第16話 魔剣バルムンクを解放するわよ!

 私の部屋には、実は秘密がある。

 それは部屋の左奥から三歩ほど後ろに下がった床に隠し通路があることだ。


 前世の記憶が戻る前、部屋の中で走って暴れてた時にその箇所だけ足音が変わったことで気付いたのだ。

 記憶が戻る前のシャルルは一度だけその通路を利用した。  

 通路は手足を地面に落として通れる狭さで、たぶん太った人なら 通るのはキツイと思う。


 通路を進むと同じくどこかの部屋の床に繋がっていた。

 床を外し て部屋の中に入ると、価値の高そうな美術品や貴重な史料など国の 財産と呼ぶに相応しい品々が揃っていた。

 そこはノアロード王国の宝物庫だった。

 シャルルはその中から一つのアクセサリーを持ち出し、こっそり身に付けている。


 ちなみにそのアクセサリーはこの世界が【誰ガ為ニ剣ヲトル】の世界だと気付いたその日に真っ先に外した。

 バレたらどんな罰を受けるかわかったもんじゃないからね。破滅フラグはゲームの中の出来事だけとは限らないし。


 そのアクセサリーは私の部屋の机に隠してある。

 しかし今、私はそのアクセサリーをポケットに入れてある。

 今回、もう一度宝物庫に潜り込むわけだけどこの際だから元の場所へ戻しておこうと持ち出したのだ。

 私の後ろには乳兄妹のセイ、近衛騎士のガレイ、婚約者のジェファニーの三人がいる。

 三人ともそこらの兵士や魔術師よりも優れた才能を持っている。  

 この三人となら、私の目的を果たすことが出来るってわけね。


 さあ、いざ闇のアイテムを求めて!


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「というわけで、ここがその宝物庫だよ!」

「まさか本当に部屋に隠し通路があるとは……この国の警備網はもうダメだ……」

「おお! 見たこともない宝が山程ありますねっ! さすがはノア ロード王国の宝物庫、どれも値がつけられないほどの一品と見まし た!」

「どの宝でも、シャルル様の輝きに比べたら鉛程度の輝きですわ~」

「うむ、それは激しく同意です!」


 私の部屋から四つん這いになって通路を通ってきて十分ほどして、ようやく宝物庫に着いた。

 ガレイなんかは十三歳にしてもう体格がよくなり始めてるから、少し窮屈そうだったわね。


 ジェファニーはスカートを履いているから一番うしろにいてもら った。

 本人は少し不満そうだったけど、なんとか納得してもらった。

「シャルル様がどうしてもと言うなら、後ろから覗いてもらっても ……きゃっ私ったらはしたない……♥」

 とよく分からないことを言 ってたからスルーした。


 セイは私の後ろにいたけど、来る間ずっと視線が鋭かった。

 私の 方を見て、険しい目をしていたから何事かと思ったわ。

 きっと宝物 庫へ続いているという私の言葉をずっと疑ってたんだろう。


「で、バカシャル。ここに何の用があってきたんだ? お前は宝に 目がくらむ様な性格をしているわけでもないだろうに」

「確かに。殿下は装飾品は最低限のものしか身につけられませんよね。以前は黄金のブレスレットを着用していましたが、剣術の稽古を始めると共に身につけなくなりましたし」

「まあ、稽古の邪魔になるからとお気に入りのブレスレットを外すなんて……シャルル様は本当に芯が通っていてご立派ですわ~」

「あはは……」


 言えない……そのブレスレットもここから盗み出したものだなんて。

 いや、前世を思い出す前の私がやったことだから私は無罪だ!  

 人格は以前のシャルルと融合した状態だから言い訳無用? 

 そうね。私が悪いです!


 私は今回の目的を三人に話す。


「実はこの宝物庫にとある闇のアイテムが眠ってるって情報を掴んだんだ。その闇のアイテムはとても危険で、この国を脅かすほどの力を秘めているらしい」

「闇のアイテム、ですか。それは一体どういった物で?」

「闇のアイテム……おいバカシャル、まさかあの魔剣のことを言っ てるんじゃないだろうな」

「あら、セイ様はなにかご存知ですの? シャルル様の乳兄妹だけ あって流石の博識ぶり、私感服する限りです」

「セイ様、その魔剣というのは……?」


 セイは魔剣バルムンクについての知識を披露し始めた。

 流石公爵家の長男、将来国を支える人物になるだけあってその知識は既に並の大人を凌駕している。

 私のゲーム知識を披露する機会が奪われたなんて思ってないからね! 

 悔しくなんて思ってないんだからね!


「この国の始祖達は冒険者だった。当然、この宝物庫にもかつての冒険で手に入れた宝が多く収められている。しかし宝といっても千差万別、値があるものから価値のつけられないものなど色々ある。 中には、危険な物もある」

「危険な物……それがシャルル様のおっしゃる闇のアイテムなのですか?」

「通常の闇のアイテムなら使用者の魔力や生命力を削って強力な技を行使できるなど、命の危険が少々ある程度の代物が多い。それらは特別危険視するほどのものでもない」

「いや、十分危険な気がするのですが……」  


 私もガレイの意見に賛同したい。

 いやいや、命を削って強い技を使えるってそれ漫画とかだと使ってる人が確実に死ぬやつじゃん!

 それを危険な物じゃないって……そりゃ、セイとガレイならそんなアイテムを使う人にも勝てるかもしれないけど。

 一般人からした ら十分危険だと思うわよ?


「命の危険があるだけマシと言っている。真に危険な物は、使用者の意識を奪うなんて物があるからな」

「!」


 セイの言う、使用者の意識を奪うアイテム。それこそが私がここに来て回収しようとしているアイテムだ。


「使用者の意識を奪う……ですか。確かに使うことで生命力を消費するような物より、よっぽど恐ろしいですわね」

「道具に使われる……なるほど本人の意志が介在する余地がなくなるのですか。闇のアイテムというだけあって、恐らく意識が乗っ取られた後は暴走をしてしまうのではないでしょうか」

「その通り、バカシャルの言う魔剣もこの類のアイテムだ。かつて魔剣を使用した者の記録が残っているが、剣を一振りしただけで貴族の屋敷が半壊したらしい。威力だけでも恐ろしいが、最も危険なのは剣の性質だ。剣の使用者は魔力を吸われてカラカラの干物の様 になってしまい、死ぬまで剣の言いなりになったそうだ。他人の声は一切届かず、まるで操り人形のように自我を失っていたと記録に書かれている」


 セイは説明を続けながら歩みを進める。

 そして、宝物庫の奥までたどり着いた。そこには一本の剣が鎖で縛られていた。


「これがその魔剣だ」

「そのような魔剣がこの王宮にあったなんて……」


 ジェファニーは口に手を当てて、青ざめた顔をしている。  


 当然の反応だわ。一人の人間がそれを使っただけで大きな被害が出て、おまけに本人にも止めることができない魔剣。

 それはもはや人災じゃなく天災とも言える。なにせ剣を使おうとする最初の行動こそ人の手によるものだけど、その後の被害に人の意思は介在していないのだから。

 だからこそ、ゲームのシャルルはその強大な力を求めた。そして飲み込まれた。


 でもゲームのシャルルは魔剣を手にした後も暴走こそしていたけど自我は残っていたのよね。そこがちょっと気がかりだわ。

 何にしても、いずれ来る破滅フラグのきっかけになるアイテムを早いうちに対処しておかなくちゃね。


「シャルル様、この様な危険なアイテムを回収してどうしようというのですか!? まさか、使うつもりではないですよね!?」

「殿下、その魔剣は危険です。関わるべきではありません。どうかこのガレイのお言葉を受けていただきたく!」

「バカシャル、こいつのことをどこで知ったか知らんがやめておけ。こいつは人間が扱うには過ぎた代物だ。使用者だけでなく、その周囲にも破滅をもたらす災厄そのものだ」

「わかってるよ」


 この剣が危険なことはこの世界がゲームの世界だと思いだしてから真っ先に気付いている。

 だからこそ、この三人を連れて万全を期しているんだから。


「みんな、ボクはこの剣を手に入れる。そして制御してみせる。こんなものが我が国に置かれたままだと、遠い将来我が子孫たちに必ず災いをもたらすだろう」

「ですが殿下っ!」

「魔剣は確かに危険だ。しかし、その性質を理解していれば対応することも可能だ。違う、セイ?」

「……確かに。だが、人格を乗っ取るほどの魔剣にどう対応するんだ」

「そこでみんなに協力してもらいたいんだ。ボク一人じゃ出来ない魔剣の制御を、みんなに手伝ってもらいたい」

「どういうことですかシャルル様?」  


 私は計画を三人に話す。


「魔剣の性質は闇の魔法による精神汚染、および人格の支配だ。つまり、魔剣は闇魔法の性質を持っている。そこで魔力の量だけは自慢出来る私と魔法の知識が豊富なセイ、魔力の変換が得意なジェフ ァニーの出番ってわけ」

「わ、私は!? 私はどうすればいいのですか?」

「ガレイには、私が魔剣に乗っ取られたときに暴走を止めてほしい」

「っ……! 私に、主に剣を向けろというのですか?」

「聞いて、ガレイ。これは君にしか出来ないことなんだ。君はもう、この国でもトップクラスに強い。そんな君だからこそ、魔剣で暴走したボクを止めることが出来るかもしれない。そして何より、騎士ならば主が間違った方向へ行こうとしている時、全力で止めるのが 役目だ。それを君に任せたい」

「殿下は卑怯です……間違ったことを止めるのなら、私は今ここで魔剣を手に取ることを止めたい……!」


「国の未来のためだ、許してほしい」  


 本音は破滅フラグを回避したいだけなんだけどね。


 ここで暴走してしまったらゲームと同様ガレイに病院送りにされるんじゃないかって? 確かにその可能性はあるわ。

 でも、ゲームだと少なくともシャルルは魔剣を手にすることは出来てるわけだし、何かしらの適応能力があると私は睨んでいる。結 局乗っ取られちゃってるけどね。


 あと、ゲームどおり魔剣のせいで王都に大きな被害を与えて国外追放とか廃嫡されるよりは被害の少ない状態で病院送りにされたほうがマシって考えもあるわ。

 一応、ガレイとの仲はゲームほど悪いはずじゃないと思う(思いたい)し、ボコボコにされた後でも仲が悪くなることは無いだろう。


 あと、暴走したらガレイに病院送りにされるというリスクを自ら背負うことでやる気を出すっていうのが最大の理由ね。

 私は好き好んでイケメンから剣でタコ殴りにされる趣味はない。  

 そういう趣味がある人もいるかもしれないけど、私は守備範囲外だ。


 だから、絶対にやりきってみせると背水の陣に立ったのだ。  

 私の覚悟を見せたらセイがため息をついて頷いた。渋々だが、納得してくれたみたいだ。


「分かった、お前の王族としての覚悟……しかと見届けさせてもらおう」

「うん……ごめんね、セイ」

「バカ……謝るならこんなことするなよ。お前は昔っから本当に… …」


 私の頬をそっと手で触れて、悲しそうな顔をするセイ。

 まるで大事な人を見送るような表情に、すこしドキンとした。  

 ダメダメ、一応私達は表面上男同士なんだから、BLルートは考慮してないんだから!


「殿下、例え我が刃が殿下を討つことになろうと、我が忠誠は一切の変わりもありません。どうか、お気をつけて」

「ありがとうガレイ。あなたのその忠義に報いるだけの結果は出せるようにします」


 ガレイは私の手をとり、ぎゅっと握りしめる。

 その手はもう子供の手から大きな手に変わり始めていた。


「シャルル様……」

「すまないねジェファニー……こんな無鉄砲な男が婚約者で。失望しただろう?」

「いえ、むしろ私は誇らしいです。こんなにも自国のことを考えて、自らを犠牲にしようとするお方が私の婚約者なのですから」

「はは……それはちょっと褒め過ぎだよ」

「いえ、そのようなことは決してございません。……シャルル様、闇の魔力のことならご安心ください。私とセイ様でなんとしてもシャルル様のお力になってみせます」

「うん、頼りにしてるよ」


 私はついその場の空気というかテンプレというか、なぜかジェファニーの顔へ自分の顔を近づけてそっと頬に口づけをしてしまった。


 あ~~~~~!!!!


 何をやってんのよ私! こういう事するからゲームよりジェファニーとの仲が良好になるんでしょうが!

 自分がされたいイケメン行為を美少女にやってみたら、案外楽しくてついジェファニーには格好つけたくなるのよね。

 かわいいは正義、仕方ないわよね、うん。  

 婚約の件……本当にどうしよう。


「じゃ、じゃあみんな……行くよ」

「ああ」

「はい」

「ええ」


 私は鎖に縛られた魔剣に手を伸ばす。

 見るからに異様な空気を放っている魔剣。その柄に手を伸ばし、握りしめた瞬間。


 私の意識は闇で塗りつぶされた。

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