第13話 なんでこうなった!?
お茶会から数日後、私はいつものように訓練場で剣の稽古を終えた後、魔法の勉強をして、休憩をした。
何もない庭園にテーブルが一つ。
誰にも知られていない庭。王宮の隅にある私のちょっとした隠れ家だ。
ただしここは日の光も当たらなければ、花もない。殺風景な場所だ。
庭園というよりは、空き地に近い。
お茶はあるけど冷えていて、菓子もほんの少しだけ。
「優雅なティータイムにしては少し侘しいわね」
最近はガレイが魔法剣の研究に時間を使うから、私の剣の稽古は二時間程度になってしまった。
二時間と言えば十分に思えるかも知れないけど、以前は昼から夕方にかけてやっていたから、かなり短くなってるわ。
魔法の方も、私に適正がないから特に勉強することが無い。
必要ないのに何で勉強してるのかっていうと、まぁせっかくファンタジーな世界に転生したんだから、前世には無かった魔法というものを知っておきたいって思ったから。
魔法を使いたい。
オタクなら誰もが一度は思い描いたことがあるんじゃ無いかしら。
生憎、私は適性が無いから使えないけど、せっかくだから知識を蓄えよう。
そう思ったのだ。
今日もセイに基本的な知識を教えて貰った後、入門書を貸して貰った。
休憩中に読むつもりで、庭園に持ってきたのだ。
「ふむふむ……魔力は精神力と生命力を合わせた力。魔法を使うた めには、この魔力にそれぞれの魔法に合った属性魔力へと変換する必要がある……か。魔力が何なのかは分かるけど、属性って本当になんなの? 何回やっても上手くいかないわ……」
私はセイが魔法を使うところを見ていたけど、魔力をみなぎらせて呪文を唱えるという風にしか認識できなかった。
魔力を属性に変換する、という作業をしている風には見えなかったのだ。
セイがやっていたのを真似てみる。
「炎……炎……えい、ファイア!」
私の手からほとばしる赤い炎が放出される……!
なんてことはなく、庭園は静かに時が過ぎる。
「じゃあ水よ! ……水、水……ウォータ! ……えっと、次は雷 ね! サンダー! だ、だめなら土でもいいわ! ロックブラスト !」
しーーーーん
残念ながら、世界は何も変わらず、数秒前と変わらないまま穏やかに時が流れていく。
「ええ~~~~……。魔力を高めて呪文を唱えてるんだけどなぁ。 何がみんなと違うのかしら」
「どうしたのですか、シャルル様?」
「っっっっ!?」
聞かれた? 聞かれた?
今の独り言、聞こえたのかしら?
まずいわ、一人きりだと思って普通に女の子言葉で喋っていたわ !
もし声の主に聞かれたのだとしたら、なんてごまかせばいいの?
そうよ、シャルルじゃないって言い張ろう。私は名も無き使用人 カレン・サンダース。厳しい仕事に嫌気が差して、一人庭園で泣く 女の子。
よし、この設定でいこう。
……いやダメに決まってるじゃ無い!
だって相手は私のことを 『シャルル様』って呼んだのよ?
それって、もう完全に私がシャ ルルだってバレてるってことじゃない。
今更別人だなんて言い訳通用するわけ無いわ!
ここは、腹をくくって『そんなこと言ったかな?』で通すしかない。
「シャルル様? 聞こえていますか? あの、もし?」
「ああ、すまない。つい考え事をしていて、黙ってしまっていた……んだ」
亜麻色の綺麗な髪の毛。
青い、宝石のような大きな瞳。
人形のような整った顔立ちは、つい先日会ったばかりだ。
とても美しく、可愛らしい少女。
ただし、
「君は……ジェファニー・オルコット」
「まぁ、覚えていてくださったのね! ふふ、シャルル様ったら私 がここに来ても全然気付かないんですもの。ようやくこっちを見て くださったわ♪」
「なんで君がここに……というか、君ボクの名前を知ってたの!?」
ジェファニーには名前を教えていないはずよね?
あんなにキザな台詞を言って、名前を聞かれたことをはぐらかしたんだもの。
名前を知られるようなことはしていないはず。
ジェファニーはバッグから小さな布を取り出し、私に手渡す。
「これはハンカチかい?」
「ええ。シャルル様が我が家のお茶会にいらした時に落としていった物ですわ。王子殿下に取りに来ていただくわけにもいかず、私が 届に参りましたの。そしたら、メイドの方からシャルル様は王宮のどこかにいるはずだって言われて、私探したんですのよ?」
ぷんぷん、と拗ねた表情をするジェファニーはとても可愛らしい。
もし彼女が乙女ゲームの脇役なんかじゃなくて、男性向けのギャ ルゲーに出演していたら余裕で攻略ヒロインになっていたことだろ う。
私はジェファニーが差し出したハンカチを受け取る。
「そ、そうなのかい。ありがとう。……って、このハンカチ名前書いてる!?」
「ええ、折りたたまれた内側に名前の刺繍があったから、最初は気 がつきませんでした。でも、ハンカチを拾って手に持った時に偶然 見つけて、私を励ましてくださった殿方がシャルル様だって分かっ たんですの。運命の出会いですわ~~♪」
「う、運命って大げさだよ。ボクはたまたまジェファニーがあそこ にいたのを見つけただけで……」
「たまたま! 見つけた! それはつまり、運命の赤い糸が私とシ ャルル様を結びつけたに違いありませんわ~~♥」
「うへぇ……」
なに、これ。
ジェファニーってこんな子だっけ?
数日前に会った時とはずい ぶんと印象が違うんだけど。
あの時はもっとこう、弱気で内気な儚げな女の子って感じだった んだけど、今はなんていうか……パワフル&アグレッシブな感じだ。
というか、どんどん声が甘くなってきてない?
大丈夫? 熱で もあるのかしら。
「あ、ありがとうジェファニー。わざわざハンカチだけのためにここまで来て貰って悪いね。せ、せっかくだし、お茶でもどう?」
「ええ、是非。せっかくですし、私がお持ちしたお茶菓子はいかが ですか?」
「うん、おいしそうだね。いただくよ」
ジェファニーと普通にお茶を飲んでいるだけなのに、なぜだか鳥肌が立つ。
これはゲームでのジェファニーの立ち位置を考えて、私が変に意識しちゃってるせいだろうか。
だとしたらそんな余所余所しい態度を取るのはやめなきゃ。
せっかく来てくれたジェファニーに失礼だもの。
「うふふ……」
「……っ!?」
ジェファニーのくすり、とした笑みを見て背中に悪寒が走った。
風邪でも引いたのかしら、いえきっとそうに違いないわ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「魔力の変換がわからない、ですか」
お茶を飲み終わった後、ジェファニーは私が一人で何を考えていたのか聞いてきた。
そこで、ジェファニーに魔力を属性魔法に変換するのが分からないと相談をした。
「ジェファニーも属性魔法が使えないって言ってたよね。ひょっとしたら同じ悩みを持ってるんじゃ無いかって思って」
「いえ、私の場合はシャルル様の悩みとは少し違いますね。確かに私は属性魔法の才能はありませんが、魔力の変換が出来ないというよりは変換が勝手に終わってるんです」
「え? それってどういうことだい?」
「ええと、簡単に言うと無属性魔法とでもいいましょうか……。魔力が無の性質で固定されるといいますか……」
「無属性魔法なんてのもあるの? 本には書いてなかったけど……」
ついでにゲームでも無属性魔法なんていうのは無かったはずだ。
この世界独自の魔法なのかしら。
「本に書いているのは基本の五属性だけですから。他の魔法は使える人間が稀少で、わざわざ本に書いても役に立ちませんから」
「なるほど、専門書の中に例外事項を書くわけ無いもんね」
野球の入門書に左投げアンダースローの投げ方とか載ってるわけないもの。
……この例え、分かりづらいかな?
前世ではお父さんの影響でたまに野球を見ていた。ちなみに我が家は乳酸菌飲料の球団を応援していた。
私が死ぬちょっと前に日本一になったけど、あれからどうなったのだろう……。
「ひょっとしたら、シャルル様はご自身の属性をまだ分かっていないから、変換出来ないと思い込んでいるのかもしれませんね」
「ああ、確かに。火水土風雷以外の、無属性のような例外魔法の可 能性もあるよね。でも、例外だからどんな属性があるのか、自分の性質に気付けないのはつらいな」
「人それぞれ違った適正がありますから、気長に見つけていけばよろしいと思います」
「そうだね、ありがとうジェファニー」
「それでは私はここら辺でお暇させていただきます」
ジェファニーは荷物を持ち、庭園を後にする。
「シャルル様、また今度」
「ん? ああ、またね」
「……うふふ」
ぞくっ
背中に悪寒が走ったけど、勘違いよね!?
嫌な予感がするわ……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
人はそれまでの人生で培ってきた経験と勘から、目の前の状況と 似た過去のケースを無意識に思い出し、その先の展開を予期する。
そして、それを『嫌な予感』として察知してしまう。
つまり、嫌な予感がした場合、大体は当たっちゃうのだ。
だから、ジェファニーがまた今度と言った時に感じた嫌な予感は、 実現しちゃうわけでして。
「シャルル様、オルコット家のご息女との婚約が決まりました。おめでとうございます」
破滅フラグの片鱗が、ちらちらと見え隠れしてきたのである。
なんとかジェファニーとのフラグを断ち切ろうとしたけど、結局運命には抗えそうもありません。
「なんでこうなった!?」
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