第23話 次の攻略対象が来る予感がするわよ!

 クリフを立ち直らせてから一年が経った。


 あれから私はこの世界にある小説や絵本の登場人物を使って、徹底的にクリフに教育を施した。

 そのおかげで、今ではクリフもしっかり腐男子へと成長してくれた。


 同士が出来るっていうのは、存外嬉しいわね!


「シャルル様、本日の紅茶でございます。お茶請けにはシェフ謹製のケーキを」

「ありがとうクリフ。ところで、今巷で流行している小説を君はもう読んだかい?」

「ええ、エドガー・レッドボルツ著『壁際のワルツ』ですね。儚くも美しい、舞踏会に生きる少女たちの感情がとても上手に綴られていました。ご婦人方に人気が出るのも頷けます」


 クリフが小説の感想を口にしているけど、それはあくまで一般的な感想。


 本音は違うということを、私は分かっているわよ。


「で、君は誰推しなんだい?」


「はい、私は主人公の幼なじみの商人ガオレインが最も推すにふさわしいキャラクターかと。彼の庶民としての感覚は読んでて新鮮でした故」

「そうか、君はガオレインを推すか。ということは、相手はモッチボルンか?」

「! さすがシャルル様、カプ相手を既に把握されているとは……」



 モッチボルンは主人公の少女が舞踏会に行く時、宮殿の入り口で待機している騎士だ。


 主人公はとある魔法で庶民の立場にありながら舞踏会に参加するんだけれど、幼なじみのガオレインが一緒に


 入場しようとしてモッチボルンにつまみ出されるという場面があるの。



『ここはお前のような汚い庶民が来る場所じゃない』

『な、なんだとっ! おら! へっ、どうだ! 俺の靴の底を味わったテメェの顔面の方が汚ぇぜ!』

『き、貴様~~~!』



 と、第一印象が最悪の二人だけれど、物語の後半では主人公のために協力し合う関係になるの。


 これってキテるわよね!!!???


 ぶっちゃけ物語の動向よりも、二人の会話のほうに気が反られたわ。

 作者は絶対狙って書いてるに違いない。


「シャルル様はどのカプがお好みで?」

「ボクはもちろん、ゼボ×モビだね。あの二人、絶対付き合ってるよ」

「ゼボテインとモビノクスですか……。失礼ですが、二人とも出番は多いですが会話とか特にありませんでしたよね?」



 私の推しの一人ゼボテインは主人公に見惚れた宮廷貴族の一人だ。いわゆる恋愛対象の一人なんだけど、負けキャラなので人気は無い。


 そしてもう一人の推し、モビノクスは魔法使いの弟子だ。主人公に魔法をかけて舞踏会へ参加できるようにした魔法使いが師匠で、その縁で主人公の面倒を見ている。


 クリフも言うように、この二人は作中で会話らしい会話はない。

 でも私は見落とさなかった。


 この二人が、実はつながりがあるということを。


 文脈の裏を見通せる私でなければ見落としちゃうところだったわ。



「いいかい、クリフ。ゼボテインは貴族の御曹司、プライドが高いキャラだ。だから王子相手でもないと自分から挨拶はしない」

「はぁ……」

「でも!!! モビノクスには自分から会釈してるんだよ!!! これがどういう意味か分かる???」

「えっ、それは後ろにいる主人公に挨拶したんじゃ……」

「その後のシーンで主人公には別途挨拶してるでしょ!!! これから推察できるのは一つ、ゼボテインとモビノクスはデキている!!」

「……………………!!」


 ふふ、私の推理力を見てクリフも言葉を失っているわ。


 伊達に前世で哺乳瓶を咥えてた頃からゲームを嗜んでたわけじゃないのよ!


「シャルル様、お見それいたしました。このクリフ、シャルル様専属のバトラーに就いてまだ日が浅く、精進せねばと感じた次第です」


 美しい姿勢で頭を下ろすクリフに、私は手でいいと指示を出して姿勢を元に戻させる。


 そう、クリフは使用人から執事へと昇格して、つい先日最高位の専属使用人バトラーへとなったのだ。


 まぁ、ここらへんはゲームの歴史通りよね。


 ここに至る経緯がかなり歪んでしまっているのは気のせいよ。……うん、きっと気のせい。



「さて、休憩も取ったし剣の稽古に行くかな。今日もガレイ相手に二時間生き延びられるか不安だよ」

「はい、稽古後のマッサージはお任せください」



 ◆



「殿下!! そうです! 今の振りを忘れないでください! いい、いいですよ! 上腕筋が張ってます! キテます、キテますよー!!」

「そこだ! ロックブラスト! おらバカシャル、俺の土魔法を避けてみろ!」

「ひぃぃいい~~~! なんでガレイ相手に剣で相手しながら、セイの魔法まで迎撃しなきゃダメなのさ~!」


 目の前に剣と土が無数に飛んできて、もう避けるだけで精一杯よ!


 こんなの当たったら稽古とはいえ死ぬわ!



『そう言いながらしっかり回避できてる辺り、マスターも人間をやめてきてるな』

「ムーちゃんも呑気に見てないで魔法でも何でもいいから出して! マジで死んじゃうから!」

『我の力を使ったらマスターが闇に染まる故……』

「あなたは聖剣……あなたは聖剣なのです。いい感じのビームを出すのです……」

「ウム我ハ聖剣……魔影斬ヲハツドウスル」


 ムーちゃんの刀身から魔力の波が放出する。


 うん、最近はムーちゃんのせんの……じゃなくて教育も上手くいってるし、剣からビームも出せるようになってきたわ。


 この調子でガレイ相手に勝てるようにしないとね!


「む、やりますね殿下! しかし!! とおおおおお!」


 せっかく出したビームをガレイが一振りでかき消した。


 というか、ビームを切り払うまでもなく剣を振った勢いだけでビームが消えた。

 その余波で訓練場に竜巻が発生した。


 いやいやいや! なにそれ!?


 魔法とか使ってない、素の力だよね!?

 完全にガレイだけドラゴ〇ボールのキャラみたいになってるんだけど!



「今のはいい技でしたよ殿下。後もう少し早ければ私の鎧に傷を付けられたでしょうに」

「君の鎧より、本人の方が頑丈なのおかしいよね……? その鎧、騎士団長が使ってた最上級のミスリル製のを貰ったんだよね……?」

「はっはっは! 筋肉は鋼よりも固しです!」


 ダメだ、ガレイと話してるとIQが下がっていくわ……。


 ううん、しっかりしろシャルル・ノアロード!


 破滅フラグ回避のためにも、きちんと鍛えないと!


 あ、破滅フラグと言えば何か忘れているような……。

 とても大事なこと、それも本当に大事な……。


「ま、思い出せないならいっか……」



 ◆



「シャルル様。はい、あーん♪」

「あーん……。うん、すっごく美味しい! このチーズスフレどこの店で買ってきたんだい? 今度使用人に買いに行かせよう」

「あらっ! とっても嬉しいですわぁ……。これは私が作ったのです。シャルル様のお口に合ってなによりです」

「え? これをジェファニーが作ったの? 本当に?」

「うふふ……」


 稽古の後にクリフからマッサージを受けて疲れを癒やした後、私は婚約者のジェファニーとお茶をしていた。


 そういえば最近、マッサージの時にクリフの顔が赤くなってるんだけど、マッサージって疲れるのかしら。


「シャルル様も来月から忙しくなりますわね……会える機会が減りそうで悲しいですわぁ」

「うん? 来月から何かあったっけ? というか、ジェファニーってここ二年くらいはほぼ毎日会いに来てるよね。むしろ会いすぎじゃない?」

「そんなことありませんわぁ。将来ずっと一緒にいることになるのですから、むしろ日中お茶をするくらいしか時間の取れない今は少ないくらいです」

「そ、そう……」


 どうしよう……最近どんどん綺麗になっていくジェファニーに断りの申し出が出来なくなってしまった気がする。


 というか婚約破棄って本当に出来るの?

 私が勝手に決めることが出来る問題なのかしら?


 最近未来のことを考えるのが怖くなってきた。


 でも考えないと破滅フラグが待っているから仕方がないわよね。

 シャルル頑張る!



「で、何か予定があったかな?」

「本当に覚えてないのですか? 来月からフレンテーゼ王国の第一王子が留学に来るから、王宮に住むようになるってお話でしょう? 当然この国の王子であるシャルル様も色々とお付き合いが増えるでしょうし、外交に関わるから大変ですよね……って話です」

「あーそういえばそんな話もあったかも……ん? 今どこの国の王子って言った?」

「だから我が国と和平を結んだフレンテーゼ王国の……」


「ふ、ふふふふ、ふふ、フレンテーゼ王国ぅー!?」


 私は急いで部屋に戻りノートを取り出す。


 ノートにはこの世界の言語ではない日本語で書かれた文字がびっしりと詰まっている。


 そこには私が前世でプレイした乙女ゲーム【誰ガ為ニ剣ヲトル】の人物相関図が書かれていた。


 その中にフレンテーゼ姓を名乗る人物が一人、いたのだ。



「アルクショット・フレンテーゼ……攻略対象の一人……」


 アルクショット――通称アルクは私が攻略した数少ないキャラの一人。


 青髪でキレ目で大人っぽい雰囲気を持った男性だ。


 所謂俺様系キャラで私の好みじゃなかったので、とっととコンプリートするために最初に攻略したキャラ。


 この世界では私の二つ年上で、今年から魔法学園に入学する歳になるからノアロード王国に留学するという設定だった。



「わ、忘れてた~~~~! アルクが来るなんて完全に忘れてたわ! 仕方ないじゃない! だってゲームの二年前の出来事なんだもの、そもそも知らないっつーの!」


 ええっと……確かアルクルートだと私ってどうなるんだっけ……とノートをぺらぺらとめくっていく。


「あった、アルクルートのバッドエンドは……廃嫡!? よかった、廃嫡程度なら最悪なんとかやっていけるかも……ハッ!?」


 待てよ? そもそもこの世界における廃嫡って要は大罪人扱いに等しかったはず。

 貴族社会のこの世界で廃嫡されるってことは、よほどのことをしでかしたってことだもん。


 つまり、そんな人間が庶民の住む街に放り出されたらどうなるか……。


「最悪恨みを持った人たちに……怖っ!」


 ダメダメ! 廃嫡エンドもダメ!


 やっぱり破滅フラグは回避しないと!


「よーし、こうなったらアルクに懐柔してやるわ! 待ってなさい俺様王子!!」

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