第31話 アルク視点

 ダンジョン攻略後、転移石で戻ってきたアルクたちだが、疲労で倒れたシャルルを病室に運ぶため休む暇もなかった。


 この国の第一王子が倒れたのだ、当然だろう。


(しかし不思議だ。王位継承権一位のシャルルが倒れたというのに、誰も気にとめていない。いや、王宮に務める使用人たちは心配してるが大事になっていない。いくらなんでも変ではないか?)


 アルクは以前からシャルルが王子の割に自由に活動していることに対し、ある種の羨望のまなざしを向けていた。しかし、シャルルと親しくなるに連れて、疑問へと変わっていくのだった。


「すぅ……すぅ……」


 こうして病室のベッドで寝ているシャルルはまるで少女のように可憐な顔をしている。解かれた髪は首より下まで伸びていて、綺麗に手入れされていることがわかる。


 眉目秀麗と言われるアルクでさえ認めるほどの美しく中性的な容姿を持ち、剣技と魔法が優れており、また勉学にも通じるシャルルは間違いなく将来この国を納めるに値する優秀な王子だろう。


 だというのに、なぜここまで国に放置されているのだろうか。


 アルクも同じ一国を背負う王子であるが、彼は常に何人もの教育係に囲まれて息苦しさを感じる生活を送っていた。

 他の国の王子も似たようなものだといくつかの国の王子と話して知っていた。

 しかし、シャルルはいささか特殊に思える。


(優秀すぎるから放任主義で自由にさせて貰ってるのか……それとも……)


 王子が独断でダンジョンに戻り、倒れて帰ってきたというのに使用人数人が慌てる程度。


 これではまるで、王に見放されているみたいではないか。



(何でも出来るやつって思ってたけど、こいつにも色々とあるのかもな……)


 少女のようなあどけない顔で眠る友人を見てアルクは親近感を覚える。何でも出来る、悩みなどない人間だと思っていたのに、シャルルにも人間らしい悩みがあるのかと思うと、これまで以上に身近な人間に思えてくる。

 もっとも、シャルルにはアルクが思うような重い悩みなどないのだが……。


「しかし、結局勝負には負けてしまったな……。俺様もまだまだだ。とはいえ、最後のデカブツ相手には俺様も存分に力を振るわせて貰ったから、おあいこだな」


 アルクは寝ている友人に笑いかける。聞いていないとわかってはいるが、何となく話しかける。


 シャルルは相変わらず寝ている。当然返事はしない。


 ゆっくりと浅い呼吸を繰り返し、穏やかな表情を浮かべるまま変わらない。アルクはフレンテーゼ王国からこのノアロード王国に来るまでに渡った大きな河を思い出す。透き通った水は緩やかに下流へと流れていく。時間の流れを忘れさせる穏やかな流れは見る者の心を癒やす。そんなことをシャルルの寝顔を見て思い出した。


「ふっ、普段はそうでもないが油断してると女子供みたいなやつだ。頬なんてまるで王国パンのようにやわら……」


 ――ふにっ


「っ!?」


 慣れない感触に戸惑い、思わず指を離す。


(なんだ今のは!? こ、これが男の頬だというのか? いやまさか、しかしこれは……)


 ――ふにゅっ、もち~


 頬を幾度となくつついてみる。面白いほど指に吸い付く肌がやけに心地よい。

 アルクは気付けば数分間ずっとシャルルの頬を触っていた。


「……はっ! お、俺様は何をやっているのだ! これではまるで寝込みを襲っているみたいではないか! ふ、らしくないことをしてしまったな。今のはナシ、そう何もなかったのだ!」


 指先の感触を忘れられずに無意識に右手の人差し指をさする。アルクにとって衝撃的人生初体験の柔肌だった。

 寝ている相手に好きかってしてしまい、多少の罪悪感があったのかアルクは小さくすまぬと呟いた。そしてシャルルに聞こえないように、寝ている彼女に告げた。


「貴様は俺が認める唯一の対等な相手だ。今回のように貴様がやられてしまいそうなときは、仕方がないから俺様が守ってやる。べ、別に貴様がいなくなると寂しいからじゃない。俺様についてこれる遊び相手は貴重だからな。……それだけだ!」


 最後にアルクは胸ポケットから一つの徽章を取り出す。

 そして、シャルルの手にそっと握らせる。シャルルの手を取ったときに頬と同じかそれ以上に柔らかく温かい感触に思わず取り乱しそうになるが、耐える。

 徽章をしっかりと握らせて、アルクは部屋を後にする。


「それは俺様からの贈り物だ。大したものじゃないが、困ったときに助けになるかもしれないな。ま、貴様は寝ているからそれが何かはわからんだろうが、せいぜい大事に使ってくれよ」


 部屋の扉を開けて廊下へと出て行く。そして扉を閉じようとしたとき、もう一度部屋の中にいるシャルルに向けて小さく一言を残す。聞こえないように、自分に言い聞かせるように。


「おつかれ、親友」

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