第8話 セイ視点

「じゃ、また剣の稽古見に来てね」

「おう、後でな」


 バタン、とセイの部屋の扉が閉まる。

 それまで室内は騒がしかったのに、扉の開閉が行われただけで、嘘のように静かになる。


「全く、嵐のようなやつだな。あのバカシャルは」


 静かになった部屋で、セイは一人呟く。


(しかし、あいつもバカだな。部屋で無防備に着替えていたら、い つか誰かに見られる可能性を考慮してなかったのか? それこそ、 さっきみたいに部屋の前にメイドでも立たせておけばいいのに)


 今回の件は自分がいきなり部屋に入ったことが原因だが、シャル ルの用心のなさも問題だとセイは思っていた。

 王子の部屋にノックもなしに入る者なんて殆どいない。


 だから鍵が無いこともあって、不用心にしているのも分かる。

 だが、全くいないわけではない。

 セイのように、親しい者は何人かはいるのだから、それらの人物 が部屋にいきなり入ってくることは十分あり得る。


(ま、今回は勉強代ってことで。下着姿ごちそーさん)


 セイはシャルルの着替えていた姿を思い出す。

 昔に比べて胸は成長していないが、体つきが女らしくなってきた。

 あと数年もすれば、着替えを見られたら一発で正体がバレてしま うだろう。

 そう。


 セイはシャルルが女であることを知っている。

 もちろん、本人にはその事を伝えていない。


(生まれた頃からずっと一緒なんだぜ。気付いていないはずがない だろう、バカシャル)


 彼がシャルルをバカシャルと呼ぶ理由は、単に義弟を馬鹿にしているからという理由だけじゃない。

 自分が女の子だとバレていないと思っているシャルルに対する言 葉だった。


 もちろん、バカシャルと呼んでからかう目的があるのも本当だが。


(陛下がお決めになられたことだ。魔力の才能がずば抜けているシャルが、次代の王に相応しいと男装までさせて。そんなに王座が恋 しいか、王よ)


 セイは今の国王が嫌いだった。公爵の息子という立場から嫌いという感情を一切表には出さないが、セイは国王をこの世の誰よりも嫌悪していた。

 王家の威厳のためだけに、娘を茨の道へと進める王が、大嫌いだ。


(男児が生まれないのなら、養子でもなんでも取ればいいんだよ。王なら記録を誤魔化して実子として扱うことも出来るだろう。それ をしないのは、自分の血が大事だからだ)


 実際、養子を実の息子として迎え入れる案も挙げられていた。

 王家の血も、その養子に娘を嫁がせれば保たれる。


 しかし、国王はそれを良しとしなかった。

 正当な後継者は、自分の血を引くものが相応しい。

 そう言って譲らなかった。


 結果、王女達の中で一番才能のあるシャルルが男子として育てら れることになった。


「女とバレたら、ただじゃ済まないんだぞ。それを承知の上で、王 子として扱い、そのくせ普段は会おうともしない。シャルの苦労も 知ろうとしないで、娘を何だとおもってるんだ! あのクソ国王! !」


 セイは机を拳で叩く。

 こんなに感情を表に出すのは、久々のことだ。


「くそ、イライラする。これも全部、シャルが頭を打って性格が変わったせいだ。……いや、変わったっていうより戻ったかな。あい つ、四歳くらいのころは男の子としての自覚が薄かったからな。今 みたいな性格だったなぁ」


 シャルルは乙女ゲームだと、悪役王子だ。

 その性格の悪さは、プレイヤーの多くから嫌われるほどだ。

 この世界でも、頭を打つ直前までは性格が悪かった。とは言って も、犯罪スレスレの行為を行うゲーム本編ほどではなく悪ガキの範 疇だったのだが。


 セイはシャルルの性格が歪んだ原因は、男装にあると思っている。


(男として育てられ、好きなことは一切出来ない。更に、そんな育て方を強いる父親からは、愛情の欠片も無い。そんな環境にいたら、 俺だったら病むな)


 悪ガキになると開き直れる分、シャルルの心は強いとセイは感じ ていた。

 実際、生意気な悪ガキ王子として認知されていたことで中性的な 顔立ちであるのに女の子と疑われたことは一度もない。

 シャルルは性格こそ歪んでしまったが、王子としての責務からは 逃げなかった。

 セイは、そんなシャルルを助けてあげたいと思っていた。


 そしてその気持ちは、頭を打って性格が温和になった後で更に強くなった。


「あいつ、悪ガキからまともになったけどその分どこか間抜けにな った気がするんだよ。いつボロを出すか分からないっていうかよ。 全く、世話の焼ける義弟だぜ」


 こんなシャルルのふざけた生活がいつまで続くのか。

 もしシャルルが成長して女性的な外見になったら、どうするつも りなのか。

 以前疑問に思って公爵である父に尋ねたことがある。

 その時、セイの父はこう答えた。


『東の国では呪いの類で相手の姿を変える魔法があるという。また 密偵の中には、肉を削り顔を変える者がいるし、胸など更に簡単よ。 そう簡単に女性とはバレまい』


 唖然とした。

 自分の父親なのに、言っている言葉が理解出来なかった。


 セイは気付いた。

 国王も、父親も。シャルルが女の子だと知っている極少数の者た ちにとって、シャルルは道具なのだ。

 王家の血を薄めず、玉座に座り続けるための政治のパーツなのだ。


 それだけじゃ無かった。


『今はまだ実現していないが、本人の血や魔力を材料に複製を作る 魔法技術があるらしい。最悪、それで男児として複製すれば今の王 子は不要となろう』


 虫酸が走った。

 この国を、王家やその取り巻きを、破滅させてやろうかと思った。


(そうだ。王を糾弾して退位させれば、シャルが王位を継ぐことも無くなるんじゃないか? そうすれば、あいつは女の子として自由 に生きられる。その後の生活の保障は、俺がなんとかする。そのた めには、頼れる仲間と金を集めなきゃな!)


 こうして、セイの目的が定まった。


 王家を没落させて、シャルルの王位継承権ごと無くす。

 そうすることで、シャルルは自分の人生を歩むことが出来る。

 子供が考えた絵空事だが、セイは本気だった。


 ちなみに、乙女ゲーム本編ではセイはシャルルとそこまで仲が良 いわけではない。

 義兄弟の仲だから、このクソみたいな政治の世界から逃がしてや ろう、くらいには情があったようだが。

 そもそも、ゲームだとシャルルの性格は今より悪化しているし、それを見てセイは国王だけではなく王家全体を忌み嫌うようになってしまう。

 だから、ルートによってはシャルルが死亡してしまうが、それを 見ても悲しむことはない。


 精々、『王の傀儡から抜け出せてある意味幸せかもな』と同情さ れる程度だ。

 公式サイトやゲーム雑誌に書かれた設定も、大した意味はない。


『セイにはある秘密がある。

 それは、シャルルの失脚を狙っていること。

 なぜ乳兄弟のシャルルを失脚させようとするのか。

 その狙いは何なのか。

 主人公はセイにどのように関わっていくのか。

 真相はゲームをプレイして、君の目で確かめてくれ!』


 というのが前世の記憶を思い出したシャルルの知っている、ゲー ムにおけるセイの事前情報だ。


 これは王家や貴族を嫌って裏で暗躍しようとするセイと平民である主人公が触れ合い、貴族社会なんてどうでもいい! とセイが割 り切るための前振りだ。

 シャルルを失脚させる理由も、貴族社会の汚さを見て歪んでいっ た義兄弟を見てられなかったから、という理由にされている。

 ゲームでは悪役のシャルルをそこまで深掘りする理由がないから、セイの事情も簡単なものになっていた。


 だがこの世界では違う。

 セイとシャルルは本当の兄弟のように仲がいい。

 シャルルは性格が温和になり、前よりもセイを兄のように慕って くれる。

 セイもそんなシャルルを見て、世話の焼ける妹を見ている気分に なった。


「安心しろよシャル。俺が絶対、お前を平穏な日常で暮らせるよう にしてやるからな!」


 こうしてセイはゲーム以上にシャルルの失脚を画策するようにな ってしまうのだが、それはまた別の話。

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