第12話 婚約者と出会っちゃったわよ!

「き、君がジェファニー・オルコット……」  


 ジェファニー・オルコットはサブキャラである。

【誰ガ為ニ剣ヲトル】通称ダレタメの主人公でも攻略対象でもない し、友人キャラでもライバルキャラでもない。

 ストーリーに関わると言えば関わるけど、本筋に影響があるかと 言われると首をひねる。

 そんなキャラクターだ。


 じゃあ何で私が彼女に怯えているのか。

 それは、物語上の彼女の立ち位置が問題だからだ。

 彼女はそう……私、シャルル・ノアロードの婚約者なのだ。


 私の!

 女である私の!  婚約者が!

 女の子!

 どういうことなの!?

 私に新しい道を開かせようとしているの? 

 実は乙女ゲーじゃな くて、百合ゲー世界なの? 私はありだと思う。


「……あの、どうかなさって?」


 ああ、可愛い!! 亜麻色の髪が輝いているわ!

 じゃなくて、私は別に可愛い女の子とお近づきになれるのなら何も問題は無いのだけれど、ジェファニーはそうもいかない。

 何せ、第一王子の婚約者に選ばれたのに、実は相手が同じ女だったなんて知ったらショックに決まってる。

 跡継ぎも産めないし、愛も育めない……いや、そこは互いの努力次第かしら。

 とにかく、普通じゃない関係はジェファニーに負担を強いるはずよ。


 ゲームでのジェファニーがシャルルのことを女性だと知っていたかは分からない。

 二人ともそこまで掘り下げられるキャラじゃないから。

 でも、知らなかったとしてもひょっとしたらジェファニーは肌で感じていたのかも知れない。

 シャルルが自分と同じ女性であるということを。


 その証拠に、ジェファニーはシャルルの婚約者であるにも関わらず、攻略対象の一人であるアルクショット王子に恋をする。  

 不貞を働いた女として罰せられるべきだという声も挙がったが、シャルルがそれを制した。


(そもそもアルクはジェファニーのこと恋愛対象として見てなかっ たってのもあるけど)


 どうでもいいことだ、と。

 ゲーム中のシャルルはジェファニーにまるで興味が無かった。  

 当然、ジェファニーもシャルルと距離のある接し方をしていた。  

 まぁ、それだけで私の破滅フラグとどう関わりがあるの? って感じよね。


 でも本番はここから。

 シャルルが婚約者の不貞を許したことで、逆にシャルルが貴族達 から舐められてしまう。

 魔法学園でも大勢の生徒に威張り散らして いたシャルルが、今度は自分がいじめに遭ってしまう。


 う~~ん、こういう展開って学園モノでよくあるけど苦手なのよね。流石にプレイしてて可哀想になったのを覚えてるわ。

 そして、ルートによって違うけど、シャルルはどんどん心を病み、 魔剣バルムンクの誘惑に洗脳されてしまう。

 で、暴走して攻略対象に倒されたり色々あって死亡・国外追放・ 廃嫡のフルコースです。


 まとめると、

 1.ジェファニーと婚約。

 2.上手くいかず不仲に

 3.ジェファニーがアルク王子に恋をする

 4.シャルルが咎めなかったせいで、貴族や学園の生徒に舐めら れる

 5.心を病み暴走  

 6.バッドエンド


 こんな感じね。


 …………ジェファニーってかなり重要な立ち位置じゃない!!  

 誰よ、そんなに重要人物じゃないなんて言ったの! 私だ!

 確かに物語にとっては重要な人物じゃないかも知れないけど、私 にとっては破滅フラグの発端となる人物じゃない!


 まずいわ! 非常にまずい! 

 ジェファニーと婚約することで、 破滅フラグが本格的に動き始める予感がする! 

 逃れなくちゃ、この悪いビッグウェーブから!


「き、君がジェファニー・オルコットだとして……その証拠はあるのかな?」


 何を言ってるんだろう私は。なぜ急に刑事ドラマの終盤で崖に追 い詰められた犯人のようなことを言ったのだろう。


「はぁ……証明出来るものなんてありませんが、私の特技を見ていただければ……」

「特技……?」

「はい……えいっ」


 ジェファニーが人差し指で宙を指さすと、その指先がポワァと淡く輝いた。


「これは……一体、なにをしたんだ?」

「魔力操作です。私、火属性の適正があるって言われたんですけど、 属性魔法の才能がダメダメで。おかげで家族からは馬鹿にされて、 ひっく……落ちこぼれだって言われて……」

「あ~~もう、泣かないで。ほら、よしよ~~し。泣き止んだ? 泣き止んだね、よしいい子いい子。ほら、泣いたら綺麗な顔が台無 しだよ」

「ひっく……ありがとう、ございます」


 ……はっ! いけない、つい前世で近所の小さい子たちをあやす 時みたいな態度で、ジェファニーをあやしちゃった。

 流石に子供扱いしないでって怒られないかしら……?


「あなたは、優しいですね。今日会う予定だった、シャルル様はいじめっ子だって聞いてて、実は会うの怖くて。でも、家族に『お前は落ちこぼれだから王子に見られることが恥ずかしい。庭の隅でじ っとしてなさい』って言われて、悲しくて……」

「なんだと?」


 酷いやつね! そんなことを言うなんて!

 あ、ちなみに私が怒っているのは娘に落ちこぼれだから出てくるなって言った方よ?

 決して、シャルル王子がいじめっ子だって噂について怒ったわけじゃないからね?


「私は魔法の才能もダメダメで、こうやって魔力を直接操作して明 かりを灯すくらいしか出来ないんです……。だから、家族が落ちこ ぼれって言うのも仕方なくて……」

「ちょっと待った。魔力をして?」

「はい。こうやって、指先に意識を集中すると……ほら、簡単ですよね?」

「いやそんな当然のことみたいに言われても……えい、ダメだボク には出来そうにないよ」


 え? と意外そうな顔をするジェファニー。

 いやいや、何その「そんなことも出来ないんですか」的な顔? 難しいよこれ。

 というか、魔力ってそれぞれの属性に変換してからじゃないと体の外に出ないんじゃないの? 少なくともセイはそう言ってた気がするけど。


 属性に変換なしで、いきなり魔力だけを体の外に放出するって、よく分からないけど結構凄いことなんじゃないかしら。

 というか、私もその技術欲しい。

 私も属性魔法の才能が無いって言われたから、魔力だけでも魔法を使えるようになりたい!


 すごいわジェファニー! あなたゲームだと地味なキャラだと思 ってたけど、可愛いし魔法の腕も凄いし、とってもグレートだわ!


「ジェファニー! 凄いよその技術! 普通の人は魔法を使うには魔力を変換する必要がある! でも君はそれを省略できる! そんなこと他の人はなかなかできないよ」

「そ、そんなことないです。だって私、属性魔法が使えないし……」

「他の人だって君の真似は出来ない! いいや、むしろ君と同じことを出来る人がどれだけいるだろう! 才能の希少さで言えば、君は落ちこぼれどころか天才だ!」


 興奮してまくし立てちゃったけど、ちょっと褒めすぎたかな?  

 いいえ、そんなことないはずよ。だって誰にも真似できないことを出来る人を褒めることが悪いことのはずがないもの。

 ガレイの時もそうだったけど、その人の凄さを自分自身が分かってないのは可哀想よ。

 だから、私みたいな悪役王子で申し訳ないけど、一人くらいは褒めてあげてもいいよね。


「あの……手」

「うへぇっ!? ご、ごめん。君の指から出る光があまりに綺麗だったもので、つい手を握っちゃって……」

「い、いえ……構いません。それに、私の特技を褒めてくれたし……とっても嬉しい……」

「え? なんだって?」


 ジェファニーの声が急にごにょごにょとして聞こえづらくなった。  

 今、なんて言ったのかしら?


「いえ、なんでもないです! あの、よろしければお名前をお聞かせいただいても?」


 あれ、ひょっとして私がシャルルだとジェファニーは気付いていない?

 これはチャンスでは? このまま名前を言わずジェファニーの元を去ればジェファニーとの婚約者フラグも立たない可能性がある。  

 実際は親が決めるんだろうから、関係ないかもしれないけど……。

 でも、ワンチャンあるわ!


 私は可能性があるならそこに一点突破を目指す女! 

 ギャンブラ ーだとか言わない!


「名乗るほどの者ではありません、レディ。もし私のことが気になるのでしたら、次に会う機会があればそこでお茶でもお誘いいただければ。それでは、才能溢れる素敵なお嬢さん」


 決まったーーーーー!!

 格好つけてキザな台詞言ってやったわ! 

 言ってる意味は自分でも分かんないけど、それっぽいこと言って名前を名乗らずに立ち去 ってやったわ! 

 どうよ、これで婚約者フラグが一歩でも遠のけば 最高ね!


 あ、でもジェファニーは素敵な子だから、出来れば友達になりたかったなぁ。

 男として生きる私には、同性の友達を作るなんて無理なんだろうけど。

 はぁ……惜しいことをした。

 でも、これでジェファニーもゲームのような可哀想な目に会わずに済む可能性が生まれる。


 この子にとってはそれでいいのだ。うん。  


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 優しい王子様のような方が、庭園から去って行く。

 あの方は一体どこのどなたなのかしら。お名前を聞いても不思議なお言葉で答えていただけませんでした。

 また会えたなら……。


「ん? なにかしら、これ。ハンカチ……? さっきの方のものね、 きっと。あら、ここにお名前が……」


 ハンカチにはシャルル・ノアロードと書かれていた。


「シャルルって、いじめっ子のシャルル様!? まさか、あの方が シャルル様だというの?」


 噂では毎日王宮でイタズラばかりして、使用人を困らせているシャルル王子。

 私の中の印象では、嫌な笑い方でこちらを見る怖い男 の子。そのはずだった。

 でも、もしさっきの方が本当に、シャルル様だというのなら……。


「クス……。噂なんて、当てにならないものですわね」


 庭の隅で惨めに泣く私に温かい言葉をかけてくださり、魔法の才能があるとまで言ってくださったあの方。

 整った顔立ちから来る子供らしい無邪気な笑みと、反面どこか大人びた顔。思い出すだけで、胸が熱くなりそう。


「私、いじめっ子だなんて失礼なことを言ったのに。それを気にもとめず、私を励ましてくれたなんて」


 ――なんて素敵


 心が、熱を帯びる。


「まるで物語の王子様のようだわ」  


 シャルル様。

 素敵な方。

 私を褒めてくださったあの方を、もっと知りたい。


「お父様のあの話、お受けしようかしら……」  


 あの方となら、私はきっと幸せになれる。

 そう、確信した。

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