あいつは宮廷魔法使いの裏でマリーフェアと繋がっている。……おいシャル。これはしゃれにならない事態になってきたぞ」
ガレイとクリフも額に汗をつくってこっちを見ている。
どうやら冗談じゃなくヤバイ事態みたいね。
「えっと、みんな……。大変なことはわかったけどその前に一つ聞いていいかい? ……マリーフェアって、誰?」
「「「は!!??」」」
みんないっせいに大声でせまってきた。
しょうがないじゃない! そんな名前聞いたことなんてないんだから!!
「殿下、冗談ですよね……?」
「お前、まさかストレスで記憶が……」
「シャルル様、あまりの衝撃でショックなのはわかりますがお気を確かに……」
なぜみんな私を可哀想なやつを見る目で見るの……?
「いや本当に知らないんだって! だから誰なのさそのマリーフェアって人!」
全員が気まずそうな顔をした後にセイが説明を買って出た。
「いいかバカシャル。マリーフェアっていうのはな、お前の姉君だ。この国の第三王女マリーフェア・ノアロード。それがジェファニーを殺そうとした犯人の雇い主ってわけだ」
そっかー第三王女かー。そういえばゲームだとシャルル以外の王族って全く出なかったわね-。
いや、地の文で「シャルルは王族内で糾弾され、その地位を奪われた」とかあったか。
でも個人名とかは出てないはずだわ。
通りで聞き覚えがなかったはずよね-。
……って。
「お、お姉ちゃんーーーー!!!???」
まさかの王族内での血みどろのサスペンス突入なの!?
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