第17話 闇魔法の才能を開花したわよ!

 暗く黒い、何もない空間で私は目覚めた。


 そこは暗闇の世界。

 自分の手足すら見えず、あまりに視界が閉ざされているせいか脳 が麻痺して五感が機能してるのかわからなくなる。

 それ程に真っ暗な空間。


(あれ……私、なんでこんなとこにいるんだっけ……)


 確か、私の部屋にみんなを呼んで、秘密の抜け道を通って宝物庫 に入ったはずだ。

 その後、魔剣バルムンクを見つけて……。


(そうよ! 確か、バルムンクの柄を握った瞬間に意識を失ったんだわ!)


 だとすると、ここは夢の中……もしくは無意識の世界ということだろうか。

 いわゆる精神世界だとしたら、そんなところで目覚めるなんてまるで漫画だ。

 ただ、いくら見渡しても暗闇は一向に明るくならない。

 これで実は目隠しされてるだけとかなら笑うけど、五感が鈍っている以上、普通ではないことは確かだ。


「あ、あー、あー。うん、声は出る。でも周りには反応なし。手足も少しずつ動くようになってきたけど、不思議な浮遊感みたいなものを感じるわ。いよいよもって、ここが精神世界と認めるしかない わね」

『ほう……我の魔力を受けてまだ自我が残っているか』  


 突如、どこからか不気味な声がした。

 それはおおよそ人間から発せられたような声ではなく、超然とした得体の知れないなにかから発せられたように感じられた。


 なぜそんなことが分かるのかって?  

 だって、感じるんだもの。

 凄まじいまでの魔力を、悍しいほどの怨念を……。  

 そう、この禍々しい力は間違いない。

 私の意識を奪い、精神世界に引きずり込んだ張本人(張本剣とで も呼ぶべきかしら?)。


「魔剣……バルムンク」

「驚いた。まさか我のことを知る者が今の世にいようとはな。我が何なのか知らぬ無知なる莫迦者が、我の刀身に見惚れて手に取ったものだと踏んでいたが……」


 暗闇の中に薄暗い明りが現れる。

 その明りは肝試しの時に出てくる人魂みたいだ。

 ゆらゆらと揺れるシルエットは、どことなくドラゴンの形をしているようにも見える。


「こっちこそ、まさか魔剣に人格があったなんてね……驚いたわ」

「ふん……中々の魔力を有しているから気紛れで顔を出してやったのに、なんだ貴様女か。その身なりで男かと思うたが、くだらぬ変装で男のふりをしているだけではないか」

「あら、女だと不満かしら。それに、下手に男女がどうのこうの言ったら怒る団体があるから注意した方がいいわよ」


 その団体っていうのは前世の話だけどね。


「魔力の質は一流、しかし肝心の魔法の才能がまるでない。とはこの事か」

「ふん、言ってくれるじゃない」


 ちなみな今言われた『キメラに鞭』とはこの世界のことわざだ。  

 複数の魔物が合体したキメラという魔物がいる。

 キメラはとても強力だけど、色々な魔物が混ざっちゃってる分知能が低下してしまっている。

 だから、強力な魔物であるキメラを従えようと鞭で叩こうと決して言うことを聞かず、ただ敵として認識されてしまうということから取った諺だ。

 意味としては、才能があるのに活かせていない……とかそんな感じ。

 元の世界では豚に真珠とか猫に小判なんかの諺が意味合い的に似てる。


 つまり、私の魔力を宝の持ち腐れだと馬鹿にしたわけだ。  


 許すまじ! と言いたいところだけど、事実だからあまり強く言い返せない。

 私が黙っていると、バルムンクは私を品定めするように見てから、フフと笑いをこぼす。


「まあいいだろう、合格だ」

「な、合格ですって? い、一体なにが合格だというの」

「そのままの意味だ。貴様が我を求めたのは力が欲しいからだろう? ああいい、弁解する必要などない。大昔から我を求める人間はそういうものだと理解している」

「だ、だったら何? 力をくれるとでもいうの?」


 別に力が欲しいわけじゃなくて、むしろ逆なんだけど説明するのも面倒だ。

 それに素直に従ってくれるなんて、そんな甘い展開なんてあるわけでないってことくらい分かってるんだから!


「ああいいだろう。力が欲しいなら……くれてやる」


 ……何ですって? 力をくれる? あの魔剣バルムンクがこんなに素直に? 

 一体どういう風の吹き回し?

 ……怪しい。絶対に裏がある。  

 ここは慎重に様子を見よ――――


「きゃああああぁぁぁぁ!!??」  


 突然、の……衝撃……。

 頭、が……真っ黒に塗り、潰されそ……う。


「ふはははははははははあ!!!! そんなに力が欲しくばくれてやろうとも! 我の力を与えて、貴様を我の傀儡にすることでなあ!! どうだ、我という史上で最も最強の魔剣をふるえるのだ、光栄に思うがいい! ふふ、はははははは!!!」

「あ、ああ……うぁ……」

「まだ抵抗を続けるか、存外にしぶといな。そのしぶとさ、貴様の魔力の質からくる抵抗力か。なるほど確かに魔法の才能はないが、我の器としてはこれ以上にないほどの上物だ! 褒めてやるぞ人間 !!」


 意識が、消え……る。

 ここは、私の精神……世界。

 ここで意識を、失うということ…… は、

 つまり、私の……人格の消失を、意味、す……


 ……


 ………………


 …………………………


 …………………………………………


「ふっ、堕ちたか。多少は骨のあるやつだったが、所詮はこやつも他の人間と同じく我を御しきれなかったか……。他愛の無いやつよ」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「セイ様! シャルル様がもう何分も剣の柄を握ったまま動きません! 一体どうなってしまったのですか!?」


 宝物庫にジェファニーの声が大きく響く。

 声は反響して、宝物庫の外にいる見張りに聞かれたのではないかと心臓が跳ね上がる。


「落ち着け、まだ異変が起きたわけじゃ無い。今はただ注意深くこのバカシャルを見ているんだ」

「異変というのならこの状況が既にそうではないでしょうか。セイ様、殿下の魔力に変化はないのですか?」


 ガレイの言う通り、今のバカシャルは普通ではない。

 魔剣に触れてから、まるで時でも止まったかのようにぴたりとも動かなくなってしまった。

 瞳は開いたままだが、目の前で手を振っても反応しない。  

 意識がどこかに飛んで行っているとしか思えなかった。


 俺はバカシャルの背中に触れて、彼女の魔力の流れを監視していた。

 もし魔力の流れが乱れたり、急におかしな魔力が発生したら魔剣に洗脳されたと見なしてガレイがバカシャルを拘束する。

 そして、もし本当にバカシャルの体内に異常な魔力が発生していたら、俺とジェファニーでその魔力を変換、無害なものに変える。

 そういう手筈だ。


 だが、今のところ魔力におかしなところは見られな――


「あ、ううぅ……」

「シャルル様!? 気が付かれましたの? 大丈夫ですか? あなたのジェファニーはここにいますよ!」

「……っ! おい待てジェファニー、そいつから離れ――」

「う、あああああ!!」

「きゃっ!」

「ぐぅ!」


 シャルから膨大な魔力が噴出される。

 その勢いはまさに暴風とでも言えるほどに強く、すぐ近くに寄り添っていた俺とジェファニーは宝物庫の壁まで吹っ飛び、全身を叩きつけられる。


「大丈夫ですかお二方! 殿下、お気を確かに!」


 シャルの様子を見て即座に暴走したと見抜いたガレイは、剣の鞘を抜かないままシャルに剣を振り下ろした。

 肩を狙った一撃。おそらくそれで意識を奪うつもりだったのだろう。


 しかし――


「な!? 私の剣を、何か見えない壁が阻んでいる!?」

「魔力だ……魔力の壁が発生しているんだ。しかしシャルのやつは魔力を魔法に変換できなかったはずだ。一体、どこであんな技を覚えて……」

「殿下、お許しください! 我が剣を抜きその矛先を主に向けなければならぬことを! このガレイ、後でどのような処罰も受け入れましょう、ですが今は!」


 ガレイは鞘から抜刀して、即座に魔法剣を発動する。  

 眩い炎が薄暗い宝物庫全体に光を放つ。

 その輝きは太陽のようだった。


「このガレイ、殿下を必殺剣を使わなければならぬ相手と判断し、全力で向かわせていただく! 失礼!」

「っ! うう、ああああ!!」


 ガレイの炎の剣が炸裂し、シャルを炎が飲み込もうとした時、シャルもまた魔剣を振った。

 魔剣からは黒き極光が放たれて、ガレイの炎を相殺した。


「なんだと!? 私の必殺剣と相対する技をお持ちだったとは。やはり殿下は私の想像を遥かに超えるお方……」

「感心してないで油断するな! 今の技を見て確信した! シャルのやつ、魔剣の力で闇魔法を使うようになっている!」

「闇魔法? それは基本の五属性から外れた魔法ではなかったのですかセイ様」

「その通りだ。バカシャルのやつは魔法の才能は無かった。いくら魔剣といえど、本人に才能がないのに後付けで闇属性の魔法が使えるようになるのか……? あれほどの魔剣ならあり得る……か?」  


 シャルのやつは属性適正を調べる時に、魔石から煙が出て属性への適正が無いと分かっている。

 多少の向き不向きを魔剣で強化するならともかく、全くのゼロをあれほど強力にすることが出来るのか?


 過去の記録では魔剣の使用者は皆、本人の適正魔法が進化して闇炎魔法や闇雷魔法になったと記述されていた。

 火属性の魔法に闇の力が加わるという風に、元の属性を闇の力で底上げされているのだ。

 だがシャルには元となる属性がない。


 もしかして、ゼロを闇の力で底上げすると純粋な闇魔法になるのか?

 それにしては強すぎる。一体、どうなっているんだ。


「……もしかして」

「何か気付いたのかジェファニー」

「あくまで私の推察ですが……可能性として。シャルル様は以前、私の無属性魔法を見て、自分も他の属性魔法の才能があるのかもと仰っていました。どんな属性なのか分からないから、鍛えようがないとも」

「それは……あり得なくはないが」


 確かに基本の五属性以外の魔法を覚える魔術師もいる。

 しかし基本の属性から外れているだけあって、中には適正検査の結果からではどんな属性なのか判断出来ないというものもある。

 シャルの魔法適正もそれだというのか。

 俺には、故障して煙が出たようにしか見えなかったが。


「もし、ですよセイ様。もしシャルル様が最初からとある属性への適正があったとして。それが魔力の質と同様に遥かに高い才能だとしたら……。その属性が、あの魔剣の属性と一致してるのだとしたら?」

「……闇魔法。シャルの適正は闇魔法だというのか!? 適正検査の時の黒い煙は故障ではなく、闇の瘴気だったというのか!?」

「可能性はあります。つまり、シャルル様は運が悪いことに魔剣との相性が非常に良いということです」

「そんなの、俺たちの魔力変換で無効化出来るのか? あいつの魔力は桁外れだぞ」

「無理かもしれませんね……。ですが、やらない理由にはなりません。なぜなら、私はあの人の妻となるのですから。夫が挫けそうな時は隣で支えるのが妻の仕事です」


 ジェファニーの言葉に頷く。


 出来るのか? とは言ったが、俺もやらないつもりなんて欠片も ない。

 なぜなら、妹を助けるのは兄貴として当然だからだ!


 ガレイの様子を見る。

 ガレイは闇の力をコントロールし始めたシャルに押され始めていた。


「ガレイ! 全力だ、全力でやれ! 怪我は魔法でどうとでもなるし、お前の行いは忠義に則ったものだ! 恐れずして向かっていけ !」

「しかし、殿下の身の安全が……」

「シャルル・ノアロードの近衛騎士ガレイ・ガイアース! 貴殿は、!」


 それは、この国の騎士道における覚悟を問う言葉。

 何のために、誰のためにその手に持った剣を振るのか。

 問われた騎士は嘘偽りなく、己が信念に基づいた返答をしなければいけない。

 つまりこの言葉は、騎士として最も重要な局面、命を賭けるに値する場ではないのかと、その覚悟を確かめている。


 我が妹分、シャルの騎士であるガレイに。  

 主を命を賭して守り抜く覚悟があるのかと。


「我が剣は……」


 ガレイは一度シャルから距離を取る。そして、その手に持つ剣を鞘に納める。

 そして、大きく深呼吸をして、力強く剣をとる。


「我が剣は――ただ一人の主の為に!!」


 剣からは先程とは比べ物にならないほどの業火が吹き荒れる。

 その熱に肌が赤くなり、その輝きに眼は一瞬で乾く。


「魔剣バルムンクよ、我が誇りと信念を乗せた渾身の一撃、その刀身に受ける覚悟はあるか! 食らうがいい、そしてく消えよ。貴様の存在は我が主に相応しくない――炎熱剣!!」

「あああああぁぁぁぁ!!」


 闇の衝撃波と炎の熱波が激突する。  

 両者とも、力が拮抗して動かない。


 そして、その隙を突いてシャルの後ろに回り込む。

 俺とジェファニーはシャルの肩に手をかけて、シャルの体内の闇の魔力を中和する。


 ずぅぅん……と、重苦しい力が全身に襲いかかる。これが闇の魔力か。


「ぐ……こんな力をシャルは……受けているのか」

「シャルル様! シャルル様! お目覚めください、気が付いてください! あなたはこんな闇の力に飲まれてしまうほど器の小さな方ではございません! 帰ってきてください、戻ってきてください !」

「おい、シャル! お前眠りは浅い方だっつってたよな! ならさっさと目を覚ませ! 暗い夜だから寝ちまうっていうならよ、俺がこんな闇振り払ってやるからな!」


 魔力を迸らせる。

 全身に重苦しい力が降りかかる。

 まるで、闇の力が俺たちにまで侵食して来てるようだ。  


 だが、決して負けない。

 俺は、妹を取り戻す!  そして。


 そして。

 魔剣バルムンクを握ったまま、シャルは動きを止めた。

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