第19話 執事が来たわよ!

 十四歳になって数週間が過ぎた。


 十二歳の誕生日パーティーから毎年私の誕生日にはパーティーを開くようになった。

 お陰で影が薄くて悪ガキ王子という噂だけ一人歩きしていた私も、貴族社会ではある程度認知されるようになった。

 何人かの上級貴族の家にお茶会に誘われ、遠回しに『うちの娘なんてどう?』という下心満載な誘いを何度も受けた。


 そんな風に、私も貴族社会の波に揉まれ、前世は女子高生だったという実感も薄れてきたこの頃。

 お付きのメイドであるマリアが、寿退職することになったのだ。  

 マリアはまだ十代後半だけど、この世界では二十歳になる前に結婚するのはそう珍しく無い。

 というか、前世と違って訳もなく三十代で未婚とかだったら不気味がられる。悪い噂を流されたりする。


 それくらい、この世界では早婚が主流だった。  

 まあ、私は結婚なんてする気は無いけど。

 というか、現状相手が同じ女性のジェファニーしかいないし、結婚なんて出来るはずがない。

 理想は王子の身分を捨てて、平凡な女の子として生きていくことね。


 でも、それだと破滅フラグの成れの果て、廃嫡オチが一番近道になってしまう。

 いやいや、廃嫡はいいのよ?

 でも、その過程が少々ヘヴィーというか、なんというか。  


 ま、まあともかく私のメイドのマリアが結婚するということで、 他のメイドたちと一緒に送別パーティーを催したところ、泣かれるほど喜ばれた。

 マリアには実に五年以上お世話になったから、別れるとなると少し……いや、かなり寂しい。

 仲のいい親戚のお姉ちゃんが大学や就職で他県に移るような気分になる。

 会おうと思えば会えるけど自主的に会うことはなくなるんだろうなという切なさと自分の薄情さからくる、ブルーな気分を味わった。


「最初はわがままな王子だと思ってましたけど、シャルル様との日々はとても楽しく、私の大切な思い出の一つです……! まるで弟のように可愛く……あ、失礼しました」

「いいえ、マリア。あなたの今日までの働きには感謝の言葉しかないよ。よくボクのことをずっと支えてくれたね。あなたというメイドがいたからこそ、ボクは王子として恥じぬようマナーを学ぶことが出来た。本当にありがとう、お疲れ様! これからの人生、どうか幸せに!」

「はいっ……ありがとうございます……!」


 メイド達も別れの言葉を送り終えて、パーティーも終わりに差し掛かる頃にマリアがふと口を開いた。


「あ、そうですシャルル様。明日から私の弟が新しく使用人としてシャルル様に仕えます。シャルル様に粗相のないように教育してますので、安心してください」

「弟? あ〜〜、そう言えば何年か前に弟がいるって言ってたね」

「ええ、弟は少々不器用ですから使用人として働けるようになるまで数年かかって……。ですが、今はシャルル様の元で働くには十分な能力はあるかと」

「そっか。マリアがいなくなって寂しくなるけど、君の弟が来るなら安心だね」

「はい、ご安心くださいませ」


 湿っぽくも暖かいお別れを済ませて、マリアを送り出した。  

 新しい使用人かぁ。弟……男の子ってことは執事かな。

 あれ……執事ってワードに既視感を覚える……。私、執事について大事なことを知っていたような。なんだったかしら……。

 ま、思い出せないってことは、大したことじゃないってことね!  気にしないでおくわ!


 執事、執事かぁ……。


 優雅にお茶を入れてもらって、ケーキが乗ったお皿を素敵な笑顔と一緒に渡されて……

 キャーーーーーーーー!

 なんだか乙女ゲームっぽい雰囲気になりそう!  

 ああ、楽しみだわ新しい執事!

 早く来ないかしら……!  明日が待ち遠しいわ!  


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  


 次の日


 私の部屋の前に、一人の少年が立っていた。

 立ち姿は姿勢がよく、そのせいか実際の身長以上に長身に見える。  

 顔も……まあ美少年だ。セイとガレイに挟まれて生活してたせいで麻痺してるけど、間違いなく美少年だ。

 同じく美少年で宮中で老若問わず女性に人気なセイとガレイよりも、更に容姿が優れている。

 優れた容姿の中に幼さが残る柔らかい表情。

 その美しい顔に、思わず私の警戒心が解かれてしまいそうになる。  


 でも……


「初めまして、シャルル様。昨日までシャルル様の元で働かせてもらっていたメイドのマリアの弟、クリフレットと申します」

「き、き、き、君がマリアの弟か。お姉さんには大変世話になったよ、君もこれから色々と面倒をかけるかもしれないけどよろしくねねね?」

「シャルル様? 声が震えてますが、体調が優れないのでしょうか。僕の初仕事はシャルル様の看護というわけですね」

「い、いやいやいや! 大丈夫だから! わた、ボク人見知りなだけで緊張しただけ!」

「そうですか……フフ。シャルル様は意外と普通の方なんですね」

「普通って……いや、まあ別にボクは自分のことをザ・常識人だと自負してるけど。王子に向かって普通は問題だよ、色んな意味で」

「失礼しました。ですが、噂よりも優しい方のようでしたのでつい ……」


 噂?


 …………あーーーー!!

 まだ私が悪ガキ王子だって噂が広まってるの?

 いやいや、誕生日パーティー開いたり、貴族のお茶会に参加して着々と評判上げてるもん! 私悪ガキじゃないわよ!


 あ、そっか。私が普段相手してるのって、貴族ばっかりじゃない。

 しかも、どっちかっていうと国の中枢に携わっている上級貴族の息 子や娘ばかり。

 先日まで使用人見習いをしていたクリフレットにまで私のちゃん とした情報が渡ってない可能性があるのかも。


 それにしても、いつまで私の悪評は続くのだろう。

 これが破滅フラグのトリガーにならなきゃいいんだけど。


「実際にお会いしてみないとその人の人柄というのは掴めないものですね。お会いしてみて確信しました。あなたは僕が仕えるにふさわしいお方だと。改めてこれからよろしくお願いします、シャルル 様」

「よ、よろしく〜〜……」


 たぶん、クリフレットに気に入られた……というよりは認められた?

 これで第一関門突破ね。

 何の第一関門かって? 決まってるじゃない。こういう時私がぶち当たる障害は、決まって破滅フラグに関することだって。


 つまり、クリフレット――通称クリフはゲームの攻略対象だ。

 この世界で攻略対象に出会うのはこれで三人目。何の因果か先に出会ったガレイとセイ同様、私が前世のゲームで攻略していないキャラだ。

 つまり、クリフルートで起こる出来事が分からない。

 前世のオタ友のゆりちゃん情報しか頼れるものがないのだ。


 ゆりちゃんの推しキャラはガレイで、ガレイルートは会話の中のどうでもいいネタ選択肢まで詳細に語られた。

 でも、クリフルートは話が平坦だったからかあまり内容を語ってくれなかった。

 唯一の救いはクリフルートでは大きな山場はないらしい、ということだけ。


 それもプレイヤーにとってのことで、クリフルートのシャルルわたしが どうなるかは不明だ。

 平凡な日常が続くルートなだけに魔剣の呪いとか、国家を滅ぼす様な破滅フラグではなく、小規模かつ的確な破滅フラグがあるかも。


 ……恐ろしい。

 前世のオタ友ゆりちゃん曰く、全てのルートでシャルルは可哀想な目に会うと言っていた。

 本当に、どうなっちゃうのかしら……。


「ん?」


 キラキラという擬音が聞こえてきそうな笑顔で、私を見つめるクリフ。

 やめて! そんなまで私を見ないで!  

 無理無理! ホント無理!

 私これからクリフとずっと一緒なんでしょ? ムリ死んじゃうから!


 だって……

 だってクリフは、私の本命……推し予定のキャラだったんだもん!

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