第22話 推しの執事を助けるわよ!
「えぐ……うう……もうやだ、執事やめる……実家に帰るんだ……」
クリフの部屋から男の子の嗚咽が漏れている。
声を聞く限り、間違いなくクリフの声だ。
「え、ちょっと嘘でしょ? あの物腰柔らかで大人しい雰囲気のクリフがこんな風に泣きじゃくるなんて予想外なんですけど……!? 公式のキャラ紹介と全然違うじゃない……!」
声を押し殺しながらも、どうしてもツッコまずにはいられないわ!
だって、これじゃあキャラ説明とまるっきり正反対だもの。印象が一八〇度入れ替わるレベルよ。
ひょっとしてゲームでもクリフの本性はこんなのだったのかしら。
「いや、ゆりちゃんの話だと確かそんな情報はなかったはずよ。少なくともゲーム本編のクリフは事前情報通りの大人しい人間。ってことは、執事になってから本編までの間であの性格になるのかしら」
ゲームだとシャルルの執拗な虐めを受けていたはずだし、ひょっとするとこうやって泣いていること自体既定路線だったりするかも。
なーんだ、じゃあこのままでいいじゃない。私が普通にしていればクリフは成長して本編の大人しいクリフになるんだから。
「なんて、納得できないわよね……。そもそも、私はクリフルートをやる前に死んじゃってるし、ゆりちゃんの話だとクリフルートは特に山なし谷なしの平凡なルートだったって言ってたわ。もしかしたら、本編のクリフは落ち着いた外見だったけど、内面はシャルルのいじめから擦れていたのかも」
だとしたら、あれは大人びた性格ではなく疲れ切っていただけなのかもしれない。
もちろん、ゲーム会社はゲームの攻略対象が主人のいじめで精神的にくたびれた人って設定してないかもしれない。
でも。でもね、この世界はゲームじゃない。その「もしかしたら」が、本当の可能性だって十分ある。
だとしたら、ほっとけない。出来るわけがない。
だって、私は悪役王子である前に、クリフの主人である前に。彼らのことが大好きな、ゲームのファンだから。彼らの幸せを優先するのが当然なのだ。
「ねえ、クリフ。ぼくだよ、シャルルだ。聞こえるかい?」
「シャ、シャルル様!?」
クリフの裏返った声が扉の向こうから聞こえる。
ええ~、そんな明らかに怯えた声出されると私もショック受けるわ。
あのクリフから嫌われてるって、死にたくなるレベルなんですけど……。
推しと話せるだけで鼻血出るほど嬉しいのに、一緒の空間にいる幸せを噛みしめてた数刻前までの私の気持ちがだだ下がりだ。
いや、推しに嫌われるとかそれは逆に美味しいのでは?
だって、嫌われる=自分という存在を意識してくれているってことだもの。
当て馬キャラって局所的に人気出ることもあるし、それはそれでアリかもしれないわね……。
いやいやいや! だから攻略対象に嫌われたら破滅フラグまっしぐらなんだってば!
しかも温厚なクリフに嫌われるとか、それ一番ヤバイんじゃないの?
ダメだわ、私! ここでなんとかしないと、今後死ぬ確率がアップしちゃうもの!
こうなったら荒療治よ。
思い出せ、前世で従姉妹のちぃちゃんの世話をした時のことを。
あれはちぃちゃんが小学五年生の夏休み、一ヶ月間私の家に預けられた時の話。
ちぃちゃんは私より三つ年下の悪ガキで、近所の子供をいじめて大人も手を付けられなかったらしい。
そんなこんなで叔母さんも困り果て、私に教育して欲しいと頼み込んだ(手紙で)のだ。
つまりは事情も話さず家に置いていって、手紙で事情を知らせるという事後承諾だった。
しかたなくちぃちゃんの面倒を見ることになったのだけど、これがまあ噂に違わぬ悪ガキだった。
従姉妹の私の言うことなんて聞かないわ、私の友達やその弟妹に喧嘩売るわでもう大変だった。
まさしく切れたナイフだった。いや、ちぃちゃん女の子なのになんで男子のガキ大将泣かせてるのって驚いたわ、本当。
あやうく一夏で友人の私への評判まで地の底に落ちそうになり、私は最終手段に出た。
そう、『教育』してやったのだ。
それはもう、英才教育を施した者だ。
小学生には些か刺激の強い作品から、ちぃちゃんも知ってるような作品の薄い本を与えてそれまでの価値観を徹底的にぶち壊してやった。
最初の数日は『アルカードとナルシスがはだかでだきあってる……』と混乱していた。
だが夏休みが終わることには『アル×ナルとかにわかじゃん。ナル×アルが至高、リバは認めない』と言うくらいに成長していた。
教育は完璧だった。
すっかり大人しくなったちぃちゃんを見て叔母さんは感謝の言葉をたくさんくれた。
実際は切れたナイフから腐った果実になってしまったのだけど、この世には知らないことがいい真実もある。
私が死ぬ前の時点では、ちぃちゃんは年齢を偽ってR-18の同人誌を出す有名サークルの主になるほどまでになっていた。
おかげでコミケの新刊を融通して貰っているからありがたいわ。
叔母さんが娘の将来をまた別の問題で嘆いていたのは、きっと気のせいよね。うん。
「つまり、クリフに強烈な体験を与えることで人格レベルで矯正するしかない……!」
「あの……どうかしましたかシャルル様。扉の前で微かに声がするのですが」
「あ、ああすまない。入ってもいいかな? っていうか入るよ。問題ないよね失礼するよ」
「あ、ちょっと待っ――」
部屋に入ると、クリフは涙で頬をぬらしていた。
そのガラス細工と見間違うほどに均等の採れた美しい顔に流れる涙は、一筋の光となって輝いて見える。
うう……やっぱり外見は最高ね……!
これはダメだわ、見てると目に毒よ!
「何だ、泣いてるのかい? 君ってやつは少し仕事が出来ないくらいで大げさなやつだな」
「は、はい……すみません。私のようなものがシャルル様の執事になろうなどと……
「あのさ。何か勘違いしてるみたいだけど、ボクが一度でも君のこと認めない風なこと言ったかな」
「え……?」
ぽかんとした表情でこちらを見るクリフ。
あ”あ”! だからその表情ずるいってば! なんで涙目で上目遣いしてくるのよ!
ここゲームだったら絶対CG回収シーンだわ! 仮に違ってもスクショしてスマホとパソコンに転送して壁紙にする。それくらい可愛い顔だった。
っと、危ない危ない。本題を忘れるところだった。
「ボクは君が気に入らないから注意していたんじゃない。単純にそれは違うよと指摘しただけだ。もしそれで君が負い目を感じて、仕事に負担を感じたんなら素直に謝ろう。すまなかった」
「やめてください! 王族の方が使用人に頭を下げるなどと……!」
「そうかな、謝るべき時に謝れない上司に部下は着いてこないと思うけど。とにかく、君はまだここに配属されたばかりなんだから出来ないのは当然。失敗なんて何度でもすればいいんだ。そこからゆっくり仕事を学んでいけばいい」
「ですが、それではシャルル様に迷惑がかかります。使用人としてそんなことは許されるのでしょうか」
「なーに、ボクだって剣の鍛錬では失敗ばかりだったし魔法も全然使えなかった。むしろ出来たことの方が珍しい。君の失敗なんて失敗の内にはいらないさ。それに君のお姉さんも最初の内は緊張で仕事が上手くいかなかったしね。みんな同じなんだよ」
「あ、姉が……?」
意外そうな顔をしてるけれど、彼女も最初の頃は全然仕事を覚えてなかった。
というか、退職するこの前まで仕事を覚えてなかったような……。
私の着付けは出来るようになったけど、それ以外の仕事はあの子どうしてたっけ……。
いや、やめよう。ここであたらしい火だねを作るのは。
「……コホン。わかったかい? 君が仕事出来ないのは当たり前。それで泣くのは大げさなの」
「そうですか……。確かに、シャルル様の身の回りの世話をすることになって気負いすぎていたのかも知れません。本来出来ることも出来なくなって、そのせいで余計手が回らなくなって……」
うんうん、プレッシャーとストレスでダメになるパターンね。あるある。
でも悩みがなんだかやたら現代社会的ね。ひょっとしてクリフってメンタル面が弱いって設定でもあったのかしら。
いや、私も明日から総理大臣の秘書やれって言われたらゲ○吐くわね……気負いすぎるのも納得。
「すみませんでしたシャルル様、どうやら私はとんだご迷惑をおかけしたようです」
「だからそんなの迷惑じゃないって。君の評価は今じゃなく、これからの仕事ぶりにかかってるんだから」
「はい、どうか見ててください。必ずやあなたのお役に立てるよう努力いたします!」
「うん、期待しているよ」
クリフの瞳に輝きが増す。涙は止まり、やや潤った瞳は宝石のような輝きを見せる。
彼の表情から、さきほどまでの弱気な彼ではないということが分かる。
きっと、心の中で踏ん切りが付いたのだろう。
「よし、じゃあ行こうか」
「え? どこにですか」
「決まってるじゃないか、教育だよ」
というわけで、改めてクリフに私の趣味趣向を叩き込んであげよう。
私の身の回りの世話をするなら、直接教えた方が仕事の覚えも早くなるものね。
え? なんかいい感じで終わりそうだったって?
いやいや、今元気づけてもそう簡単に変わらないんじゃないかしら。
やっぱりここは強いインパクトをドカンと与えないとダメだと思うの。
さて、まずはこの世界におけるノマカプとBLの普及性についての話から始めて……
クリフに取りに読ませた小説のカプを題材にBLの説明から入って……
宮中で人気なナマモノカプを予想させて、答え合わせをした後にクリフ本人のカプ相手も……
やることはいっぱいあるわ、ふふっふふふ腐……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます