第9話 転生してから一年が過ぎたわよ!

 セイの女子バレ疑惑から一年が過ぎた。


「やあああ!!」

「やりますねぇ! でも踏み込みが甘いですよ!」

「うわっ」


 訓練場で剣を振り、ガレイとの一本勝負をする私。

 その姿は真面目そのもので、かつての悪ガキ王子の片鱗はない。  ああ、真面目に生きるって最高。

 こうやって謙虚に生きていけば、きっと破滅フラグも私にそっぽ を向いて帰っていくに違いないわ。

 近くで座りながら私たちを見てたセイが声をかけてきた。


「ばかシャルも結構出来るようになったじゃないか。あの剣を振り回すだけの時とは雲泥の差だな」

「当然! なにせ一年以上稽古してるからね、これで上達してなけ ればボクの命に関わるからね!」

「ハハ、なんだよ命に関わるって。でも、まさかここまで真面目に 取り組むとは思ってなかったぜ」


 セイは感心した声で言う。

 イタズラしか考えていないような悪ガキのシャルルが、一年以上も剣の稽古に打ち込むとは思ってなかった様子だ。


 私もここまで一つのことを継続するのは前世も含めて初めての経 験だ。

 前世は部活動なんて所属してなかったもの。中高一貫して帰宅部 でオタク。

 選ばれしエリートオタクだった。

 そのオタク活動に関しても、私は結構移り気な性格で一つの作品 をこよなく愛すよりは、多くの作品に触れて楽しむタイプだった。

 推しキャラが三ヶ月で変わるなんて、今のオタクには珍しくもないはず。


 そんな私が剣の稽古に一年以上打ち込むのがどれだけ凄いことか、 分かっていただけたかしら。

 例えるなら、興味のないジャンルのアニメの、好きでもないキャ ラを推しと言い張って一年以上追いかける状態だ。

 考えただけで辛いわ……。


「よく耐えた、ボク……! ご褒美に甘いものが食べたい」

「せっかくなら肉食べましょうよ、肉。森に住む魔物の肉は栄養価 が高いと言いますよ、殿下」

「肉ってガレイ君ね……」

「稽古の後には肉を食べましょう殿下! 何故ならより筋肉が育つ からです! 差し出がましいようですが殿下は少々体つきが細い。 せっかく剣の腕が上達してもフィジカルが追いついて来ていない。 これは勿体ないと言わざるを得ません」


 凄い勢いで筋肉について力説するわねガレイ……。


 ガレイはこの一年でますます腕を上げた。

 私が将来ガレイにやら れないように一緒に鍛錬してるのに、ガレイの成長スピードは私の 数倍上だ。

 私が一から十になったと思ったら、ガレイは五十から八十くらい になってる。そんな感じね。


 私がひぃひぃ言いながら、ようやく一般の騎士とまともに剣を打 ち合える程度になったのに、ガレイはもう騎士団でもトップ三の実 力になったと言う。

 噂では、父親で騎士団長のガイアース卿相手に三回に一回は勝てるようになったらしいわ。


 ……なんでよ!?


 確かに近衛騎士のガレイが強くなるのは喜ばしいけど、おかしい わよね!?

 だって日中私の稽古をつけて、その後は父親に付いて仕事の手伝いをしてるのよ?

 鍛える時間なんて無いはずじゃない。なのに、たった一年でどん どん強くなってるのは変よ!


 っていうか、まだ私たち十一歳よ?

 ガレイだけ大人たち顔負けの強さで世界観おかしくない?

 一人だけ少年漫画みたいになってるんだけど。


「どうかしましたか、殿下?」

「いや、ガレイには敵わないなって思って……」

「当然です。私は殿下の剣、如何なる敵をも斬り伏せる刃そのものです」

「それにしても、強くなり過ぎじゃないか? なぜそこまで強くなろうとするんだい? 目ぼしい敵なんていないだろう」

「剣が刃を研ぐのは当然でしょう。それに……」

「それに?」


 ガレイは少し照れ臭そうにすると、実は……と切り出した。


「最近、筋肉がでかくなってくることに喜びを感じ始めまして。筋肉と会話するのが何よりも楽しいのです」

「ええ……」


 この一年で、ガレイがすっかり脳筋になっちゃった。


 ゲームの事前情報では体こそ大きいけど、柔らかな雰囲気のある イケメンだったし、ガレイルートをクリアしたゆりちゃんからはガ レイが脳筋だったなんて聞いていない。

 つまり、ガレイが脳筋なのはこの世界独特のものだ。

 なんでこんなことになっちゃったのかしら。


 ガレイが異常に強くなってることも、脳筋になってることも、ゲ ームとは違う。


 一体、なぜゲームとは違うように成長しちゃったんだろう……。

 私の知らないところで、何か変なことでも起こっているのかしら。

 これからみんなの動向には気を配らないといけないわね……。


「それよりバカシャル。お前、そろそろバトラーを付けないのか?」


 セイがガレイの筋肉トークについていけないからか、話題を逸らした。


 セイは剣の稽古もそこそこやるけど、本人は文系タイプだもんね。

 確かに脳筋のガレイとはそこまで相性が良くなさそうだわ。

 本人同士の好き嫌いじゃなく、話題の幅が一致してない感じ。

 オタクとリア充が会話する時、中々話すことが無くて困るアレに似た雰囲気を感じるのよね。

 一応二人とも、この世界基準ではリア充だけど。


 それにしても、バトラーかあ。


「セイ様、バトラーとは一体なんです?」

「バトラーとは、使用人の中でもトップの人間のことだ。執事とも 言うな。ガレイの家にもいるはずだぞ?」

「ああ、爺やのことですか。確かに、爺やは我が家の使用人の長を していますね。なるほど、あれが執事というものなんですね」

「そ、家によっては執事ではなくメイド長の場合もあるらしいけど な。で、バカシャル。お前はメイド数人を侍らせているが、彼女たちはあくまで一般の使用人だ。長と呼べるほどではないだろう」

「確かに、メイドを仕切ってるマリアもあくまで他にリーダーがい ないからって感じだもんね」

「貴族ならバトラーは必須だ。そいつの家の格は使用人にも現れる からな。王子のお前がいつまでもメイドたち数人だけ連れていては 外聞が悪いというやつだ」


 うーーん、マリア達も頑張ってくれてるんだけどなあ。

 でも王子である以上他の人の視線を無視するわけにもいかないわよね。

 悪評高い悪役王子になった結果がゲームのシャルルの末路なわけだし。

 王族や貴族のような高い地位の人間は、それ相応の責任を伴わな きゃいけないって言うものね。


 ええと、なんだっけ?

 ノースリーブ・ファブリーズだったかしら?

 そんな感じの言葉 を前世で聞いた覚えがあるわ。


 つまり、王様になる気がない私だけど、下手に評判を落とすのも怖い。

 だから、王族らしく振る舞うくらいのことはしないとね。


「わかった。マリア達にも話をしておくよ。ボクとしても有能な使用人はいくらいても困るものではないからね」


 汗で濡れた前髪をかきあげながら、少しキザっぽく言ってみる。


 う~~ん、私の男の子の演技も一年で随分と真に迫ってきたんじゃないかな。

 元々シャルルとしての記憶も持ってるから、そこまで苦労はしてなかったんだけど、最近はもう完璧に男の子にしか見えないでしょ。


 これで少なくとも、女の子ってバレる心配はないわ。きっとね!


「バカシャル、長いこと汗をかいた服を着ていると風邪を引くぞ。 ほら、俺のタオルを使え」

「ありがとうセイ。セイはいっつも気が利くね、ついつい甘えたく なっちゃいそうだよ」

「ふ、ふん! まあ? 俺はお前の義兄だから、弟に優しくしてあげるのは当たり前っていうか、な。俺自身は別にお前なんてどうで もいいんだけどな、兄貴としての役割くらいは果たさないといけな いと思ってな」

「そっか、義兄だからか。そっか、そうだよね」

「あっ、いや……俺は……」


 セイは何か言いたそうにモゴモゴと口の中でつぶやいているけど、 私の耳に届くことはなかった。


 むむむ……。深刻だわ……。


 この一年でセイの好感度は前世の記憶を思い出す以前よりは上が ったと思ったんだけど、未だに私のことをそれほど良しと思ってな いみたい。

 ほぼ毎日一緒にいる……っていうか、私が行動すると行き先にセ イがいることが多くて、結果的に一緒にいることが多かったんだけど。

 ほぼ毎日一緒にいて、目立った喧嘩もすることが無かったから、 仲良くなれたのかなと思ってたんだけど……。

 そうでもないみたいね。


 やはりセイは私の失脚を狙っているのね。

 義兄弟と言っても、い え、義兄弟だからこそ油断ならないわ。


 いいじゃない、破滅フラグの時期まであと五年くらいあるわ。

 それまでにセイを懐柔してやろうじゃない!

 具体的には、王族専用のパティシエを使うわ!

 私が毎日お世話になってるパティシエに頼んで、男の子の好みに 合いそうなスイーツを毎日送ればきっとセイも私に好感を持つはずよ!


 そうと決まったら、今日からセイの使用人にスイーツを渡すよう にマリアに言っておこう。


「セイ様は心配性ですね。汗をかいた程度では風邪なんて引きませ んよ。ねえ殿下?」

「それはお前が脳筋だから風邪を引かんだけだガレイ。シャルが風 邪を引いたらどうす……おっと何でも無い」

「ガレイは健康そうだものね。それだけ頑丈な体なら病気とは無縁 だろうね」

「はい、このガレイ生まれてこの方風邪にかかったことがありませ ん!」

「それは、すごいね……」


 ガレイの自信満々な顔を見て思ってしまった。


 ひょっとして、風邪を引かないのってガレイがバ……いやいや、 人のことを悪く言ったら駄目よ!

 そういう態度が回り回って破滅フラグとして自分の身に返ってく るかもしれないんだから!

 ここはガレイが脳筋でバ……ゲームより直感的な行動が多い人物 であることを長所と思ってあげないと。


「フフ、ガレイは強いね」

「は……はい!! 私は殿下のためにも、強くあろうと願っている のです! まだまだ未熟な私ですが、殿下にお褒めの言葉を授かり 感謝感激の気持ちです!!」


 ぽわぁ、という音が聞こえてきそうなほどのいい笑顔。

 そうよ、これこれ。

 ガレイといえば大型犬のような人懐っこい笑顔が特徴的なのよね。


 ゲーム本編(ガレイルートは未プレイだから、ここでは他キャラのルートに登場した時のことよ)では、体格の良さから来る画面占 有率の高さと、この人懐っこい笑顔がインパクト凄かったのよね。

 今のガレイはまだ十一歳で、体つきも子供のものだけど、雰囲気はゲーム本編に近づいてきたんじゃないかしら。


 ゲームよりもバ……脳筋なのが少し気になるけど。


 あと、恐らくだけどこのままだとガレイはゲーム本編よりもかな り強くなる予感がするのよね。

【誰ガ為ニ剣ヲトル】は乙女ゲームだけど、RPG の要素もある。

 当然、攻略対象と一緒にパーティを組んで戦うわけだけど、ガレイはHPと攻撃力が他の攻略対象より少し高いだけで、特段強いわ けじゃなかった。

 何より、戦闘では魔法や魔道具を使った攻撃の方が強くて、MP の低いガレイはあまり優れたキャラじゃなかったのよね。

 ボス戦までにMP消費を抑えたいから、雑魚戦で物理攻撃をする 時に役に立ったかなぁ……くらいの印象だ。

 個別ルートだと特別な魔法やスキルが使えるようになるけど、私 はガレイルートやってないし。


 でも、この世界のガレイは強さがおかしい。

 この前騎士団の魔術師に模擬戦を挑んでたけど、火の魔法を剣の 一振りでかき消してたのよ?

 もはや人間じゃないわ。


「殿下、これからも私はあなたの剣であり続けるために精進いたし ます!」

「あ、ああ。我が近衛騎士として期待しているよ」

「ははー!」


 やめて! これ以上強くならないで!

 もし破滅フラグの時がやってきて、敵対した時にどうすればいい のよ!?

 こうなったら、剣だけじゃなくて魔法の鍛錬も始めないと駄目そうね……。


「ん? そういえば、ゲームのシャルルってどんな魔法の適正があ ったんだろう」

「ほう、バカシャルも魔法に興味を持ったか」

「いけません殿下! 魔法よりも剣です、殿下には剣を持った優雅な立ち振舞こそが最も似合っています!」

「まあ落ち着けよガレイ。バカシャルも剣ばかりじゃなく魔法を身に着けたほうがいいと分かり始めたらしい」

「その言い方だと魔法について何か知ってるようだね、セイ」


 私の言葉を待ってましたと言わんばかりに笑うセイ。


「もちろん、俺は剣の稽古も時々混じってるけど本業は魔法だ。そもそもこの国だと魔力があるやつほど貴族社会でも高く評価されて いるだろう」

「ああ~~確かに」


 この世界には魔力という前世にはない概念がある。

 魔力は生まれ持って得た才能であり、魔力がある時点で他の者達よりも優れている証明となる。

 だって、大勢の人には出来ないことが出来るんだからね。

 その時点でもう一種の天才扱いよ。


 そして、この王国では魔力を持つものは貴族が多い。

 それは王国を建国した先祖たち――王族や貴族達の始祖ね――が 冒険者だったことに起因しているらしいわ。

 これはゲームでもこの世界でも一貫してる設定ね。


 だからなのか、王族も貴族もプライドがやたら高い。

 名門貴族はエリート魔術師を輩出してドヤ顔。

 下級貴族は平凡な 魔力を持った子供を見てがっかり。

 そんな感じの貴族社会になっている。


 もちろん、稀に平民の中にも魔力を持っている人がいる。

 そういう場合、本人も気付かない程度の弱い魔力か、そこそこの 才能を持っているけどリスクを背負って貴族社会に招き入れる程の 才能はないと判断される。

 だから表には出てこない。


 でも、例外中の例外であるゲームの主人公が出てくるのよねぇ……。

 あの子、確か天才と言われる上級貴族の娘が魔力一〇〇とすると、 五〇〇くらいあるって設定だったかしら。


 もちろんシャルルわたしが男装してまで王子として育てられているのは、 男児が生まれないという理由の他に、魔力の才能がずば抜けている からだ。

 鍛え方次第で古文書に載ってる伝説級の魔法も使用できる可能性 があるとか、小さい頃に宮廷魔術師に言われた記憶がある。

 それが逆に私を腫れ物扱いする原因になったんだけど。


 男装王女、魔力の才能大、育て方次第で危険な魔法を行使出来る。

 どうみても厄ネタです。ありがとうございました!


 私の予想だけど、仮に王族に男児が生まれていても、魔力の才能 が平凡以下だったら結局私が王子として育てられていた気がする。


「王族であるボクが魔法を覚えて権威を示す必要があるのは確かだ けど、これ以上腫れ物扱いされないかな」

「腫れ物扱いされてるか? 第一王子だろう、お前。単にまだ幼いから好きに過ごさせてもらっているだけさ。それに、干渉を受けていない今の内に魔法を鍛えておけるからチャンスじゃないか。学園 に入ったらギッチギチに縛られて、ろくに教育も受けさせてもらえ ない可能性もあるからな」

「え、そうなの?」

「そりゃ、魔法学園なんだから魔力を有するやつはほぼ強制的に入学させられるし、厄介な才能の持ち主は飼い殺しにして才能を潰して卒業させるって感じだろうな」

「嫌な学園ね……」

「ええ全く、殿下の言う通り嫌な学園ですよ」


 ガレイが力強く頷いた。


「だって、多少魔力があるからって私も入学させられる予定なんで すよ! 私は魔法なんて欠片も興味ないのに! そんなことにうつつを抜かしている暇があるなら、剣の腕を鍛えていたい!」

「ま、まあ貴族階級にいる責務ってことだね……」


 そういえばゲームでもガレイは魔法の成績が悪かったっけ。

 可哀想に、文系が得意なのに理系専門の学校に入学する感じね。


「バカシャルはガレイと違って、周りの大人に納得してもらうためにも魔法を鍛えるのは確定事項だよ」

「それじゃあ、今度からは魔法もやってみようかな」

「そんな~~殿下ぁ~~」


 涙目になるガレイには申し訳ないけど、破滅フラグは避けたいしね。


 よ~~し、剣の次は魔法を鍛えて強くなるわよ!

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