第21話 執事さんはお困りよ!
「今日のお茶もおいしいね、クリフ」
「お褒めにあずかり光栄です」
今日もクリフの入れたお茶を飲みながら、午後の一時を過ごす。
アフタヌーンティーを嗜みながらセイに借りた魔法の本を読み進める。
この本は闇魔法について記された本で、公爵家の伝手を使ってやっとの思いで入手した物だ。
それをちょっとの間、私が借りて読ませて貰っている。
セイが何で闇魔法の本を入手したのか理由を聞くと『お前が暴走したらこっちはたまったもんじゃ無いから、事前に調 べておくんだよ』とのことだった。
セイったら何て素敵なお義兄さまなんでしょう。
嫌みったらしく言われたのに、全然苦にならなかったわ。
皮肉混じりの台詞だったけど、どうせ私のことを心配してくれてるんでしょう?
という風な言葉を投げかけたら
『闇魔法でやらかしたらコロス』とマジトーンで言われてしまった。
ムーちゃん共々気をつけます……。
ちなみに借りた本の内容だけど、あんまり深い内容は書かれていない。
闇魔法は危険な魔法だ。生命力を奪う人道に反した魔法。悪魔の象徴。
どれも噂や伝聞で広まった悪評ばかりだ。
闇魔法の実態ではなく、世間での闇魔法評をまとめたようなことしか書かれていない。
「ふぅ……また空振りか」
闇魔法についての情報が少ないから、それに関する本も必然的に少なくなる。
火属性などの五属性魔法は簡単な魔法の種類や、発動する際のアドバイスなど詳細に書かれた本が出回っているのに……。
レア魔法かつ闇というワードから漂う危険な感じのせいで、誰も調べたがらないのかしら。
『恐らく我のような呪いのアイテムが悪評を広めているのに一躍買ってるのだろうな』
ムーちゃん、余計なことを……。
聖剣催眠コースを九〇分追加ね。
今夜は寝かさないゾ♪
「せめて発動のコツとか分かればいいのになぁ……」
「その本を読み始めてからずっとため息ばかりですね。難しい本な のですか?」
「いいや、むしろその逆。この本、簡単なことしか書いて無くて踏み込んだ情報が一切載ってない。まるで前世のまとめサイトみたいに抽象的で一方的なことしか書かれてない」
「まとめさいと……とは?」
「何でも無い、言葉の綾だよ」
もうちょっと闇魔法に詳しい本とかあれば、私の魔法も上達するのかなぁ。
今私が使える魔法って、ムーちゃんからビーム出すだけだし。
私が憧れていた魔法とは少し違う気がする。
もっとこう……ズドーンって手から魔法を出して、ドカーンってなったりする感じがいいのに。
「はぁ……道は遠いなぁ」
「なるほど、シャルル様はもっと高度な本をご所望なのですね」
「あ、うん。この内容だとちょっと物足りないかな……」
「かしこまりました。少々お時間をください」
「うん……?」
クリフは宮中に入って、数十分後にいくつかの本を抱えて戻ってきた。
「ど、どうしたのクリフ……その大量の本は」
「シャルル様は今ある本の内容では不満とのことで、僕の伝手を頼 りに専門書を用意いたしました。どうぞお目通しを」
「あ、ありがとう……」
クリフの顔は、むふーと満足げな表情になっていた。
一仕事やってやったぜ、とでも言いたげな、褒めて欲しそうな顔だ。
でも……
「この本、全部筆者の考察ばかりで実例がないなぁ。今までの本よりは魔力のコントロールとかについて書かれてるけど、それも『五 属性の魔力コントロールはAのやり方。〇〇属性はBのやり方。じ ゃあ闇属性はBに近い方法、もしくは新たなCのやり方である』っ て感じだし。学生が間に合わせに書いた発表物みたいだ」
ここでいう学生とはこの世界の魔法学園の生徒ではなく、前世の中高生のことだ。
具体的なことを書かずにお茶を濁すようなやり方に、えらく親近感を覚えたのよね。
グループワークで議論をして、グダグダのまま進んで最後には曖昧な内容を発表する。前世で散々体験したことだ。
そんな微妙に残念な雰囲気が、目の前の資料たちからはしてきた。
はっきり言ってしまうと、あまり意味のないものだ。
読むだけで時間の無駄、とまではいかないけどね。
「あの、迷惑だったでしょうか」
私が怪訝な顔をしていたから、流石のクリフも様子がおかしいと気付いたようだ。
そんなことないよ、と言ってあげるのは簡単だ。でも、それじゃあ意味がないのよね。
イケメンに優しくするのは気分がいいけど、それ以前にクリフは私の執事だもん。
将来的に身の回りのことだけでなく、仕事も補佐してもらわないといけない。
そうなると、ここで甘やかすのはクリフのためにならない。
私は心を鬼にして、クリフに言った。
「うん、折角集めてくれた資料だけど……正直参考になりそうにないかな。気持ちは嬉しいけどね。悪いけど、この資料は片付けておいてくれないかな」
「かしこまりました」
クリフは何事もなかったかのように資料を片付けて部屋から出て行く。
ほっ。
ちょっと厳しいかなと思ったけど、案外大丈夫みたいね。よかった。
などと、その時の私はクリフの異変には気がついていなかったのだった。
◆
「クリフ遅いわね……」
魔法についての資料を届けてもらってから三日が経った。
あれからクリフの様子は変わったところもなく、仕事をこなして いる。
ただ、一つ気がかりなことがあるとすれば……
「仕事が遅い」
そう、クリフの作業速度が随分と遅くなったのだ。
元々はなんでもテキパキとこなしていたクリフだったけど、ここ 数日間は仕事が遅くなっていた。
「それでも、普通の人に比べたら十分早いんだけど……調子が悪い のかしら? それとも、まさかサボり!? あの真面目そうなクリ フに限って? 悪役王子である私に対して反抗的な態度を取ってい るの!? ああ、破滅フラグが近づく音が聞こえるわー!!」
もしクリフが私に嫌気がさしたらマズイわ!
主人公とフラグが立って、私の破滅が確定的になっちゃう!
くそう、こうしちゃいられない。早くクリフを見つけて私の悪印象を払拭しないと!
と、心配していたらクリフがやって来た。
「お、お待たせしました。こちらが民の間で流行している新しい衣服です。城の倉庫に届いてはいたのですが、見つけるのに時間がかかってしまいました」
「遅いよクリフ。倉庫で物を探すときは係りの者にリストを確認させて、棚の位置を知らせるようにするのが一番だ。自分で探すなんて時間の浪費だよ」
「すみません……。ところで、なぜ庶民が着るような服をお求めになられるのですか?」
「そんなこと決まってるじゃないか。王子たる者庶民の動向を探っておかないと、いざという時に大変だからね。民衆の趣味趣向というのは、貴重な情報だ。情報は財宝よりも価値があるのさ」
「は、はぁ……」
そう、情報っていうのは形がないからイマイチ実感が湧かないけど、かなり重要なものだ。
情報社会である現代日本で生まれた私にとっては、他のみんなが知ってる情報、自分だけが知ってる情報というものの重要性を痛いほど思い知らされている。
ゲームの攻略だって、情報を知ってるのと知らないのとじゃあ、まるで違うものね。
私は初見プレイではまず自分の直感に従うけど。
私は時折、城下で流行っている物を部下に持って来させる。
王族が世間知らずだと、得られる信頼も得られないからだ。
流行り物だけじゃなく、城下の経済など、様々な情報を仕入れているけど、あいにく私の頭じゃ整理しきれない。
だから、聞くだけ聞いてる状態になっちゃってるんだけど、無駄にはならないはずだ。
まあ、一番は世間の流行を追いたい私のミーハー心を癒すための行為なんだけどね!
「色々考えておられるのですね……」
「クリフ、君も王族に仕える者なら目の前の仕事だけじゃなく、広い視野を持って周りを見るんだ。それが今後の自分のためにもなるからね」
「はい」
そうしてクリフは部屋から出て行った。
気のせいかしら。出る時に小さくため息をついていたような……。
◆
「あやしい……。やっぱりクリフの破滅フラグが立っちゃってる気がするわ……!」
先ほどのクリフのため息を見た私は不安になり、クリフの後をつけることにした。
「いざ、スニーキング! ストーキングかしら? まあどっちでもいいわ」
この時間になるとクリフは自室に戻るはず。
今いる廊下を進み、別棟に行ってその二階にクリフの部屋がある。
「いた……」
思った通り、クリフは自室の前まで来ていた。
クリフが部屋の中に入るのを確認して、私はドアの前まで近づく。
「ドアに耳を当てて、聞き耳をたてるわ」
完全にストーカーな気がするけど、私は王子だからセーフ。
「……だよ……ない……どい……」
「クリフの声ね。話し声……じゃないわよね。独り言かしら?」
あんなイケメンでも部屋で独り言言うんだ、とイケメンの習性を知らない私はどうでもいいことに感心した。
「だいたい……僕じゃ……だよ……」
「こ、これ本当にクリフの声? なんだか普段の落ち着いた声に比べて落ち着きがないんだけど!?」
よく耳を澄まして部屋の中の声を聞く。
「シャルル様怖いよぉ! 僕が何かやると、すぐケチつけてくるんだもん! やだやだ、僕はお姉ちゃんの代わりに執事なんてやりたくない! 家に帰りたいよぉ!」
「な、な、な…………」
泣いてるーーーー!!??
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