第33話
朝日の光が瞼を通り抜ける。
その眩しさで私は眠りから覚める。
「んん~! よく寝たわ! よっと」
ベッドから降りて両足で立ち上がる。
「うん、痛みはないわ。ちゃんと傷口も塞がってるし、傷跡もない。綺麗に治っててよかった」
薬草やポーションなんて古典的な治療法もバカに出来ないわね。
まさか太ももに空いた穴が本当に三日で治るなんて。これがファンタジーの力か。
「ようやく誰かに抱っこしてもらわずに済むわ~」
この三日間は本当に天国……いや地獄だったわ……。
クリフにお姫様抱っこされたのを皮切りに、セイやガレイ、アルクまで私を背負うと言い出したんだもの。
私は遠慮したけど本人たちが話し合いの結果、順番に担当することになった。
セイは私を抱っこするとき、どこかぎこちない様子だった。顔が赤かったから「疲れてる?」って聞いても「気のせいだ!」って強く否定されたわ。
きっと普段から魔法ばっかりやってるから肉体労働に慣れてないんだわ。決して私が思いわけじゃないと思う。
ガレイは私を軽々と抱えて、相変わらずフィジカルの高さに驚かされた。ダンジョンで助けてくれたときもそうだけど、ガレイの体格のよさは抱かれる側からするとすこしドキッとする。
普段は脳筋だと思ってるんだけど、こういうときは嫌でも異性として意識しちゃう私チョロすぎる……。
アルクははっきりいって抱えかたが一番下手だった。太ももを支えられて傷口に響くし、歩くとき揺れてそれも傷口に響いた。
でも「痛っ」って声を漏らしちゃったときに心配してくれたのは嬉しかったかも……。いや、そもそもアルクが下手だから痛いんだけど。不器用だけど私を気にかけてくれるのは流石イケメンね。
でも私はやっぱりクリフが一番だった。
抱えかたも上手だし、歩くときも揺れないように気にかけてくれていた。他にも身の回りのことを手伝ってくれたし、クリフには感謝しかないわ。
流石私の推し予定だったキャラ。気配りの達人よね。
「って、何しっかりと逆ハーレム状態楽しんでるのよ私! 剣技も魔法も今ひとつで破滅フラグを回避できるか怪しいのに、呑気してる場合じゃないっての! 問題はあと二年、いや魔法学園に入学するまでにどうにか破滅フラグを回避できるほどの力を身につけなきゃいけないわ! どうする私!?」
毎日の鍛錬は続けている。魔法も剣術も一般兵くらいは強い自負はあるわ。
でも相手はガレイやセイたち。剣術や魔法の達人よ。
毎日手合わせしているからわかる。彼らは強い。とても勝てる相手じゃない。
最近は仲も悪くないけど、いつどこに破滅フラグが潜んでいるかわからない。
彼らがある日ふらっと敵にまわってしまう可能性だってあるのだ。
「うーん、どうしようかしら。っと、危ない」
三日ぶりに歩くため少しよろけてしまった。
咄嗟にテーブルに手をつくけど、テーブルの上にある小瓶を落としそうになる。
あわてて小瓶をキャッチして呼吸を一つ。
「ふぅ……。もうすこしでこれが割れるところだったわ。せっかくのボスドロップだもん、もったいないわ」
この小瓶はデモンズウォールからゲットした品だとクリフから渡されたものだ。
あれ、ドロップアイテムってバッジのほうじゃないの? と聞いたところ知らないと言われた。
よくわからないけど、それなら両方もらっておこうといただいたわ。
この瓶に入っている液体、ぱっと見ポーションによく似てるけど色が違うわ。
それに臭いも薬品臭くない。なんていうか、とても高そうな臭いがした。
魔物の体内から出てきたものだし、おいそれと使うのも怖いので部屋の戸棚に保管しておこう。
ひょっとしたら価値があるものかもしれないしね。
◆
「まぁ、そのようなことがあったのですか!? 私がいない間にシャルル様にそんなことが……」
「うん、大変だったよ。足に穴は空くわ、みんなが世話をやこうとついてくるわで気が休まらなかったよ……」
久々にジェファニーが訪問してきたので庭園でお茶とお菓子を食べる。
まぁ久々って言っても一週間程度なんだけどね。毎日のように訪れていたから一週間いないだけで寂しく感じちゃうわね。
「失敗でしたわ……そんなことがあったならハートランド王国の親戚に会いに行くべきじゃありませんでしたわね……。妻たる私が身の回りの世話をするべきですのに……妻失格ですわ……」
「はは、気持ちはありがたいけどね。でもお姫様抱っこなんてジェファニーにしてもらうわけにもいかないしさ。あと妻じゃなくて婚約者ね」
「あら、私こう見えて運動はしてますのよ? 王の妻になるのですから、文武両道を心がけております。……って、お姫様抱っこ!? そ、そんなうらまや……じゃなくて、そんなことまでしてもらってたんですか?」
「まぁ、太ももに怪我してたからね。恥ずかしいけど仕方なかったんだよ」
「なら……私も……一日早く帰って……様を抱きかかえるチャンス……でも……ああ……」
ジェファニーは小声でいっぱい喋っているけれどよく聞こえないわ。
きっと心配してくれているのね。こんな可愛い子に気にかけてもらえるなんて嬉しいわ!
まぁ、イケメンたちにお世話されるっていうのも悪くなかったけどね!!
「でもやっぱりジェファニーといるときが落ち着くなぁ……」
「え、いまなんておっしゃいました?」
「あれ、声に出しちゃってた?」
実際、同性の子と一緒にいると安心するわよね。
私は男と偽っているけれど、それでもジェファニーがいてくれるだけで全然違う。
これでもし女友達がいなかったら私はきっと病んでたわね。男ハーレムすぎて。
「ジェファニーが来てくれて嬉しいよ」
「まぁ……!! シャルル様ったらいけずですわ」
イケズ? 高いお店で魚とか生きたまま入れてる水槽みたいなやつ?
なんで私がイケズなのか知らないけど、この世界流のことわざかしら。ジェファニーってば詩的なのね。
「シャルル様、はいあーん」
「あー……」
今日はジェファニーが作ってくれたアップルパイを食べて英気を養おう。
強くなるための作戦は明日から考えるってことで。
「……ーん……って、ジェファニー危ない!」
死角から鋭利な刃物らしきものがフォークを持つジェファニーの手へと放たれた。
私はとっさにジェファニーの手を取って投げられた凶器を回避する。
勢いでジェファニーがフォークに刺していたアップルパイは地面へ落ちる。
「きゃっ……な、なんですかこれは?」
「これは……薔薇?」
間違いない、投げられた凶器は薔薇だ。
でも普通の薔薇を投げてこんな風に地面に突き刺さったりするかしら。
漫画のキャラにいるわよね、薔薇を武器にするキャラ。それを思い出すわ。
「って、誰だ! よくもジェファニー(と私のアップルパイ)を……!」
投げられた方へ目を向けると黒ずくめの人物が屋根からこちらを見ていることがわかった。
あいつが犯人か……。
「まてー!」
「シャ、シャルル様!」
「ジェファニーは危ないから建物の中へ! 近くにクリフを控えさせてるから一緒にいて!!」
テーブルに立てかけておいたムーちゃんを握り、闇魔法のオーラを噴出させて屋根へと駆け上がる。
『マスター、いきなり高度な魔法を使うのは体への負荷が……』
「関係ないわムーちゃん! あのくせ者を捕らえるのよ! 食べ物の恨みは恐ろしいんだから!!」
『そっちが優先なのか……』
「もちろんジェファニーを狙った恩はしっかり返させて貰うわ! それは前提よ!」
屋根の上を走って犯人を追いかける。足は私のほうが速いらしく、徐々に距離を縮めている。
「もう少しで追いつけそうだわ!」
「くっ……」
「待てくせ者! ボクを誰か知っての狼藉か!」
前世の大河ドラマで見たような台詞を言って威圧感を与える。
この世界だと基本放任主義だから王族らしい言葉遣いとかあまり知らないのよね。
一応幼い頃に使用人たちに勉強見て貰ったりしたけど。
「…………っ」
犯人は逃げられないと悟ると武器を取り出した。
両手の指の間にそれぞれ薔薇を挟んでいる。
ってあれ? 王子の私が追い詰めてるのに堪忍しないの!?
ここは大人しく捕まる場面でしょ? なんで戦う雰囲気になってるのよ!?
え、本気で戦う気? ちょ、まだ心の準備が……。
「ふっ……!」
両手の薔薇を投げらる。左右でタイミングをずらして投げたせいで防ぐのが難しそう……!
「ちょ、やば……!」
『気をつけろよマスター。わかっていると思うが猛毒入りの薔薇だ』
「でしょうね! いかにも薔薇を使うキャラのイメージまんまだわ!」
剣で薔薇をはじきとばすけど、残り数本が刺さりそうになる。
でも刺さったら猛毒なんでしょ? じゃあ避けるしか無いじゃ無い!
「んおおおお!!」
『ナイスだマスター! とても人間業とは思えんくらい気持ちの悪い可動範囲だ』
「ひとこと多い! ……って、逃げられてる!?」
薔薇を避けて体勢を元に戻すと、犯人は逃走していた。
「くっそー! 取り逃がしちゃったじゃない! もう、ジェファニーを狙ったやつにお仕置きできないなんてふがいないわ私ぃ!!」
『いや、どうやらただで逃がしたわけじゃないらしいぞ』
「え?」
ムーちゃんは犯人が立っていた場所を見てみろと言った。
その場所を確認すると、黒い布が落ちていた。犯人の服の一部だろうか。
「あ、よく見ると服に刺繍があるわね。黒い生地に黒い糸でよく見えないけど」
『どうやら調べてみる価値はありそうだぞ』
突如ジェファニーを狙った謎の犯人。
手がかりは犯人の服の一部だけ。
こんな展開、元のゲームにはなかったわ。一体、何がどうなってるの!?
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