第32話

「ん~よく寝た! って、私なんで寝てるの!? 確かダンジョンでデモンズウォールと戦ってて、それで……」


 寝ぼけた頭をたたき起こして意識を失う前のことを思い出してみる。


 えっと、確か足を攻撃されて体力を消耗して……ああ、デモンズウォールを倒して安心したらそのまま気絶しちゃったのね。


 情けないなぁ、私。


 よく考えたら、デモンズウォール戦で私何もしてなくない?

 最初に食べられそうになって、その後はみんなに助けられて、そして足を負傷しただけよね?


 う~ん、もしかして足手まといじゃ……?


 前世の記憶を取り戻してから毎日鍛えてきたのに、結局何も出来てなくない!?


「こ、これじゃあ破滅フラグから遠ざかるなんて無理よ! ど、どどどうするのよ私! 剣はガレイが鬼強だし、魔法もセイが化け物レベルで勝てっこないわ! あと今回以外とアルクが強いってわかったわね。剣と魔法を高レベルで習得してる感じだわ。どっちもガレイやセイには劣るけど、総合力なら勝負はわからないわね……。それにクリフがあんなに強かったのは完全に予想外だったわ。戦える執事……素敵ね!」


 普段はニッコリとした柔和な表情のクリフが、戦闘のときは一気に仕事人みたいになる姿は正直かっこよかったわ。


 糸目キャラが開眼するときのような「強そう」感あふれるわね。


 ん……? 糸目キャラ?


「糸目……なんか忘れてるような? 確か結構重要なことがあった気がするんだけど……。ま、いっか!」


 思い出せないということは大したないってことね、きっとそうだわ!


 どうせ糸こんにゃくが食べたいとか、そんなどうでもいいことなんだわ。



 私がベッドから起き上がろうとしたとき、手の中に何かが握られていることに気付いた。


 それは固く、手を開くと窓からはいる夕日に照らされて光り輝いていた。


「これは……何? 男子が高校の制服の襟にこんなのつけてたような……バッジ?」


 バッジにはどこかで見たことがある模様が刻まれていた。

 それが何かはわからないけど、私にはとても気品のある模様であると思えた。


 この国の国旗に描かれた模様に少し似ているかも。



「これは……どこかの国のエンブレムなのかしら。でも何で私の手にあるの? ……あ、わかったわ! きっとこれはデモンズウォールを倒したときにゲットしたドロップ品なのよ!!」


 ゲームでよく見るあれね! バトルが終わった後のリザルト画面で戦利品が表示されるけど、きっとこれがそうなのかもしれない。


 じゃないと私の手に握られていた理由がないしね。


「うーん、でもダンジョンでいっぱい魔物を倒してもドロップ品なんて出なかったけどなぁ。ガレイは魔物を倒したら、人間を食べて体内に入った金目のものが出ることもあるって言ってたけど……」


 たぶんこの世界のドロップ品っていうのは①倒した魔物の素材を自分で剥ぐ②魔物が食べてたアイテムが出てくるの二択なのよね。


 あいにく私は数百匹も倒したのにドロップ品なんて縁がなかったわけだけど。


 前世から運がないなぁ。ちょっとガッカリ。


「まあいいわ。せっかくだしこのバッジは貰っておこうっと♪ あ、ドロップ品だったら魔物の体内にあったってことよね。汚いからよく拭いておかなきゃ!」


 ごしごしごしとバッジを布でこする。


 あのデモンズウォールの体内にあったのなら、きっとえげつない胃液に浸されていたんだもの。しつこいくらい綺麗にしなきゃ!


 表裏両方をこれでもかというくらい擦り、私はバッジを襟に取り付ける。


「うん、ばっちり! 元からキラキラ光るくらい綺麗だったから拭き取る必要なかったかも。でも本当、どこの国のエンブレムなんだろう……。というか、この国の王子である私がどこの国とも知らないバッジを襟につけてたらまずいのかも? 実は仲が悪い国のバッジでしたってなったら、私一気に悪者になりそうだわ!」


 もし敵対国の紋章を嬉々として身につける悪逆王子とか言われたら、破滅フラグ一直線じゃない!


 だめだめ、こんなバッジ身につけられたもんじゃないわ!


「……でも、外すのもなんか嫌だわ。このバッジを持ってると気のせいかしら、ちょっと温かい気持ちになるわ……」


 襟からバッジを外し、胸ポケットの中へとしまう。


 うん、これなら誰にも見られないし問題ないわね!


 胸ポケットにものを入れてもスペースにゆとりがあって目立たない! 最高だわ!


 ……最高だわ! 胸が平らでスペースが余ってるからね!!



「さて、お腹も減ったしクリフに夕食の手配をしてもらわなきゃ……っつ!」


 ベッドから降りようとして足を地面に下ろすと、信じられないくらいの激痛が走った。


 思わず苦悶の声を漏らして、涙を浮かべてしまった。


 痛い、いや冗談じゃなく痛いわ! というか熱い!? え、なんなの?


「あっそうだ。足の怪我があったんじゃない。さっき確認してたのにもう忘れちゃったの私……はぁ」


 服をずらして見ると、右足の太ももには薬品の塗り跡と包帯が巻かれている。

 この世界流の治療が施されているみたいだ。


 元の世界と違ってどんな怪我でもとりあえず薬草かポーション、あと聞いたこともない薬で塗って治療完了って大雑把すぎてびっくりね。本当ファンタジーだわ。


 簡単に治療ができることはいいことだけどね。


「でもこれじゃあ、ろくに動けないなぁ。私、お腹減ったんだけど……」


 松葉杖でもあれば歩けそうだけど、この部屋には置いていない。


 片足で跳ねながら歩けばどうにかなるかなぁ……? いや、そんな運動会で靴が脱げちゃった子みたいな動きしたくないわね……。


 そもそも、片足で跳ねても衝撃で右太ももが痛くなるに違いない。却下ね。


「あーもう! 誰かここから連れてってよー!!」


「その言葉、待ってました!!」


 部屋の扉を壊れんばかりの勢いで開けて現れたのは。


「こ、この声は……ガレイ!!」

「殿下、お目覚めになりこのガレイ胸中の霧が晴れる思いにございます。さて、殿下も食事が欲しくなる時間帯かと思いますがその足では動くこともままならないでしょう。ですので、私の背にお乗りください!!」

「え、ええ~。それはちょっと……いやありがたいんだけど……」


 なんていうか、恥ずかしいし。


 私も十四歳(前世はノーカンよ!!!)だし、男の子の背中に乗せてもらうことにちょっと抵抗がある。


 だって前世でも男子とそういうイベントなんて起きなかったし、相手は脳筋とはいれイケメンのガレイだ。


 ちょっぴり恥ずかしい。


「何を言いますか! その足では歩くこともつらいはず! 私は片足が折れようと戦闘継続可能ですが殿下はそうではないでしょう! ささ、遠慮などせずこのガレイに身を委ねてください!」

「言い方が紛らわしくない!? というか足が折れても戦えるんだ!?」

「もちろん、最悪剣を握る腕さえ残っていれば問題ありませんよ!」


 やっぱりガレイだげおかしい。サイヤ人か何かなんだわ。


「あのさガレイ、自分のことは自分で出来るよ。杖さえあれば歩くくらいなら問題ないから」

「むっ、そうですか。ですが弱りましたね……」

「え? 杖が問題あるの?」

「いえ、殿下がおっしゃるのでしたら構わないのですがクリフ殿が……」


「シャルル様、杖による歩行は許可できません」


 開いたままの扉のそばに、いつの間にかクリフが立っていた。


「杖が禁止って、じゃあボクはどうやって歩けばいいんだい? とてもじゃないけど、片足で移動できる広さじゃないと思うんだけど」

「承知しております。シャルル様の怪我は薬が効いて完治するまでおよそ三日間ほどあります。その期間中は無理な運動はするなとお医者様から承っています」

「いや杖くらい大した運動じゃないと思うんだけど」

「ダメです」


 むぅ、クリフがいつになく強きだわ。

 これは強敵そうね、説得もままならないって雰囲気。


「じゃあどうすればいいのさ。三日間みんながボクを背負って宮中を駆け回るとでも言う気?」

「左様でございます」

「ほっ!!??」


 イケメンおんぶパレード!? 冗談じゃなかったの!?


 いや落ち着けシャルル、まだ慌てる時間じゃないわ……。


 どうせガレイが私を荷物のように運ぶとか、そんなオチに決まってるわ。


 そうよ、現実はいつだって味気ないと相場が決まって……


「では失礼します」

「きゃっ……」


 クリフは私の肩を抱き寄せるようにして体を抱える。

 右手は私の背中を、左手は膝を支えている。これは俗に言う――お姫様抱っこ。


「お、おおおっおおお、おひ、おひめ、ひひひひひ……!!」

「! すみません、痛かったですか? なにしろこういう抱えかたは初めてでして……。ですが太ももを刺激しないためにはこれがいいと思いますが、いかがいたしましょう?」

「こ、こここ、このままで……!」

「はい。ではご案内いたしますね、シャルル様」

「よろしくおねがいしましゅ……」


 たぶん、私の顔は今すごく赤くなっていることだろう。


 鏡なんて見なくてもわかる。熱々になってるもの。


 ああ、まさか推しにお姫様抱っこしてもらえるなんて夢にも見なかったわ……いっぺん死んでみるものね!



 ちなみにこの後食べた夕食は大好きなビーフシチューだったのだけれど、全く味がしなかった。


 クリフに触られた感触が忘れられず、しばらく放心状態で食事を終えてしまった。



 これなら三日間といわず、年中大歓迎だわ……。



 ◆



「クリフのやつ、シャルは女だというのにあんな大胆な抱え方を……!」


 セイはシャルルの部屋に向かう途中、クリフがシャルルを連れて出て行くところを目撃した。


 クリフがシャルルを所謂お姫様抱っこする姿は、セイにとっては衝撃だった。シャルルは表向きは王子だが、その真の姿はこの国の第六王女だ。つまり少女なのだ。そして言うまでもなく、クリフは男である。


 その二人がこのようなお姫様抱っこをしていれば、それは即ち男女のふれあいなのだ。


 いや、宮中の使用人たちからすれば怪我をした主を抱える使用人という光景には違いない。しかしセイからすれば大事な弟分もとい妹分が年頃の男とふれあっているようにしか見えない。事実そうだ。


 セイはシャルルの少女としての面が出そうになる度に影ながらフォローしてきた。それも全て彼女を救うためだ。しかし、どうしても本人にも押さえられない感情がある。


 恋愛感情だ。


 シャルルは己を殺して男として生きている(実際は割とエンジョイしてるのだが)ため、恋にうつつを抜かしはしないだろう。

 しかし、自分の感情で恋慕を押さえられればこの世に愛の物語が広まりはしない。


 つまり、下手にシャルルが男とふれあえば少女としての部分が抑えきれなくなる。セイはそれを危惧していた。

「だからこそ、そういう役は俺が買って出るか男女の仲に疎いガレイに任せようとしていたのに、してやられたか……! ぐぬぬぬぬぬ……」


 セイは悔しがりながらも残りの三日間、どうにかシャルルを抱きかかえられないかと脳内で計画を練りはじめた。


 彼自身気付いていないが、セイの頭の中では「シャルルを抱きかかえたい」という感情が大半を占めていた。


 ミイラ取りがミイラに、目的と手段が入れ替わってしまっていることにセイ自身気付いていない。


 その感情が、彼がシャルルに危惧しているものと同じだと気が付かずに。

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