第18話 魔剣を手中に収めたわよ!
暗い闇の精神世界
誰もいない孤独な世界
私は一人、魔剣の力に侵されて、ただ自我の崩壊を待つ
しかし、不思議なことに、精神世界に声が聞こえてくる
私の呻き声じゃなく、魔剣の悪魔の囁きでもない
とても暖かく、とても頼りになる、大事な仲間の声がする
『シャル! 目を覚ませ! お前は魔剣に負けるような器量の狭さじゃないだろう!』
『シャルル様、シャルル様! あなたはこの国を背負う王の器。闇に惑わされ、光を見失うやわな精神をしたお方ではありません!』
『殿下! どうか今一度、このガレイにそのお声をお聞かせください! その為ならば、私は貴方に立ちふさがる一切の障害を切り捨 てましょう!』
ああ。 勘違いしていた
ここは確かに暗いけど
何も見えない暗闇だけど
私は、一人じゃないんだ
『何、バカな!? 我の力は既に貴様の精神を黒に塗りつぶしたはず! なぜ未だに自我を保っていられるのだ!』
そんなこと、決まっているじゃない
私が、仲間に支えてもらっているから
私という自我を、道を、みんなが教えてくれるから
目の前が見えなくたって、帰り道を忘れちゃったって
みんながいる限り、何度でも思い出せるから
だから、私は、闇なんかに飲まれない
私は、破滅フラグなんかに
運命なんかに、決して負けない!
『うおおお!! なんだこの暖かな光は! 吐き気を催す心地よさは! やめろ、貴様は闇の魔法を使うのだ! こんな感情は、絆などという繋がりは、まやかしに過ぎないのだぞーー!!』
確かに、絆なんて時と場合ですぐに崩れる脆い物かもしれない
昨日まで仲の良かった友達が、クラスのいじめの流れである日突然自分をいじめてくるなんてことも、前世で経験した
セイにガレイ、ジェファニーだって、今は仲よくやれているけど、 このまま時が経ってゲーム本編と同じ時期になったら、私から離れ ていってしまうかもしれない
でもだからって、最初から絆を投げ捨てるなんて私には出来ない
いつか疎遠になるかもしれない
じゃあ、最初から仲良くしなければいい
そんな考え、悲しいじゃない
そもそも、そんな考え方をしたら、人間はいつかはみんな死んでしまう
だから、どうせ別れが来ると分かっているなら誰とも関わらない方が楽だ
そんな考えにまでなってしまうじゃない
人はいつか別れ離れになる
でも、だからって築いた絆は無駄にはならない
喧嘩別れしたとしても、自然と疎遠になったとしても
……不慮の事故で死んでしまったとしても
その一つ一つが思い出になっているんだから
人生を一度終えた私だからこそ言える
絆は、決して無駄じゃない
『そんな曖昧で不明瞭なものは邪魔なのだ! 人はただ己の感情に素直になればいい! 壊したい、殺したい、滅茶苦茶にしたいと! 黙って我の言うことを聞けばいいのだぁ!!!』
そう
やっと分かったわ、バルムンク
あなたは魔剣として生み出され、闇の力を備えてしまった悲しい 存在
あなたは自分が魔剣であるという事実から、負の感情を募らせてしまっているのね
『黙れ!! 我は魔剣だ! 手に取る人間を悉く破滅に導く呪いの剣だ! 我にとって生み出された時から定められた役目、運命なのだ!』
運命なんて、あやふやなものを信じるのね
絆という不安定なものを信じないあなたが
『運命は変えられぬ。定められた道筋が縛り付ける。いくらもがいても、魔剣という運命からは逃れられぬのだ!』
なーんだ
やっぱり嫌なんじゃない
あなたも本当は、魔剣なんて役割演じることに嫌気がさしてたのね
『…………そうだ。我は、我は魔剣として生み出されてからずっと、ただ呪いを振りまく道具として忌み嫌われてきた。剣であるのにまともに振るわれることもなく、ただ握ることさえ躊躇される。
こんな惨めなことがあると思うか!? 我は、我はただ一振りの剣として
そう
あなたにも、悩みがあるのね
『それもこれも、我を扱いきれぬ人間が悪い。我を魔剣として生み 出した人間のせいだ。ならば我は、望み通り魔剣として振る舞って やろう。我を手に取る人間と、その周囲に災厄を。我こそが最強の 魔剣なのだ!』
もう、いいんじゃないかしら
『何……?』
あなたは十分苦しんだし、我慢もした
そりゃ、人々に呪いを振りまいたのは許せないけど、あなたを呪いの魔剣として生んで扱った人間も悪いしね
だから、もう素直になっていいんじゃないかしら
『人間、何が言いたい』
単刀直入に言うわ
あなた、私の剣になりなさい
『……は? 何を言うかと思えば血迷ったか。我に精神を乗っ取られている貴様が、我をただの剣として扱うだと?』
そうよ
あなた、魔剣としての能力を無視しても剣として凄く強いみたい だし、この国の王子である私にとって心強い武器になるはずだわ
それに勘違いしてるわよ
あなたは私を乗っ取ったと思ってるみたいだけど、もうこの精神世界の主導権は私に帰ってきてるみたいよ
『ば、馬鹿な! たかが人間如きに我の呪いが押し負けるだと! くそ、闇魔法の才能がここに来て開花したか! 我の力を与えたこ とで、闇の力に順応したな! よもやここまでの力があろうとは… …ええいあり得ぬ! 貴様、一体何者だ!』
悪役王子もしくは悪役王女よ、よろしく
と言っても、主導権が戻ってきてるのは外のみんなのおかげでもあるみたいね
でもまさか、私の適正魔法が闇魔法だったとはねぇ
そりゃ、ゲームで悪役になるわけだ
でも、闇属性イコール悪役って考えも安直よね
闇の力を使うヒーローなんて、フィクションでいくらでもいるんだから
私はゲームの運命に従う気は無いわ あなたもそうでしょ?
『我、は』
想像したことないの?
自分の力を思う存分扱える剣士のことを
闇の力を気にせず、普通の剣として振る舞う自分を
『我は……』
さあ、一緒に行きましょう
私は悪役なんて役割に興じる気はないわ
あなたも、呪いの魔剣なんて浅い設定に負けないで!
私と一緒なら、あなたはこの国の王子の大事な剣になれる
呪いの剣から、王国に伝わる伝説の剣になるチャンスなのよ!
『…………』
さあ、一緒に!
『ふっ、くだらぬ。我は人間に従う気などない』
……そう
『……だが、貴様が真に我を使いこなせるか。我が闇の誘惑を振り 払えるか、間近で見るのも悪くなかろう』
……うん!
これからよろしくね!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気が付くと暗闇の世界から一転して、宝物庫へと景色が変わっていた。
目の前にはセイとジェファニー、そして剣を構えたガレイがいた。
「殿下! 意識が戻られたのですか!?」
「落ち着けガレイ、警戒を解くのは早い。おいバカシャル、この指が何本に見える?」
「そういう質問って素直に三本って答えたら、立ててる指の本数を聞いたわけじゃありませーん! とか言われるから、 五本で」
「ぶっぶー、正解は三本でしたー!」
「ふう……よかった、ちゃんとシャルル様のようですわ。よかった、 無事で……」
私がセイの答えにいらっとしていると、涙目のジェファニーが抱きついてきた。
私のことを心から心配してくれたジェファニーに申し訳がなく、そっと頭を撫でる。
「バカシャル、お前の無茶のせいで俺たち大変だったんだぞ? 見ろよ、周りの様子を」
「ん? ……って、なんだこれーーーー!!??」
驚天動地。
宝物庫の奥のスペースが、火で黒ずんでたり魔法の衝撃で壁や床が抉れてた。
バトル漫画で見るような光景に、私は唖然とする。
「これを、ボクが?」
「私と正気を失った殿下による戦いで、このようなことになりまし た。ですが、流石ですね殿下! まさか殿下にあのような力があろ うとは、このガレイ感服いたしました! 我が魔法剣を全て防ぎき るとは思いもよりませんでした。やはり普段の稽古では実力を隠し ておいでだったのですね!」
「へ? ボクがガレイの攻撃を全部防いだ? いやいやいや、あり 得ないっていうか、それたぶん魔剣の力のおかげでボクの実力じゃ ないっていうか……」
「いいえ! 殿下は今こうして魔剣の誘惑を振り払っています! それはつまり、あの実力は殿下の実力に違いありません! 殿下、 次の稽古ではまた全力でやり合いましょう、私も火が付きました!」
「ひ、ひぇ〜〜〜〜」
ガレイは輝いた瞳で私を見つめている。
またあらぬ勘違いをされているような……。
っていうかガレイと全力で勝負するとか、命がいくつあっても足りないに決まってるじゃない!
嫌よ、せっかく生き残ったのにそんなしょうもないことで死ぬのは!
「シャルル様、お加減はいかがですか? どこか痛いところはありませんか?」
「うん、目立った怪我はしてないけど……ちょっと体がだるいかも。今は早く休みたいな」
「あら、でしたら私の膝枕なんていかがでしょう。シャルル様のために、普段から全身を柔らかく揉んでどこにでも頭を置けるように してますのよ?」
一体なんの努力をしているんだろう、この子。
「うーん、せっかくだけど部屋のベッドがいいかなぁ」
「そうですか……ベッドで眠るよりも心地よい時間を与えられるよう、精進します」
この子は何を言っているんだろう。
意味を聞いてしまったら後悔しそうだから聞かないでおこう。
「で、魔剣の方は本当に大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよセイ。呪いは完全に振り切ったから。ボクが操られることは無いと思う」
「そうか、よくやったなシャル」
「うん……でも、みんなは魔剣に触れないように気をつけてね。一 応、魔剣としての力が無くなったわけじゃないから。あくまでボクが魔剣の力に適応したって感じだと思う」
「分かった。気をつけるとしよう」
セイの差し出した手を掴んで立ち上がる。
そこで、ふと胸元がスースーすることに気付いた。
視線を落とすと、私のシャツが焼けて前がはだけている。
ちなみに、私はブラは着けていない。この体は十三歳にもなって、全く胸が成長していないから着ける必要がない。悲しい。
ブラを着けていないということは、シャツが焼け落ちたら、前が丸見えというわけで。
男として生きている私が、そんな格好になるのは非常にマズイわけでして。
つまり、胸を見られたら女だとバレてしまう!!
「あっ! ちょ、こ……これはっその!」
「まあまあシャルル様、そんな格好では風邪をひいてしまいますわ。さあ、私の上着でよければお召しになってくださいまし」
「殿下、申し訳ございません。殿下のお召し物を燃やすつもりは無かったのですが、私の魔法剣の属性が火だった故、仕方がなかったのです」
あ、あれ?
なんかみんな反応が薄くない? ほ、ほら〜胸だよ〜?
そこはほら、『お前女だったのか〜〜!?』って驚くところじゃ ないかな〜?
いや、バレたいわけじゃないけど、もうちょっと驚いてもいいんじゃないかしら?
「しかし殿下は体が華奢ですね。もう少し肉を食べた方がいいです よ、肉を」
「あら、私は線の細さもシャルル様の魅力だと思っていますが?」
「しかし一国の王となるもの、やはり体は健康である方が何かと便 利です。そうなると信頼できるのは筋肉、それには肉を食べること こそ一番で……」
ああ、分かった!
みんな、私の胸を見ても女だと気付いてないんだ!
何で気付かないかって? 前世も今も驚くくらい絶壁だからよ! チクショーーーー!!!
「…………」
「セイ? どうかしたの?」
「い、いや何でもない」
セイは私の方をチラチラ見ながら、顔を赤らめていた。
どうしたのかしら、宝物庫は冷えるから風邪でも引いたのかな。
まったくしょうがないわね、セイったら。
「でも、これで破滅フラグの一つは完全に乗り越えた。ありがとう、 みんな!」
「いえ、これも全て殿下の勇気がもたらした結果かと」
「お前の無茶も、案外いい方向に転ぶんだな」
「私はシャルル様ならできると信じてましたわ〜〜」
何はともあれ、【誰ガ為ニ剣ヲトル】の厄ネタの一つ魔剣バルム ンクを無事に回収したわ!
これで国を滅ぼそうと暴走する未来は少なくとも無くなったわね ! 順調じゃないかしら。
さて。今日はもう眠いから、暖かいベッドでゆっくり眠るとしようかしら。
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